第一章『確かに性別は指定しなかったけれど』②

「生徒会長の蛇だったとは……」

 場所は変わって学園の生徒会室。

「可愛いでちゅね。お肌ツルツル」

 一人の男子がソファーに座っていて、カラフルな蛇に話しかけている。

 防護服を着ている生徒がそのままの恰好で、紅茶が入ったカップと、クッキーを出してくれる。

(なんで、服脱がないんだろう……)

 そう思いながら、防護服の男子を見ていると、彼が言う。

 その男子生徒は青い瞳、黒髪、口元に一つ、耳に大量の銀のピアスが付けている細身の少年だった。

 よく見て見ると、耳のピアスのいくつかは黒ずんでいるようにも感じる。

 すると、スルスルとその首にカラフルな蛇が巻きついた。

 彼は生徒会長を務めており、学園一肝が据わっている。

 名前は確か『エージャ・リュービ』といい、学園の理事長の息子だったはずだ。

「まあね、冒険は楽ちかったでちゅかぁ??」

 その後、捕獲されたヘビは大人しく、男子生徒に抱っこされていた。

「いやぁ、なんかお散歩で中庭に離したら、遠くに行きたくなっちゃったようでね」

 テーブルを挟んで、その向かいのソファーに腰をかけている。

 機嫌よく舌をピロピロと出している蛇と、首と足にキスマークをガッツリ付けられた自分が対面しているというシュールな光景である。

(こいつらのせいで、こっちは大変だったんだけど……)

 そう思っていると、彼は蛇を撫でながら自分に言う。

「ヘビたん、可愛いねぇ。今度から君の事、ポアリって呼んでいい?俺の事をエージャって呼んでいいからさ」

「はぁ、じゃあそれで」

 視線を逸らし、自分の掌を見る。

 噛まれた場所には、包帯が丁寧に巻かれている。

 自分は大丈夫だったけれど、二人は大丈夫だろうか。

(二人は火傷とかしてないだろうか……)

 そう思っていると、彼は自分に踏み込んだ話をし始めた。

「じゃあ、これからの話をするんだけれどね」

 その時、彼の青い瞳がギラリと光った気がした。

「この子は、とても珍しい毒蛇ちゃんでね」

 ユルギララガラガラヘビは、噛まれると神経毒で軽い痙攣を起こす。

 後、人によって失禁したり、幻覚症状が見えたりするそうだ。

(いや、そんな危ない蛇、学園に解き放つなよ……)

 そう思っている顔をしていたのだが、彼は気にする様子なく、ペラペラと説明を続ける。

「ちなみに、ボコボコにしていた子は、ユルギララガラガラヘビモドキ。ヘビモドキは、蛇ではなくトカゲの一種です。それでそのヘビモドキという亜種が――」

「エージャ。説明しているのに口を挟むみたいで、申し訳ないんだけれど」

 すると、話をやめて自分の方を見る。

「幻覚って先程言っていたけれど、私がこう服を脱がされたり、舐められたり……」

 もう一人は今まで接点がなかった為、ショックはないが、フォーレンは違う。

(あんなに強気で、プライドの高かった彼があんなにベロベロだったもんな……)

