第二章『幽霊を物理で殴りに行こう』③

「また、捨てられちゃった――」

 ロベルトは鼻を啜りながら、鉄格子に腕を通し、項垂れる。

 すると、近くから声がロベルトを呼ぶ声が聞こえた。

「あれ?ロベルトじゃん」

 声の方を見ると、新聞部の部長だった。

「何?泣いてたの?」

 彼は面白い物を見たような顔で、カメラを向ける。

「撮るな、撮るなって――」

 ロベルトは鼻を啜り、涙を腕で拭う。

「しかし、暑いなぁ。今日は、変身の指環外そう……」

 彼は右手の人差し指にしていた指輪を外すと、周りの空間に乱れのような物が発生し、見ているロベルトの視界が乱れる。

「ふう……何で、傍から見た姿だけ変えているだけなのに、変身していると暑いんだろう?」

 そこにいたのは先程までの、小太りの男子生徒ではなく、身長の高い、黒髪、金眼の男子生徒だった。

 ロベルトは同級生なので、こちらのほうが見慣れているのだが。

 この指輪は他人から見た姿を、別の物に変化させるというもので、この学園では二年生全員に配られる。

 ポアリは途中から編入なので、所有していないが。

「それは指環の力で変化した空気の湿度なんじゃ?」

「そうか、そういうものだった」

 ロベルトと彼はそういう気の抜けた会話をする。

 この指輪は、付けた人物の周りの空気、水分の性質が変化し、空気のままで、水の壁を隔てたような形に見せる事が出来る。

 それで顔や体型を歪ませ見せ、他の人物に見せる事も出来るのだ。

 どれくらいの力で、どのように他者から見えるのか、調整と技術が必要だ。

 更に本人が使いこなす事が出来れば、別の物モンスターとかに見せる事が出来たり、そこにいない人物をそこにいるように見せたりする事が出来る。

 ロベルトは鉄格子から少し離れて、彼から指輪を受け取り、自分の鞄にしまう。

「メンタルがボロボロになって、生徒会の仕事を後輩君達に押し付けたのが、申し訳ないと思うのであれば、隠れてないで素直に謝ればいいんじゃない?」

 ロベルトは変身を解いた彼を呆れた顔で見ていると、本人は何言ってるのという顔をし、反論する。

「ポアリちゃんの周りをいつも囲っているけれど、皆いい子だよ?」

「それは皆、ポアリちゃんに好意があるからでしょ。俺が今、目の前に出たらボコボコに殴るって絶対。俺なら許さないもの、絶対」

 そう言い、彼は鉄格子に思いっきり蹴りを入れる。

 手入れされていない場所の鉄格子は、見た目では分からなかったが、ボロボロだったのだろう。

 簡単にその部分は折れた。

「よしよし。もう一回蹴ったら、通れるな!」

「生徒会長が学校の物、壊していいの?」

 ドン引きした顔でロベルトが言うと、彼が今度は軽く外れた場所と、隣を蹴る。

「あー、いいよ。数年後、ここリフォーム入るって理事長って言っていたし」

 鉄の棒が反対側に音を立て、転がる。

「じゃあ、行こうぜ」

「あー、うん」

 ロベルトはそう言い、彼について行く。

 懐中電灯を鞄から出し、お互い周囲を照らし、歩き出す。

「そういえばポアリちゃんと、もうキスした?」

「な、なんで、そう聞くの!」

 ロベルトが焦りながらそう言うと、彼が冷めた目で言う。

「だって両性具有の子ってさ。縁起物とか、神の使いとか言われて、社会に出たら出世とか早いじゃん。ポアリちゃんが、ロベルトに気が無ければ、諦めた方がいいよ」

 彼はお喋りだが、だいぶ冷めている。

「貴族や王族と愛人契約したり、恋愛なしでも、ずっと傍についているって言うじゃん。あの子、庶民出身だけど、元王族のパトロンが学費を出しているって話だし。両想いになっても、卒業後その人と一緒に暮らすでしょ?」

 苦しくないかなと話す彼に、ロベルトは困惑する。

「僕は別に自分が大事にされたいとか、そういうのではないし。今が幸せなら、いいかな?」

「ふーん、そう」

 そう言う彼は、自分で訊いてきたくせに、無関心そうな返事をする。

(ポアリちゃん、心配だな……)

 ロベルトはそう思いながら、ズボンのポケットの中に入っている指環を出す。

(三年生はもう授業でこの指環使わないから、さっき告白した勢いであげればよかった)

 ホタルモドキではなく、指環を通せば、告白オッケーしてくれたかなと悩みながら、暗闇の中、二人で前に進む。

 新聞部の彼は、先程告白した事実を知らないから、こんなに陽気で、適当に会話できる。

(自分にもそれがあればな……)

 そう思いながら、彼を見ると、彼は微かに鼻歌を口ずさんでいた。

 何の曲だったか、何かの舞台の主題歌か、それに似た何かだった気がするが、思い出せない。

 でも、彼にその曲の正体を訊ねるのは、少々悔しい気がした。

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