ヤクザを始末した後、特高警察か、それに雇われている者か、死体を運び出していく。
そして、清掃員らしい人物と、解体作業員がやってきて、何かを話し始めた。耳を傾けると、どう片付けすれば、近隣にこの出来事を内密にできるか話し合っているらしい。
「三日ぐらいで、この建物は解体だ。巻き込まれた人間は可哀そうだが、裁判とかされたら面倒だから、海にでも沈めようか」
桑子はそう言い、上着から煙草とマッチを取り出す。
「あっ、桑子――」
「あっ、マユもお酒飲む?いいよ。好きに開けて、何なら持って帰る?良いのあるよ」
マユはそう言われ苦笑いをし、周囲を見渡す。留吉は着ているものは返り血で汚れているものの、機嫌よく、ブランデーやワインを開け、飲み比べをしている。
玉之丞の方を見ると、彼は先程の女給の手の上で、優しく撫でられ、接吻されていた。
「はい、チュー」
『きゅぅ――マユ、助けて――』
助けを求めている為、マユは彼を回収し、上着の内側にしまう。
「玉之丞、隠れてなさい」
「あー、残念」
女給は直前まで酒を飲んでいたのか、少し瞳が虚ろで、酒と香水が混ざった匂いがした。
「ねぇ、桑子。新しい商売って何?まさか、ヤクザをその――」
平和主義のマユからすれば、今のような乱闘はとても野蛮で、好ましくない。
「いや、違う違う。ほらさっき、賭博を開いたって話をしただろう?その手伝いを頼みたい」
桑子はそう言うと、入口の扉が大きな音でノックされる。
「はい、どうぞー」
桑子は煙草の火を消し、それに返事をした。だが、その人物は入る気配はなく、マユが様子を窺っていると、急に扉が吹っ飛び、床を勢いだけで滑っていく。
「あれ?扉、外れちゃった?」
そこにいたのは、背の高い西洋人風の男性と、小柄な東洋人の男性で、逆光からかまだ顔は見えない。
「それはドアノブ、捻ってないからだろ?」
「捻ったと思うよ?押したり、引いたりを同時にしなかっただけでさ」
そう言い、入ってくる二人を見て、マユは驚愕する。二人ともマユや桑子と同様、皮膚に鱗があったからだ。違う箇所があるとすれば、頭に角と、尻に爬虫類のような太い尻尾があり、作り物ではないようで、ゆらゆらと感情に合わせて動いている。
「竜人って知らない?竜が人間に化けたものだ。私達とは少し違うがね。丁寧に扱えば、仲良くできるし、協力してくれる」
桑子が彼らに聞こえないように、マユの耳元でこっそり伝えてきた。
「あっ桑子支配人」
西洋系の竜人が桑子の元にやってきて、熱いハグをし、頬に挨拶の接吻をする。
「こんにちは。今日もお綺麗ですね」
「あー、そうかい」
桑子は作り笑顔で接し、彼を抱きしめた。
「うん、今日も美味しそう。ちょっと齧ってもいい?」
本当に協力関係なのだろうか、竜の気まぐれで、生かされているだけではないか。
マユはそう思いながら、抱きしめあっている二人を眺めている。
西洋竜と戦っていたのは、桑子も同じだったが、彼女は恐ろしくないのだろうか。
(何で、西洋竜が……)
すると、彼はマユに気が付き、桑子から離れた。彼は金色の鱗に、頭髪、瞳。白い肌はとても美しい。微笑みかけられると、マユもうっとりするようなそんな容姿だった。
「支配人。この美しい女性は?」
「あぁ、コイツは『橋本 マユ』私の友人だ。西洋乙女だった時は、もう凄かったんだ。飛行機で、どんどん西洋竜を撃ち落して――」
「く、桑子!それはまずいって……」
西洋竜に対して、戦争で撃ち落していただなんて、言うべきではなく、マユは桑子の口を押さえ、喋るのを止めさせる。
「大丈夫だよ。西洋系なだけで、東洋出身で戦争に出てないよ?」
目の前の西洋竜がそう言い、マユの顔を妖艶な笑みで覗き込んだ。
「そ、そっか……了解」
すると、その西洋竜がマユの掌を手に取り接吻する。
「僕は『ロビンソン』よろしくね。御嬢さん」
そう言うと、彼はマユの掌を舌でペロリと少し舐めた。
「ちょっと、うちの姉に何しているんだ!」
