最終章『終わってから始まる物語』①

 255年、終戦後 海上。

 波は高く、揺れが大きい気がするが、海面を覗き込んでも、暗く波が見えない。

 そんな中、空母『有馬』に乗ったマユは、夜風に吹かれ、体を震わせていた。

「寒い……桑子、何か防寒具貸してよ……一個だけでいいから……」

 というのもマユは室内で作業していた為、コートを着ておらず、薄着の状態。

 一方、隣にいる桑子は外で飲食していた為、コートやマフラー、手袋に身を包んでいる。

「駄目。今、機嫌が悪い……」

 桑子は、無理やり空母に乗せられて機嫌が悪く、煙草を吸っているが、空いている左手をユラユラと忙しなく揺らしていた。

(いや、機嫌が悪い原因は、彼か……)

 これ以上、刺激すると、海に落とされそうだとマユは感じ、再び海上を眺める。

 吐く息が白く、悴んだ両手を当てる。すると、戦艦が一隻、空母に並走するのだった。

「な、何?」

「あれは駆逐艦『駒馬(こまば)』うちの弟の艦体だね。さっきの無表情の人」

 マユは驚き、声を出すと、桑子の苛立ちの原因がやってきた。

「あれ?マユちゃん、震えているの?」

 佐市はそう言い、小刻みに震えているマユに、自身の上着を脱ぎ、かけた。

「俺の上着貸してあげるよ。あっ、マユちゃん、勘違いしちゃダメだよ。自分はマユちゃんの事、好みじゃないからね。桑子ちゃんも、ヤキモチしなくていいからねー」

 そう言い、マユの隣にいた桑子の頭をポンポンと軽く叩く。

 桑子の瞳孔が開き、怒りで顔が左右歪んだところで、佐市が言う。

「二人とも迎えにきたよ」

 マユと桑子を連れて、空母内を佐市は歩く。

 そして、戦争中に二人が入った事がない部屋に通された。

 そこは指令室のようで、中には浩三、四島、数人の将校、そして宮司の姿もある。

 薄暗い部屋、機械のランプの光が目立つ。

 そして中央の装置、青白い光の柱を作っているものがあるのだが、マユ達はそれが何の機械か考えつかない。

「よく来たね。あっ、これ、霊力で他の艦体と通信する装置。映像が写される最新型。暗い部屋でしか、作動しないポンコツだけどね」

 浩三がそう言い、それを軽く叩き、光の柱が乱れる。

「父上、私の艦体なので、叩かないでください」

「えー、いいじゃん」

 佐市と浩三がそんなやり取りしていると、その光の柱に映像が映し出される。

「うわっ――」

 マユは驚き、声を上げるが、周りの軍人達は見慣れているのか、反応は無い。

 それは絵画や写真のような四角いものに、見たことがない艦体の様子が数枚映されており、通信している男性が声を出した。それは海馬家次男『沙十字』の声で、駆逐艦『駒馬』から発信しているのだと、理解する。

【今、不明の艦体から駒馬に通信が来ましたので、転送いたします】

 すると、武装した男性数人の映像がそこに映され、彼らは何か別の言語を話した後、片言の東洋語で用件を話始めた。

【我々は北洋の工作員である。そして、海馬少将の妾を誘拐した】

 彼らは要求を口にする。

 五十年前の北洋戦争で奪われた領土の解放を。それと同時に宣戦布告をした。

【もう一度、東洋の国と戦争し、次は我々が勝つ】

 北洋の工作員と話をした約一時間後、空母『有馬』艦内。

「うー、キヌちゃん。俺が変わってあげられるのなら、変わってあげたいよー」

 海馬浩三は自身の妾の名を呼び、唸っている。

 キヌが北洋人に人質として捕えられており、要求は北洋と東洋の再戦だった。

「曾お爺ちゃんと連絡は取れないの?」

「取れたところで、彼らを宥める事はできない……後、お爺ちゃんは、南の島へバカンス中だし連絡がとれない。そもそも、うちの事情で、国民巻き込んで戦争する訳にいかないし……」