 私の幻覚であれとそう思っていたが、あっさりと否定される。

「いや、あれは幻覚じゃない」

「そうですか、残念です」

 そう返事をすると、彼はまた説明をし出した。

「それでね。もう一つ、副作用があって――」

 それは特殊なフェロモンが出るという事だ。

 この蛇は毒が弱く、痙攣や硬直は一時的なものでしかない。

 数分、もしくは数十秒しか持たないという。

 体質で幻覚を見る人もいるが、報告人数は物凄く少ないという。

 しかも、このユルギララガラガラヘビ、移動するのがすごく遅い。

 だから天敵に反撃されるのを恐れて、噛まれた生き物からフェロモンが出るように進化したという。

 フェロモンが出ていると、近くにいる同じ種族、もしくは近い種族が誘惑されるとの事。

「フェロモンが出ている人間には、何も性的興奮が感じられないのが、ちょっとあれなんだけれど」

「何それ、怖い怖い……」

 無理やりされたりするリスク有りというか、されかけた訳で。

「俺もそれでフェロモンが出る体質になってしまって、両耳の大量のピアスはそれを防ぐための呪いのようなもの」

 そこで理解した。

 生徒会のメンバーが防護服を着ているのは、そのフェロモンに当てられない為であると。

 彼は何回も噛まれている為、そういう特異体質になったそうで、ピアスでその効力を薄めているとの事だった。

「ポアリは、両性具有との事だから、意外とすぐ解放されるかも」

「そっか、なら良かった――」

 それを聞いてほっと胸を撫で下ろしていると、彼がまた言う。

「まぁ逆に、長く続く可能性があるにはあるけれど!」

 その一言で、これからの人生が凄く心配になった。

「そういえば、ポアリ」

「何です?」

 彼は席から立ち上がり、生徒会室の棚の前に移動する。

「助ける時、俺が技使ったの、覚えてる?」

 そりゃあ、真正面からエネルギー玉を食らったので、よく覚えている。

 返事をしようとした時、彼は机の引き出しを開け、中から何かを取り出す。

「それでね、森が半分くらい消失してね。あそこ、自然遺産候補だったから、うちの親が騒いでさぁ。もうカンカン。もしかしたら、俺と君が知らないだけで、学園を閉めなきゃいけないくらいの事なのかも」

 何が言いたいんだろう、私はそう思った。

「君の学費を出しているのって、王族の人だったよね?」

「まぁ、元らしいですけど――それが何か?」

 自分は意味が分からず、そうエージャに訊ねる。

「君が僕の蛇を森に放った。森を消失させたことにしてくれないかな?」

 そう言い、彼が振り返った。

 百点満点の良い笑顔と、手に持たれたピアスを開ける用のニードルが目に入った。

「生徒会長、一体何を――」

 彼はニコニコと表情を作りながら話をする。

 自分は初耳だったが、あそこの森は学園が管理はしていたが、学園の持ち物ではなく、国の所有物だったそうだ。

 今回の件(半分が消失)で、おそらく国から学園、もしくは個人に賠償金の話が行くだろうとの事。

 その額は学園を売り払っても、全然足りないくらいではないかと。

 それなら、国の権力者と繋がりがある私『ポアリ』がやったことにすれば、バックにいる権力者が大事になる事を恐れ、もみ消してくれるのではないかとの事。

 学費を払って貰っているのに、更に迷惑かける訳にはいかない。

 というか、これ以上迷惑かけるのは後が怖い。

 この間、会った時。

『ポアリちゃんに好きな子いないのなら、おじさんが立候補しようかな??』

 冗談で言ったそうだが、そう聞こえなかった。

(冗談に聞こえなかったもんな……)

 彼に飼われるコースに、もう既に入っているのかもしれない。

「いや、おじさんに迷惑かける訳には……」

「じゃあ、仕方がないかな。無かった事にしたほうが、手っ取り早かったんだけど」

 そう言った彼は諦めたというよりは、意地悪そうな話し方で少し気になる。

「じゃあ、一緒にいた男の子、名前はフォーレンだったっけ?その子と、名前は知らないけれど、その子の親に『ありのまま』話をしてみるよ」

 何を言っているのか分からない。私はそう思った。

「ありのままって、何のことですか?」

 とりあえず、話にならないかもしれないが、彼にそう訊ねた。

 すると、彼の青い瞳がギロリと光る。

「えっ?森で君に乱暴しようとしていた事だけど」

「ヒュっ――」

 思わず口から、空気を吸う音が漏れる。

 彼の表情はとても冷たく、自分をまるで虫か、花壇に生えた雑草を見るような瞳だと思う。

『あーあ、手間かけさせないで、処分するこっちも暇じゃないんだから』的な顔。

(事の発端は、彼とそのペットの蛇なのに……)

 現代で例えるなら、モラハラ。

 この学園にコンプライアンスの窓口はないのだろうか。

 あるのなら、誰かポアリに教えてください。

「性的暴行しようとしていたか。彼らの家は金持ちっぽいし、親に直接言えば納得してくれるでしょ?内緒にしてほしいって、俺の分も払ってくれるかもね」

 自分はそんな彼の様子に息を飲む。

「そんな、駄目です。彼らを社会的に殺す気ですか――」

 彼には、人の心がないのだろうか。

(親にそんな事バラされたら、絶対一生引きずるというか、死にたくなる)

「これは交渉だよ」

 すると、防護服を着た生徒会の他メンバーが、自分の両腕を両サイドから掴み、逃げられないように押さえた。

 彼が長物を片手に、自分の方に近づいてくる。

「君のバックの人間が大きい事を知っているし、これが良くない事だとは思っているよ?でも、それでもやらなきゃいけないんだよね」

 表情は凄く、にこやかで口調も穏やかだ。でも、違う。

 言葉に棘や怒りがある。そして、それを自分に押し付けようとしているのも感じる。

「うちのパパとママ、怖いんだぁ」

 彼が自分の左耳を指で摘み、軽く引っ張る。

 そして、もう片方の手で、自分のそれにニードルを近づけた。

 私はこの時から、青い瞳の男を信用しないと心に決めた。

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