留吉にその光景がバッチリ見えていたようで、ズカズカと機嫌が悪そうにやってきて、ロビンソンに組み付こうとする。
すると、傍にいた東洋系の竜人が留吉の腕を掴み、捻り、床にねじ伏せた。
「あぁ、先輩。僕を守ってくれたんですかぁ?」
「守ったのはこの男のほうだ。お前は手加減を知らないから、炎で焼いたり、蘇生不能まで細切りにするだろう」
「ふふふ。よくご存じで」
彼がそう言い、機嫌が良さそうな顔をした為、その竜人が留吉を開放した。
「すまないな。痛くないか?」
「ふん、後輩に言っておけ。うちの姉は誰とも付き合いませんし、好きになりません!」
留吉はそう言い、服を叩き、埃を落とす。
「弟君、私が言うのは変かもしれないけれど。替えの服あげるから、着替えてきたら?」
桑子はそう言い、近くにいたボーイの格好をした部下を呼ぶ。
ボーイの格好の彼は二階にいた人で、留吉をシャワールームに案内すると言い、連れ出すのだった。
それを見届けた後、桑子は東洋系の竜人をマユに紹介する。
「彼は『蒼尾(あおび)』出稼ぎで、この港町に来たらしい」
彼は小柄で、角や尾が無ければ、近くの中学校に通っている少年だと思う事だろう。
「どうも……」
軍人として訓練された留吉を、ねじ伏せられる腕力がこの細い体にあるのが、とても不思議でならない。マユがジロジロと彼を見ていると、マユの上着に隠れていた玉之丞が出てきて、服を這い、肩に乗っかる。
『隠れるの、飽きちゃった――』
玉之丞はそう言うと、目の前の東洋竜人が驚いた顔をし、彼を両手でいきなり掴む。
『きゅっ――』
そして、彼は手のひらで包み、玉之丞の翼や手足の関節を丁寧に指で摘み、伸ばしている。
玉之丞は戸惑っているものの、嫌がっている様子はない。
「お前がこの子のお世話係?」
「えっ?あっ、一応そうですね……」
「何で、この子小さいの?」
「えっ?最初からそうだったから、としか……」
玉之丞は勇五郎の友人から貰ってきた子で、どんな生い立ちなのか、よくは知らない。
(犬の赤ちゃんが生まれたから貰うという話で、竜貰ってきたんだもんな……)
いつの間にか、犬の赤ちゃんと一緒に母犬のお乳を吸っていたらしい。
「霊力が弱くなっている。神様なんだから、神棚や社を用意してやらんと、そのうち会話もできなくなるぞ!」
そう言う東洋竜は少し怒っているようだが、玉之丞の背中を撫でており、彼は心配して言っているようである。
「まずは手始めに神棚。いい店がある。値切り交渉はしてやるから、後で寄るぞ」
「コミュニケーションが取れなくなるのは困るけど……」
今はいいかなとマユが言おうとした時、玉之丞はマユの胸に飛びついた。
マユは玉之丞の体を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「神棚はともかく、こんな血生臭い場所にいてもあれだから、職場に移動しよっかね」
桑子はそう言い、周囲の人物に外出する事を伝える。
血生臭くなったのは彼女が原因ではとマユは思うのだが、何も言わなかった。
*
少女達は、陸軍で血液や脂肪を採取された後、叶虎から海岸経由で、最北端の都市『北栄(ほくえい)』に移動する。陸軍の六輪トラックの積み荷に乗るという経験は、中々の経験だろう。
海風がマユの頬と黒髪を撫で、漁師とその子供が乙女達に手を振った。
「橋本の御嬢さん、子供達が手を振っているね」
トラックの上で桑子が呟く。髪を掻きあげる彼女は、少し色っぽい。
「マユちゃん、お菓子食べる?こっそり、金平糖持ってきたの?シラちゃんもどうぞ」
キヌは金平糖を包んだ布を広げ、その場にいた皆に差し出す。
マユと桑子、シラはキヌから金平糖を数個受け取り、口に含むのだった。
海に面している北栄の基地は勿論海軍基地で、海軍の少尉、中尉達が出迎えしてくれる。
(これから戦うんだな……)
そう思いながら、マユは海上に見える大きな船を眺める。
少し変わった船で、道路や駐車場のようなコンクリート素材の面が特徴だ。
(滑走路代わりなのかな?)