 孫の浩三と、ひ孫の佐市がそんな会話をし、どうすればキヌを開放できるか考えている。

【キヌさんには一度死んで頂いて、後で蘇生するというのはどうでしょうか?バラバラ状態で海上に落ちれば、難しいですが……そうでなければ可能かと……】

 沙十字が通信を通して、駒馬から有馬の二人に話しかけるが、彼らはそれどころではない。

「そんな事言う子に育てた覚えはないぞ!それ、沙十字の嫁にも同じこと言えるのか!」

【父上!うちの嫁は特別です!この場でしないで頂けますか!】

「沙十字、父上、落ち着いて……」

【バツ4の人は黙って!】

「今、俺がバツ4とか、関係ないじゃん!」

 その場の雰囲気は最悪で、見ていたマユ、桑子、その他の将校達は、気まずそうな顔をしていた。海馬家三人が口論をしていると、四島が言う。

「総理大臣が呼べない今、戦うしかないだろう。仮に人質が死んでしまったら蘇生する。それでいいな……空軍も最低限ではあるが、戦闘機を出そう……」

 四島の案で纏まるのを見ると、四島は判断が早く、出来る人間であると見える。

「とりあえず、今晩は皆、寝る。北洋の人間には明日、答えを出すと伝えているからな」

 そう言い、その場を後にする四島にマユが声をかけた。

「あ、あの……」

「あぁ、君か。そうだなぁ、少し話をしようか……」

 そう言い、四島はマユを通信室から連れ出し、空母の飛行甲板部分に移動する。

 彼は手すりに腕を乗せ、話をしてきた。

「久から聞いているよ。飛行機が好きなんだって?」

「えーと、まあ……」

 マユがそう歯切れの悪い答えを出すと、コクーンの事を聞いてくる。

「コクーンは好きか?君の機体を久が買い取りたいと言っていたからさ」

 時系列が合わない為、恐らくマユが欲しいという前から、その話は進んでいたのだろう。

「俺と付き合ってくれるのなら、タダであげるって言ったんだけど、断られたんだ」

 マユは適当な返事をし、死んだ魚のような目で、彼から視線を逸らす。

「まぁ、俺のプライベートは今いいわ。そこの特高警察もこっち来い、話をしてやる」

「気配、消していたんだけどな……特高って事もバレてるし……」

 四島がそう言い、煙草を上着から取り出すと、マユ達の死角から桑子が姿を現した。

「霊力が高いと、霊視で周囲を探れるんだよ。霊術の仕組みも、勘で分かってしまうのが、嫌な部分でもあるが……」

 桑子は気持ち悪いなと呟き、マユの隣に並ぶ。

「じゃあ、君達。神様の話をしようか――」

 四島は神様とコクーンの話をする。

「君たちは見えないし、感じないかもしれないが。あの機体は霊力の塊だ。神様が乗っていないと、西洋竜に追いつけるスピード、翼を貫く威力は出ない」

 パイロットの残留思念に、何かの魂を混ぜ、人工的に神様を作った。

「だが、良い神様という訳ではなさそうだ。とても嫉妬深い、というのも――」

 四島は先程、マユが見かけたベッドに乗った死体の話をする。

 四島は開発部が乗せる機体を間違えないようにと堅く言う為、怪しんだ。

 丁度、足を無くした死体があった為、別の死体(こちらはパイロット)の足をくっつけ、機体に入れたという。

「縫合した足だけがトカゲのようになっていたのを見ると、禁忌扱い。恐らく、別の神を信仰するのを嫌っているだろう」

「うへぇ……」

 桑子が明らかに軽蔑するような声を漏らし、四島が言う。

「神が単純に信仰心に対し、厳しいのか。単純に材料になったパイロットの性格か――」

「今回は足だけ、生きている人間じゃなかったけれど、もし生きている人間ならどうなるんですか?」

 マユがそう四島に言うが、彼は分からないと言葉を漏らすだけだった。

 早朝五時。有馬の中の大部屋でマユは目を覚ます。

(あんなに広かったのに……)

 シラの毛布に包まったあの日を思い出し、暗い気分になる。

 キヌの笑い声や嬉しそうに話をする声が脳裏に響く。

『マユちゃん!聞いて!聞いて!』

(シラがキヌを連れてきて、頭を下げてくれたら、全部許すのにな――)

 死んだ人間も蘇生できる。呪術で死んでしまった人間だって時間が掛かるかもしれないけれど、いずれ生き返る日が来る。

(何で、謝ってくれないんだろう……友達だったのに……)

 着替えを済ませ、部屋から出て飛行甲板に向かう。赤毛で長身の女性が、海を背景に立っていた。

 それは舞台の役者のようで、とても絵になっている。

「おはよう。マユ」

「うん、おはよう」

 支給された携帯食を食べていると、宮司がやってきて、昨日の晩持ってきたというおにぎりを渡してきた。

(おかかだ……)

