「生徒会長の蛇だったとは……」
場所は変わって学園の生徒会室。
「可愛いでちゅね。お肌ツルツル」
一人の男子がソファーに座っていて、カラフルな蛇に話しかけている。
防護服を着ている生徒がそのままの恰好で、紅茶が入ったカップと、クッキーを出してくれる。
(なんで、服脱がないんだろう……)
そう思いながら、防護服の男子を見ていると、彼が言う。
その男子生徒は青い瞳、黒髪、口元に一つ、耳に大量の銀のピアスが付けている細身の少年だった。
よく見て見ると、耳のピアスのいくつかは黒ずんでいるようにも感じる。
すると、スルスルとその首にカラフルな蛇が巻きついた。
彼は生徒会長を務めており、学園一肝が据わっている。
名前は確か『エージャ・リュービ』といい、学園の理事長の息子だったはずだ。
「まあね、冒険は楽ちかったでちゅかぁ??」
その後、捕獲されたヘビは大人しく、男子生徒に抱っこされていた。
「いやぁ、なんかお散歩で中庭に離したら、遠くに行きたくなっちゃったようでね」
テーブルを挟んで、その向かいのソファーに腰をかけている。
機嫌よく舌をピロピロと出している蛇と、首と足にキスマークをガッツリ付けられた自分が対面しているというシュールな光景である。
(こいつらのせいで、こっちは大変だったんだけど……)
そう思っていると、彼は蛇を撫でながら自分に言う。
「ヘビたん、可愛いねぇ。今度から君の事、ポアリって呼んでいい?俺の事をエージャって呼んでいいからさ」
「はぁ、じゃあそれで」
視線を逸らし、自分の掌を見る。
噛まれた場所には、包帯が丁寧に巻かれている。
自分は大丈夫だったけれど、二人は大丈夫だろうか。
(二人は火傷とかしてないだろうか……)
そう思っていると、彼は自分に踏み込んだ話をし始めた。
「じゃあ、これからの話をするんだけれどね」
その時、彼の青い瞳がギラリと光った気がした。
「この子は、とても珍しい毒蛇ちゃんでね」
ユルギララガラガラヘビは、噛まれると神経毒で軽い痙攣を起こす。
後、人によって失禁したり、幻覚症状が見えたりするそうだ。
(いや、そんな危ない蛇、学園に解き放つなよ……)
そう思っている顔をしていたのだが、彼は気にする様子なく、ペラペラと説明を続ける。
「ちなみに、ボコボコにしていた子は、ユルギララガラガラヘビモドキ。ヘビモドキは、蛇ではなくトカゲの一種です。それでそのヘビモドキという亜種が――」
「エージャ。説明しているのに口を挟むみたいで、申し訳ないんだけれど」
すると、話をやめて自分の方を見る。
「幻覚って先程言っていたけれど、私がこう服を脱がされたり、舐められたり……」
もう一人は今まで接点がなかった為、ショックはないが、フォーレンは違う。
(あんなに強気で、プライドの高かった彼があんなにベロベロだったもんな……)
私の幻覚であれとそう思っていたが、あっさりと否定される。
「いや、あれは幻覚じゃない」
「そうですか、残念です」
そう返事をすると、彼はまた説明をし出した。
「それでね。もう一つ、副作用があって――」
それは特殊なフェロモンが出るという事だ。
この蛇は毒が弱く、痙攣や硬直は一時的なものでしかない。
数分、もしくは数十秒しか持たないという。
体質で幻覚を見る人もいるが、報告人数は物凄く少ないという。
しかも、このユルギララガラガラヘビ、移動するのがすごく遅い。
だから天敵に反撃されるのを恐れて、噛まれた生き物からフェロモンが出るように進化したという。
フェロモンが出ていると、近くにいる同じ種族、もしくは近い種族が誘惑されるとの事。
「フェロモンが出ている人間には、何も性的興奮が感じられないのが、ちょっとあれなんだけれど」
「何それ、怖い怖い……」
無理やりされたりするリスク有りというか、されかけた訳で。
「俺もそれでフェロモンが出る体質になってしまって、両耳の大量のピアスはそれを防ぐための呪いのようなもの」
そこで理解した。
生徒会のメンバーが防護服を着ているのは、そのフェロモンに当てられない為であると。
彼は何回も噛まれている為、そういう特異体質になったそうで、ピアスでその効力を薄めているとの事だった。
「ポアリは、両性具有との事だから、意外とすぐ解放されるかも」
「そっか、なら良かった――」
それを聞いてほっと胸を撫で下ろしていると、彼がまた言う。
「まぁ逆に、長く続く可能性があるにはあるけれど!」