マユがそう思っていると、後ろから男性の声が聞こえる。
「あれは空母『有馬(ありま)』その上の飛行機が――」
それは聞き覚えがある声で、マユは後ろを振り返ると、そこには空軍の軍服を着ている男性の姿があった。
「久――」
彼はマユの婚約者『悟』の兄、久だった。悟に似ていないが、整った顔立ちに、黒色の髪や瞳は霊力が通い、光によっては瑠璃色に見え、華やかな印象だ。
「屑、飛行機に乗る準備は出来ているか?」
意地悪そうな表情、歪んだ口角、性格がよく顔に出ている。
海軍基地の広場に移動し、整列させられた女子達に空軍の中尉が挨拶をした。
「御嬢様達、長旅お疲れ様であります。私は空軍の中尉――」
その横には、ニコニコ笑顔の久の姿があり、マユは不信感を覚える。何故、海軍基地に空軍の人間がいるのか、そこがよく分からなかった。マユは隣にいた桑子に小声で話しかける。
「ねぇ、桑子。何で、空軍の中尉がここに?」
「そりゃあ、飛行機に乗るからだろ?皆、お前みたいに飛行機に詳しい訳ではないんだ」
そう桑子は言い、中尉の話を聞き、マユも中尉の話に耳を傾けた。
その内容は、空軍の将校達が自分達を訓練した後、西洋の国境付近の海上に海軍の空母で移動し、それに乗せた空軍の新型飛行機に乗せるという。
「説明はそんなところですね。霊力が強い者は、陸軍の衛生兵と一緒に怪我人を治療してもらいます。今、リストを見て名前を読み上げますね」
彼はそう言い、名前が書いてあるリストを読み上げた。そこにはキヌの名前があり、彼女だけが医療班に振り分けられ、その後から飛行機の適性診断が行われた。
「診断は操縦できるのは勿論、空母に着艦できるかの確認。三回まで再診断が可能。うまく出来なかった者は雑用班か、医療班に振り分けする」
久はそう言い、空軍の将校達が女子達に指導する。
「ここのボタンを押すと、弾が出ます」
マユと桑子、シラの班は若い一等卒が滑走路に停められた飛行機の前で、説明をしていく。
「覚える事が多そうだ……」
桑子はそう言い、メモにペンを走らせる。
「飛行機は操縦して、体で覚えるほうが簡単ですよ」
一等卒はそう言い、桑子をフォローした。
「そういえば、マユさんって飛行機を直す職業だったんですね。久少尉から聞きました。呑み込みが早い訳だ」
「いやぁ、そんなぁ。一等卒殿のご指導が良いだけですよ」
空軍の男性に褒められて、マユがデレデレとした表情をすると、久が書類を束ねたもので、頭を叩く。それは力を物凄く込めていたようで、かなり痛い。
「全く、油断ならないな……」
久がそう呟いた時、休憩時間を知らせるラッパの音がけたたましく鳴り響いた。
「休憩時間のようだ。それが終わったら、覚えておけよ。しっかり躾してやる」
そう久は言い残し、マユ達から離れていく。
「あ、久少尉。自分も見に行きます」
気まずかったのだろうか、彼はそう言い、久に付いていく。
頭を押さえ、少し悶えていると、隣にいた桑子が不思議そうな表情で話しかけてきた。
「ねぇ、さっきから思っていたけど、知り合い?」
「あー、彼はあれだよ。えーと、私に華族の婚約者いたでしょ?」
「あー、日猿木家の。そりゃあ、有名だし。ねぇ、シラ?」
「あっ、うん。そうだった――」
桑子は週刊誌の記事を知っていての反応だったが、シラは話を合わせているものの、何の事か分かっていない気がする。
(んー、怪しいな……)
マユはそうは思っていないが、桑子は週刊誌、新聞でも取り上げられていたスキャンダルを知らないのは変だと思う。
(躾が厳しい家の出か、貧乏で教養が無いかのどちらかだな……)
女給のような断髪だから、家が貧乏だったのだろうと、最終的に桑子は結論付けた。
桑子がそう思っているとは知らずに、マユは彼の事を説明する。
「その婚約者の腹違いの兄――」
桑子は婚約破棄した事を知っていたというか、手引きした張本人の為、視線を逸らす。
「婚約破棄したのは弟の方なんでしょ?あんなに嫌いになる事なくない?」
そうシラは言い、上着から煙草とマッチを取り出した。