 マユはそれを頬張っていると、海馬親子が自分達の元に来て、話をした。

「海馬少将。どうしました?」

「マユちゃん、桑子ちゃん。俺達は、お話をしにきた」

 浩三はそう言い、マユと桑子の向かい側に正座し、話をする。

「俺はキヌちゃんを助けたいと思っている。でも、自分は軍人で国を守らないといけないのも事実。昨晩、佐市と四島少将と話し合って決めた」

 マユ達は食事を済ませ、通信室に向かう。

【海馬少将。一晩考えて、どのような考えに至りましたか?】

 北洋訛りの東洋語を話す中年男性の映像が装置に映され、その場にいる皆に語り掛ける。

「私は軍人、そして総理大臣の孫だ。国民を私情で戦争に巻き込むわけにはいかない」

 浩三はそう彼に告げると、映像に一人の女子と武装した男性が映り込んだ。

 銃を突き付けられ、顔には殴られたのか青痣ができている。

【だ、旦那様――】

【お前、何か話せよ。恋人と話せるのは、これで最後なんだから】

 彼が彼女の背を強く押し、キヌの体が少しよろめいた。

 そして、キヌは静かに言葉を口から出し始める。

【私は旦那様に拾ってもらえて幸せでした――】

 恐怖からなのだろうか、それとも生に対する執着か、唇が震えていた。

【貧乏で、親に遊郭に売られ、そこでも馴染めず、絶望していた私に文字を教えてくれたのも、愛情を注いでくれたのも旦那様です――】

 彼女の言葉で、作っていた浩三の瞳孔が微かに開く。

【言葉だけでは感謝を伝えきれません――】

 彼女の霊力が籠った青い瞳が潤み、そこから大粒の雫が零れ落ちる。

「キヌちゃん、じゃあ――」

 すると、浩三の表情が嬉しそうなものになり、言葉を出す。

「助けた後、ゆっくりベッドの中で囁いてもらおうかな」

 すると、警報が鳴り、爆発音に似た音が指令室に響く。

 だが、それは通信している北洋の空母側の音で、キヌは空母の揺れで彼らから解放される。

「うちは駆逐艦、空母、戦闘機が揃っている。お前の方は東洋から奪ったコクーンが一機、空母だけ、余裕でボコれるんだわ」

 その発言から、沙十字の駆逐艦が相手の空母に魚雷を発射した事が分かる。

「キヌちゃんが死んだら可哀そうだけど、うちには蘇生術がある。俺、こう見えて、海軍学校時代、学年で六番目に蘇生術うまかったんやで。大丈夫、大丈夫、蘇生できる」

 マユはその浩三の発言に驚いていると、桑子と宮司が指令室を出て、走り出し、彼女はそれを追いかけた。マユは追いつき、飛行甲板の上に立つと、そこには数機、空軍の戦闘機が停められており、それが相手の空母に向かって出撃する。

 マユ達とは機体の種類も違うが、動きも洗練されたもので、とても素晴らしいものだ。

 これが本職の動きかとマユは関心していると、同じくそこにいた四島がおかしいと呟いた。

「こちらは駆逐艦、空母、戦闘機があるのは明確だというのに、何故宣戦布告してきた?」

 すると、海軍の将校が双眼鏡を覗きながら声を出した。

「北洋側に動きあり!あれは――佐藤シラでしょうか?」

 マユがその将校から双眼鏡を奪い、それを覗き込む。そこにはシラの姿がおり、彼女が自分達の方向を眺めながら、唇を動かす。それは何かの呪文のようで、彼女の左手の甲に黒い魔法陣が現れた。

 すると、マユ達が乗っている空母が揺れ、北洋と東洋の空母の間、海面に赤く禍々しい触手が現れ、戦闘機を掴み、機体ごと、パイロットを握り潰す。

「クラーケンだ!あの女!クラーケンを召喚しやがった!」

 将校達がそう叫び、霊術用の大きい杖で、艦体を守る結界を張る。

「あれ……何でしょうか?」

 何か悪い事が起こりそうで、四島に訊ねるが、彼は無言で、代わりに指令室からやってきた浩三が答えた。

「あれはあのシラという娘が召喚したものだろう。触手も飛行機を捕まえるから厄介だが、海中に隠れた部分が大きいのが嫌だな。きっと、駒場の魚雷は防がれる」

 その瞬間、駒場は魚雷を同じように発射するが、彼の言葉通り空母ではなく、クラーケンに当たり、攻撃は防がれる。

「うーん、北洋の術だと、書き換えるのは困難だなぁ。発動した術の変更は、大学教授でも難しいと言うし……本人が解除するか、殺してしまうかになるなぁ……」

 彼がそう言葉を出していると、一機の戦闘機がクラーケンの組み付き攻撃を避け、空母に直行する。 

 突破できるかもと誰もが思った矢先、北洋の空母がけたたましく警報を鳴らす。

 そして、北洋の空母に付けられた機関砲がその戦闘機を蜂の巣にした。

「海馬少将!あれ何!?何!?」

「あー、シウスだねー。うちにもあるでしょ」

 浩三はそう言い、上着から煙草を取り出し、ライターで火を付け吸う。

 マユはその動きを見て思う。クラーケンの触手は、コクーンよりも遅い。シウスだってそうだ。

 コクーンの方がスピードも速い。

(コクーンがあれば、勝てる。キヌも助けられる)

「海馬少将、四島少将!あの――」

 マユが出した案を浩三も四島も否定することなく、受け入れた。

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