第三章『召喚と掃除の憂鬱』①

 二学期が始まった。

 クラスは生徒会の副会長と書記と一緒で、授業や隙間時間は、三人で行動する事になった。

(知り合いがいるのはありがたいけれど……)

「ポアリちゃん、放課後一緒にチェスしようよ?」

「いや、ポアリちゃんは、そんなミニゲームに興味ないもんね?」

 副会長と書記が自分の事を取り合って、よくケンカする。

(何で、常識人の会計君が隣のクラスなんだろう……)

 今は移動教室から、戻ってくる途中だったのだが、誰かが後ろから自分に声をかける。

「ポアリさん、ちょっと」

 自分はそれに気がつき、振り返ると、眼鏡をかけた女性がそこにいた。

「あっ、先生」

 何の授業の先生だったかは覚えていなかったが、彼女が教師だというのは分かる。

(だって、この学園男子校だし)

 女性がいれば、学園の関係者か、来客のどちらかだった。

「レイン先生、どうしたの?ポアリちゃんに何か用?召喚の授業は今週入ってないよね?」

 書記がそう彼女に訊ねると、レインは言う。

「いや、ポアリちゃん。前回の私の授業で一人ポツンとしていたでしょう?」

 彼女は申し訳なさそうに話をする。

(あぁ、思い出してきた……)

 それは一週間ほど前の事、彼女が担当する召喚の授業があった。

 前の学校とは違い、この学校では使い魔を召喚する授業が存在する。

 使い魔の召喚、契約は一年生の二学期に授業があるようで、皆もう既に所有していた。

 しかも、授業内容は『使い魔とオリジナルの技を作ろう』で、私は召喚する技術もなく、使い魔もいないので、訓練所の端っこで体育座りをしていた。

(あの授業は孤独だったな……)

 しかも、使い魔は基本主人にしか懐かないそうで、副会長と書記の使い魔、頭が三つある犬(ケルベロスという)に追いかけられたり、散々だった。

「あの、それは分かりましたが、何の用で?」

「そうそう、次の時間一年生の召喚の授業があるから。次の授業休んで、そっちに出てくれる?先生には私から言っておくから」

「えっ?急すぎませんか?」

 自分は動揺しながら、レインにそう言う。

「言い忘れていた私が一番悪いけれど、今逃したら、召喚の授業、ずっと体育座りだよ?」

「それは、凄く困る……」

 それは困るので、自分は持っている教科書らを副会長と書記に預け、レインについて行く。

 教科書を預ける際、二人は言い争いになったが、それを見なかった事にして、先に進んだ。

 行先は一週間前、授業をした野外にある訓練所で、今日は天気も良く、秋が近づいた為か、気温も丁度良い。

「ごめんね。本当はもっと早くスケジュール伝えればよかったんだけれど、最近、雨が続いていて、気温も中々上がらなかったりで、一年生の野外授業が中々できなかったんだ」

(そんな、プールの授業みたいな……)

 廊下を歩き、外に繋がっている扉を開ける。

「一年生の皆さん、今日は一人、二年生が授業に混ざりますが、気にせず、仲良く、授業をしましょうね。ポアリさんも、好きな場所に座って下さい」

 レインは一年生に声をかけ、訓練所に入る。

「分かりました」

 視線を向けると、そこには一年生が数十人おり、芝の上に体育座りしていた。

 その中に見慣れた顔が一人いる。

「あっ!」

 自分が声を出すと、彼も気がついたようで、顔を不機嫌そうに逸らす。

(あの野郎、先輩に向かってあの態度は何だぁ?)

 少し荒立ちながら、自分の一年生の傍で体育座りをする。

 すると、隣の男子がこっそり小声でかけてきた。

「先輩、転校生なんだって?」

「まぁ、そうだけど……」

 そう返事をすると、彼はキラキラした瞳で早口で話始める。

「お兄ちゃんが家で、よく先輩の話をしているから知ってるよ。ルームメイトに三年生の先輩がいて、生徒会の同級生を配下にしてるんでしょ?」

(そういうイメージなのか、私……)

 後輩の彼は、黒髪で灰色の瞳、周りに同じ特徴の男子はいない。

(誰の弟なのか分からないな……)