その一言で、これからの人生が凄く心配になった。
「そういえば、ポアリ」
「何です?」
彼は席から立ち上がり、生徒会室の棚の前に移動する。
「助ける時、俺が技使ったの、覚えてる?」
そりゃあ、真正面からエネルギー玉を食らったので、よく覚えている。
返事をしようとした時、彼は机の引き出しを開け、中から何かを取り出す。
「それでね、森が半分くらい消失してね。あそこ、自然遺産候補だったから、うちの親が騒いでさぁ。もうカンカン。もしかしたら、俺と君が知らないだけで、学園を閉めなきゃいけないくらいの事なのかも」
何が言いたいんだろう、私はそう思った。
「君の学費を出しているのって、王族の人だったよね?」
「まぁ、元らしいですけど――それが何か?」
自分は意味が分からず、そうエージャに訊ねる。
「君が僕の蛇を森に放った。森を消失させたことにしてくれないかな?」
そう言い、彼が振り返った。
百点満点の良い笑顔と、手に持たれたピアスを開ける用のニードルが目に入った。
「生徒会長、一体何を――」
彼はニコニコと表情を作りながら話をする。
自分は初耳だったが、あそこの森は学園が管理はしていたが、学園の持ち物ではなく、国の所有物だったそうだ。
今回の件(半分が消失)で、おそらく国から学園、もしくは個人に賠償金の話が行くだろうとの事。
その額は学園を売り払っても、全然足りないくらいではないかと。
それなら、国の権力者と繋がりがある私『ポアリ』がやったことにすれば、バックにいる権力者が大事になる事を恐れ、もみ消してくれるのではないかとの事。
学費を払って貰っているのに、更に迷惑かける訳にはいかない。
というか、これ以上迷惑かけるのは後が怖い。
この間、会った時。
『ポアリちゃんに好きな子いないのなら、おじさんが立候補しようかな??』
冗談で言ったそうだが、そう聞こえなかった。
(冗談に聞こえなかったもんな……)
彼に飼われるコースに、もう既に入っているのかもしれない。
「いや、おじさんに迷惑かける訳には……」
「じゃあ、仕方がないかな。無かった事にしたほうが、手っ取り早かったんだけど」
そう言った彼は諦めたというよりは、意地悪そうな話し方で少し気になる。
「じゃあ、一緒にいた男の子、名前はフォーレンだったっけ?その子と、名前は知らないけれど、その子の親に『ありのまま』話をしてみるよ」
何を言っているのか分からない。私はそう思った。
「ありのままって、何のことですか?」
とりあえず、話にならないかもしれないが、彼にそう訊ねた。
すると、彼の青い瞳がギロリと光る。
「えっ?森で君に乱暴しようとしていた事だけど」
「ヒュっ――」
思わず口から、空気を吸う音が漏れる。
彼の表情はとても冷たく、自分をまるで虫か、花壇に生えた雑草を見るような瞳だと思う。
『あーあ、手間かけさせないで、処分するこっちも暇じゃないんだから』的な顔。
(事の発端は、彼とそのペットの蛇なのに……)
現代で例えるなら、モラハラ。
この学園にコンプライアンスの窓口はないのだろうか。
あるのなら、誰かポアリに教えてください。
「性的暴行しようとしていたか。彼らの家は金持ちっぽいし、親に直接言えば納得してくれるでしょ?内緒にしてほしいって、俺の分も払ってくれるかもね」
自分はそんな彼の様子に息を飲む。
「そんな、駄目です。彼らを社会的に殺す気ですか――」
彼には、人の心がないのだろうか。
(親にそんな事バラされたら、絶対一生引きずるというか、死にたくなる)
「これは交渉だよ」
すると、防護服を着た生徒会の他メンバーが、自分の両腕を両サイドから掴み、逃げられないように押さえた。
彼が長物を片手に、自分の方に近づいてくる。
「君のバックの人間が大きい事を知っているし、これが良くない事だとは思っているよ?でも、それでもやらなきゃいけないんだよね」
表情は凄く、にこやかで口調も穏やかだ。でも、違う。
言葉に棘や怒りがある。そして、それを自分に押し付けようとしているのも感じる。
「うちのパパとママ、怖いんだぁ」
彼が自分の左耳を指で摘み、軽く引っ張る。
そして、もう片方の手で、自分のそれにニードルを近づけた。
私はこの時から、青い瞳の男を信用しないと心に決めた。
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