脳震盪で意識を失っていると、夢を見た。
「歩有ちゃん」
幼馴染の大河と一緒に、お花畑で花を摘んでいる夢だ。
私は彼の百万点の笑顔に照れながら、花で髪飾りを編む。
「歩有ちゃん上手だね。僕も少し不細工だけれど作れたよ」
「大河君、上手だよ。初めてだとは思えないよ」
確かに大河が作ったそれは上手だった訳ではない、かなり出来は悪い。
でも、私はとても彼を褒めた。
それが私の存在意義だからだ。
(あぁ、夢だとしたら、良い夢だ。大河君が私だけに微笑んでくれる)
「じゃあ、ヒカリちゃんに持っていこうか」
彼の一言に凍り付く。
(微妙に複雑な夢だ……)
戸惑っていると、天から降るように聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『ポアリさん、起きて下さい』
その瞬間、風景が花畑から現実に切り替わる。
そして、閉じている瞼の先でアーノルドが誰かと会話しているのが分かった。
「さっき貰ったこれで起こそうぜ」
『ちょっ、それは更に起きなく――』
アーノルドと会話している誰かの正体が気になり、瞼を微かに開ける。
すると、おでこに衝撃が走った。
――ゴーン!
鐘や銅鑼をついたような大きく響く音に、私の頭や鼓膜は震える。
「何、何!?」
驚いて起き上がると、そこには初めて見る男子生徒がいた。
「あっ、起きた」
『ポアリさん、大丈夫ですか?』
アーノルドが心配そうに言う。
そこにいたのは狐を思わせるような赤毛の髪をした男子生徒で、銀縁の眼鏡をかけている。
背丈は自分より少し身長が高いくらいで、今まで身長が高い男子が多かった為か、新鮮に思えた。
(あっ、銀縁の眼鏡だ――)
溺れていたのを助けてくれた男子は眼鏡をかけていたと、生徒会のメンバーは言っていたが、金髪ではなく、赤毛だ。
(まぁ、でも銀縁の眼鏡って、学園内で数人いるだろうし……)
どんな形の眼鏡か詳しく訊けばよかったと思っていた時、彼が手に持っている物が目に入る。
それは先程、黒魔術研究会の一人が持っていた鍋だ。
私はそれで殴られたらしく、それに気がついた瞬間、頭に出来たコブがズキズキと痛み始めた。
「殴ったのか、その鍋で……」
「ずっと寝ているからだが?」
自分がそう言うと、赤毛の彼は困った顔もせず、淡々と答える。
「悪かったって――そうだ、もし痛ぇのなら――」
「いや、いらな――むぐっ――」
嫌な予感がしたので断ったのだが、それより先に、彼の手とそれに握られていた何の効力があるのか分からない草が口に突っ込まれる。
「どうだ?」
彼が訊ねているのは、効力だろうか、それとも味だろうか。
とりあえず頭のコブはまだ痛むし、味は渋く、少し酸味がある。
口の中の草を吐き出すが、少し飲み込んでしまう。
「苦い、まだ口の中に残ってる気がする」
自分は立ち上がり、服についた砂埃を払う。
彼を見ると、悪戯っ子のようにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
『まぁ、ポアリさん。彼も悪意があった訳ではないですし……ほら、こういうの純粋無垢って言うんでしょ?子供が遊びで、アリを殺してしまうように』
「アーノルドさん、純粋無垢って意味違いますからね。それに見て下さいよ。あの育ちの悪そうな言葉使い、表情を。同じクラスにいても、一緒にいないタイプの人間です」
彼は何故かテンションが高いようで、鍋を片手に持ちながらその場でクルクルと回っている。
「すげぇ……頭悪い人って、ああいう人を言うのかな――ねぇ、アーノルドさん」
『あぁ、えっと――』
話しかけた光の球は、少し戸惑った声を出す。
その声は中性的で、性別が分からないが、真面目そうな雰囲気を感じた。
『ポアリさん、僕はこっちですよ』
反対側にも光の球があり、それはいつも通り、自分に声をかける。
『私はあの子の担当で、仮名は『セゾン』です』
よく見ると、アーノルドは青白い光なのに対し、セゾンは黄色い温かみのある光だった。