「何所で出会ったの?」
シラは恋愛話が好きなのか、揶揄うように言った後、煙草を咥え、マッチで火をつける。
「あー、出会いは彼が先で――職場の滑走路に彼の飛行機が不時着して――でもまぁ、彼の弟と婚約した時から、嫌われているんだよね。弟を紹介してきたのはあっちなのに」
おそらく、久はマユの事が好きだったのではないか、だから弟を紹介したのではと、桑子とシラは思うがその考えはマユに伝えなかった。
休憩時間が終わり、将校がラッパを吹く。その音はけたたましく、耳に強く残った。
説明の後、キヌ達がいる医療班と合流し、女子達が空母に移動する。
「医療班は何の話をしていたの?」
「包帯の巻き方とか、傷の清め方とか。ほら、血液を抜いていた陸軍の……人とあの煙草臭い人が教えてくれたの」
彼女は名前を憶えていなかったが、説明からそれは『宮司』と『衛星』だと分かる。
(陸軍は衛生兵しか出さないと思っていたから、驚いたな……)
トラックの運転をしていたのは見たが、彼が残るとは意外だった。宮司は今回の作戦で酷使されている為、出世が早いエリートコースなのかもしれない。マユは宮司の事を考えているのだが、桑子とキヌはそれに気づいてなく、仲良く会話をしていた。
「キヌが治療するのは心配だなぁ。私はお前に治療されるの、ヤダよ」
「私、頑張るから、後失敗しないよ。マユちゃんも怪我したら言うんだよー」
キヌはそう言い、マユと桑子と三人で空母の中を歩く。
すると、そこに海軍の大尉と取り巻きの将校がやってきて挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「あっ、佐市さん」
キヌは一人の男性を見つけ、声を出した。
「あっ、キヌちゃん。本当に西洋乙女になったんだね」
彼は三十路ぐらいの中年で、髪は短く、顔は整っており、穏やかな雰囲気がある。
「彼は旦那様の長男で、海軍の大尉さん」
「長男って――」
キヌが言う『旦那様』は何者なのだろうかと、この場にいる全員が思うだろう。
「私は海軍大尉『海馬 佐市(かいば さいち)』です。動かすのは、操縦免許を持つ者と、司令官ですが、空母『有馬』は、私の所有物なので、ご挨拶に来ました」
最初、彼が何を言っているか分からなかったのだが、それもそのはずで。
今回の任務『西洋乙女』は、陸海空軍と総理大臣の独断で行っているらしい。
帝室の許可は無いというよりも、話すらしていない。
「いやぁ、総理大臣と帝室は北洋戦争後、不仲だからね。いつも酔うと前帝王の文句言っているよ。あの人、戦いたがりというか、戦争大好きだったじゃん。あっ、総理大臣というのは自分の曾お爺ちゃんなんだけどね」
彼はキヌに負けないくらいのお喋りのようで、ベラベラと聞いてない話をし始めた。
彼の話をまとめるとこうだ。戦争したい帝室と、戦争したくない総理大臣が対立している。
そんな中、この西洋乙女作戦だ。
帝室の許可を取っていないのに、国の戦艦を使うと帝室を刺激し兼ねない。
だったら、国所有でなく、一族所有の戦艦らを使えばいいのではないかと、現総理大臣は思った。
「いやぁ、たまたま。曾お爺ちゃんの勧めで、空母と駆逐艦持っていてよかった」
はははと笑う彼に、マユは呆れ、隣にいた桑子に話しかける。
「ねぇ、桑子。総理大臣は、名前は伏せるけれど、戦う気満々だったんじゃ……」
特高警察の彼女は無言だが、物凄い形相で話を聞いていた。
(あっ、駄目な顔している……)
特高警察は政府の味方。政府の頂点が対立し、そして前帝王が亡くなった今、政治は総理大臣が全部やっている。しかも、不審な死で暗殺じゃないかという説もあるくらいだ。
彼女からすれば、目の前の彼は国を乗っ取った男の親族なのだ。
「まぁ今回、役に立ったんだからいいじゃない?」
キヌは海馬家の味方の為そう言い、桑子を宥め、佐市大尉から気を逸らせる。
「あぁ、ごめんね。君達のような若いお嬢さんには難しかったよね」
佐市大尉がそう言ったのが、桑子のスイッチをブツリと押した。