 まぁ興味無いから適当にあしらおうか。

「お兄ちゃんに言っておいて、私の意思ではないって」

「もし同級生や先輩に興味無いんなら、僕が彼氏に立候補しようかな?」

 そう後輩君は言い、私の頬を突いた。

「うーん、年下にも興味無いからね」

「そう、残念」

 今まで重い子ばかりだったので、彼の発言から凄く明るく軽い印象を受ける。

「という訳で、今皆さんに羊皮紙を配ります。本来であれば、血液で魔法陣を書きますが、血を抜くのはあまり良くないので、これを使います」

 レインが持っているものに視線をやると、それはスケルトンの万年筆で、インクの代わりに透明な液体が入っているのが見える。

「これも配ります」

 羊皮紙と共に、その万年筆が生徒全員に配られ、自分も元にもやってくる。

「それは髪の毛や皮膚や爪を解かし、血と同じ成分に変化できる液体が入っています。なので、それにどれかを入れて、血のような色に変化したら、羊皮紙に魔法陣を書いてください」

 そう言われ、皆は返事をし、自由行動になった。

 一年生の様子を見てみると、皆髪の毛を抜き、万年筆に入れる。

 インクが完成したら、渡された羊皮紙を広げて、魔法陣を書いている。

 自分も少し離れた場所に移動し、羊皮紙を広げる。

 羊皮紙は正方形で、黄土色に近い色をしていた。

 自分も髪を抜き、万年筆の中に入れ、数回振る。

 すると、色が赤に代わり、召喚の準備は整った。

(後は、魔法陣をどうするかだな……)

 凄く、悩んだ。

(私、魔法陣というものをよく理解していないんだよな……)