『そして、深夜テンションで、舞を踊っている子は『アクア』君。貴方と同じ転生者です』
セゾンの話によると、先程フードを被った男子生徒二人(おそらく、黒魔術研究会)が、やってきた時、変なテンションで思いっきり、肩パンと頭突きをしてしまったそうだ。
それで、その子達は鍋と薬草を置いていって、逃げたと。
(ロベルトと聞いた、あの叫び声は彼らのだったか……)
私は彼にそれで殴られ、それを口に突っ込まれたという事だ。
『ほら、アクア君。ポアリさんにご挨拶しましょ』
彼に再び目をやると、鍋を床に置き、インド映画顔負けの、個性的でキレのあるダンスを踊っている。
「今の名前は『アクア・ベルーガ』で、転生前は『宮本 亜句亜(みやもと あくあ)』趣味はドライブで、好きな食べ物はハンバーガーとフライドポテト。夜露死苦!」
自分を親指で差し、挨拶をする彼の胸には、魔法石のブローチがしてある。
色は彼の名前通り、海を思わせるような、深い青だった。
『ほら、ポアリさんも』
「よろしくね……」
変な子が第一印象だったので、自己紹介されても、それが簡単に覆されるはずはなく、私はまだ心を閉ざしている。
『ポアリさん。転生者同士、仲良くしてあげて下さいね』
そう言うセゾンは、アクアに「よかったね」と話しかける。
アーノルドが出した青い炎で周囲を照らしながら、少し開けた場所に皆で移動する。
そこには古い噴水だろうか、腰をかけるのにちょうど良さそうなのがある。
勿論水は通ってなく、安心して座る事ができた。
「俺さぁ、母親がシングルマザーで、ほとんど家にいなくてさぁ。母親の彼氏もいつも殴る人でぇ」
『アクア君はネグレクトで、ゴミ屋敷出身なんですよ』
このセゾンという別人類は、無意識に酷い事を言う。
「それで少しグレてさぁ、暴走族に土下座して仲間に入れて貰ったわけ」
「アクア、子供の頃から物凄く苦労したんだね」
そうアクアに言う。
「だから転生する時、お金持ちで、ちゃんとお父さんもお母さんもいて、頭も悪かったから、頭も良くしてくださいって、セゾンにお願いしたんだ」
『一応、侯爵の五人兄弟の末っ子ですね』
「へぇ、侯爵。でも侯爵の息子が何故、この魔法学校へ?地位が高いんだから。普通、先生が屋敷に通うんじゃない?」
自分はそんな質問をする。
しかも、この時間に学園内をウロウロできるという事は、寮に住んでいるという事だ。
すると、私の傍のアーノルドは彼の転生後の説明をする。
『ポアリさんと違って、彼は子供の頃から転生前の記憶があったそうで。幼少期から奇行や大人びた発言が目立ち、兄からは病気だと言われ、精神病棟に突っ込まれたり、毒を盛られたり、暗殺されかけたりして、最終的にここに送られたそうです』
「家族、仲を良くしてって言わなかったからなぁ」
アクアはそう言い、遠くを見る。
『アクア君、ごめんね。私がちゃんと気を使えればよかったのに……』
申し訳なさそうに、セゾンがアクアに謝る。
それを聞いて、苦労人同士、仲良くするべきかもしれないと思った。
「私は君程、転生前も転生後も苦労した事はないけれど。辛い経験はした事あるし、分かるよ。だから――」
自分も今まで人生を捧げてきたのに、全部無駄になった事がある。
だから、上手くいかなくて、悲しい、どうすればいいか分からないというのは、痛いほど分かる。というか、今その状態である。
「私達、助け合えないかな?」
そう言うと、彼は花が開いたように、パアっと明るい表情になる。
「嬉しい。自分の周りに元の世界とか、分からない人ばかりだったから」
彼的には、全く言葉が通じない国に放り出されたような、そんな感じだったのだろう。
「あのさ、ポアリは何で死んで、転生したの?」
「あぁ、私はね」
私がニコニコの良い笑顔で、転生前の死因を口にする。
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