「あっ、じゃあ。佐市大尉、ありがとうございました。また、今度」
「佐市さん。旦那様と奥様によろしくねー」
マユとキヌはそう言い、彼に手を振る。
「じゃあね、電報打っておくよー」
桑子の顔が人に向けてはいけないものに変わったタイミングで、皆で挨拶し、集合場所に連れていく。集合場所は空母の飛行甲板で、マユ達が適正診断で乗る飛行機があり、そこには他の女子と空軍の将校達がいた。そこで改めて操縦を教わる。
遅刻してきた三人に、皆白い目を向けるのだが、それを気にしていないフリをした。
「三人とも遅いよ」
一足先にいたシラの元に三人は駆け寄ると、久はニコニコの笑顔で言う。
「今、来た三人は後で話があるから、適性診断後に私の部屋に来るように――」
久の作り笑顔が引きつり、ブチ切れ寸前なのが分かる。
潮風が軍服から露出した肌を撫でる中、飛行機の適性診断が始まるのだった。
(適性診断とはいうが、試験じゃないか……)
戦闘機の機体尾部下方にフックがあり、それを空母の飛行甲板に設置されたワイヤーに引っかけ止める。それを数回練習した後、先程の予定通り、適性判断を行う。
(なるほど。滑走路が短い空母だと、フックとワイヤーで止めるのか……)
久から説明を受け、飛行機に乗り込もうとした時、宮司とキヌが応援する声が聞こえた。
「大丈夫、怪我しても、治すからねー」
「勉強し始めたばかりだけど、頑張るからねー」
衛生兵、医療班は見学しているのだが、怪我人で経験を積む気満々である。
(やりづらいな……)
そう思いながら、マユは飛行機に乗る。先程、一等卒に操縦の仕方を聞いているのと、今までの経験から、手馴れた手付きで飛行機を操縦し、離陸する。空母の周りを数周した後、空母に着艦しようと、近づき、難なくワイヤーにフックを引っかけ、停車する。
「合格」
マユは飛行機の運転に慣れていた為、一発で合格した。桑子は初めて飛行機を運転したとの事だったが、一回失敗してコツを掴んだようで、二回目で合格する。
「あれ?ああああ!」
一回、二回失敗し、焦ったのだろうかシラは、ワイヤーにフックを引っかける事が出来なかった事と、スピードを落としていた事が災いし、飛行機ごと、空母から海面に落ちた。
「廃車って言葉、飛行機でも使うの?」
「飛行機だと廃機が正しいかなぁ」
桑子とマユがそんな事を話していると、宮司が声をかけてくる。
「マユさん、あの……」
「あっ、宮司さん。宮司さんも参加なんですね」
陸軍は衛生兵しか出さないという話だったが、何故か宮司がいた。彼の顔は出会った時と少し違い、片目が薄い茶色、火傷でもしたのだろうか、顔の半分が少し肌の色が違う。
「えっと、まぁ。皆、聖獣と会話できる訳ではないから、それでちょっと出張だね」
「そうなんですね」
「う、うん――」
彼は少し気まずいようで、マユから視線を逸らし、頬を掻く。
(どうしたのだろう……この人、もっと図々しい人だったはずだけど……)
週刊誌の記者から逃げてきた時、応接室で客人と同じようにお茶を飲む人間だった。
だから、マユは彼が図太く、図々しい人間だと記憶していたのだ。
「えっと……何かありました?」
「い、いや。そうじゃないんだ。君には問題ないんだけど……留吉がちょっとね……」
「えっ?留吉が?」
そう聞き返したその時、久が近くを通り、ついでにマユに言う。
「取り消すぞ、合格」
「すみません、気をつけます」
マユが反省してない顔をしながら、言葉だけの謝罪をした。
その時、久が宮司をじっと見て、機嫌悪そうに、他の将校の元に向かって歩く。
「あの人、日猿木家の……」
久がいなくなったタイミングで宮司に耳打ちすると、知っていると答えた。
(婚約者、弟の頭を割ったなんて言えない……)
宮司はそう思いながら、遠くを眺める。
空は夏の晴天で、風が吹き抜け、飛行機のエンジン音が宮司の耳に届いた。
潮風が肌を撫でる。
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