『ポアリさん、どうですか?』

「あぁ、アーノルドさん」

 すると、アーノルドが出てきて、彼と会話を始める。

「今、魔法陣をどうするか、悩んでいて……」

『先程、先生が言っていたのを聞いていましたが、魔法石が必要らしいので、何を書いても出てきませんよ』

 初耳だった。

 先程、後輩君と会話していた時に、先生が説明していたらしい。

「何、お前魔法石無いの?」

 自分に声をかける一年生がいる。

『アクアさん、こんにちは』

 アーノルドが挨拶すると、アクアは不愛想に挨拶をし、自分の真横に座った。

「アクア、今日テンション低くない?」

「馬鹿言え、あれが毎日じゃない。あの日は、深夜だったからだ」

 当たり前のようにアクアが言うが、幼少期に深夜で奇声を上げ、踊り出したら、親族に精神病棟に入れられるのは当たり前だろう。

「後、今普通に話しているけれど、怒ってないの?」

「別に」

 彼はあの日の事も、事故の事も怒っていないらしい。

「じゃあ、お互い悪い所は無かった事にしよう」

「別に、怒ってないけど。それは嫌、だ!」

 なので、そう提案したのだが、彼は本気で嫌な顔をしていた。

「魔法石は池に落ちた時、落とした。今、中庭にあるよ」

 そして、最初に質問された事の答えを言う。

「くそウケるわ。ざまぁ」

「アーノルドさん、コイツ焼いて……」

『えぇ……』

 そんな事できないと、アーノルドが静かに呟いた。

「そういえば、セゾンさんは?」

「お前のところ程、出てこない。だから出てきた時に、滅茶苦茶話すんだ。愚痴とか……」

 それが原因ではないかと思ったが、言わないでおこう。

 そして、召喚の話に戻る。

『とりあえず、召喚は自分がそれっぽく、生き物を出しましょう』

「ありがとうございます。助かります」

 アーノルドに感謝をして、羊皮紙に適当に丸と星とアルファベットを書く。

『ポアリさんが家で動物とか飼育していれば、それを出すんですがいます?』

「いえ、飼ってませんね」

『じゃあ、身近な生き物か、こっちの世界の生き物で知ってるやつあります?』

「どうしよう、今まで動物に縁がなくて、こちらの世界の動物も特に……」

 ケルベロス二匹に、追いかけられたのを思い出す。

 赤い目を光らせて、よだれをダラダラ流し、これでもかというくらい、しつこく追いかけてきた。

「こちらの世界の動物は嫌です……怖いです……後、犬も……」

『了解しました。じゃあ、召喚の際に、可愛い生き物のイメージをしてくださいね』

 そうアーノルドが言い、自分は頷く。

『怖い事をイメージしてしまうと、怖い生き物が出てしまいますから』

「じゃあケルベロスが頭を過ると、ケルベロスが召喚されると……」

 自分がそう呟くと、アクアは不穏な事を呟く。

「へぇ、お前犬が怖いのかぁ」

 私はこの時、コイツいい性格しているなぁと思った。

 すると、後輩君が友達を連れて、自分達に話しかけてくる。

「アクアぁ!せんぱーい!今から皆で召喚するって!」

 呼ばれたので、皆の元に向かう。

「頑張れ!」

「落ち着いて、やればいける!」

 クラスメイトが応援する中、記念するべき最初に選ばれたのは、話しかけてきた後輩君だった。

 召喚の方法は簡単、用意した羊皮紙を目の前に置き、呪文を唱える。

 すると羊皮紙と召喚者の囲うように、魔法陣が現れ、羊皮紙が光り輝き、それが魔物に変化する。

 現れたのは、青い鱗のサラマンダーだった。

「おお、サラマンダー!」

「流石、天才なだけあるよね!」

 周囲は彼に歓声を上げ、持ち上げる。

「はじめまして、可愛いね」

 彼はそのサラマンダーを抱き上げて、肩に乗せた。

 そして、歩き出し、アクアの目の前にやってくる。

「アクアも頑張ってね」

 そう言い、彼はアクアの肩をポンと叩く。

(二人って、仲良しなのかな?)

 後輩君はニコニコ、アクアは眉間にしわが寄り、嫌そうに歯を食いしばっている。

 ギチギチと歯の音がこちらまで聞こえるので、相当だ。

「アイツとお前が嫌がる使い魔を出してやるよ!」

 そう言い、ズカズカと歩き出した彼を見て、私は思った。

(あぁ、仲悪いんだ……)

 彼も同じように、魔法陣を出し、召喚をする。

『アクア君の魔法陣から、何が出るんでしょうか?』

 すると、セゾンさんが自分の隣に現れた。

「うぉっ――びっくりした……」

 そう小声で悲鳴を上げると、彼の前に生き物が現れた。

「きゃん!」

 それは小さくてフワフワのポメラニアンに似た、生き物だった。

「あぁ、可愛い」

「モフモフしてていいなぁ」

 クラスメイト達からは、先程の後輩君とは違うが好評だった。

「あれは、ヒトツクビケルベロスモドキですね。長毛と短毛は遺伝子によって異なりますが、長毛という事は、電気を毛に溜めておくことが得意の個体ですね」

 先生が早口で説明をする。

「先生、生き物好きなんですね」

「まあ、そうですね。それもありますが、実は教師の試験に受かって、科目を選択する直前に、私が初めて召喚した子が病気で亡くなってしまったんです」

 彼女は少し、しんみりした表情をする。

「だからなのかもしれませんね。この科目の先生をしていると、自分もこんな風に出会ったんだなぁと思うと同時に、その子の笑顔を思い出せます」

「先生――」

 私はじーんと感動していると、彼女は言う。

「ケルベロスだったから、同級生には怖いって言われていたんですけどね?」

 ケルベロスは嫌いだが、本人には本当に可愛く見えていたのだろう。

 私の使い魔がケルベロスだったら、非常に戸惑うのだが。

「さぁ、ポアリさんも頑張りましょう」

 レイン先生に背中を押され、皆と同じように準備し、呪文を唱える。

 アーノルドが言っていたのを思い出す。

 怖いものを思い出すと、怖い生き物が召喚される。

(どうしよう、先生の話で頭がケルベロスでいっぱいだ……)

 このままじゃ、ケルベロスを召喚しそうだったので、一度頭の中を空っぽにし、可愛い生き物の事を考える。

(可愛い生き物。猫とか、先程アクアが出していたポメラニアンみたいなのもいいなぁ。犬といえば、大河君の家もビーグルを飼っていたな。ビーグルの散歩も、手伝ったり楽しかったし、というか大河君本人が犬っぽいというか、純真無垢というか、明るくて中性的で、素直で、優しくて……)

 アーノルドが遠隔操作をし、首にかけた指環の魔法石が光り、輝く。

 魔法陣が自分と羊皮紙を囲い、輝きだす。

 そして、羊皮紙が光り、使い魔の姿に変わっていく。

「えっ?ここ、どこ?」

「はぁ?えぇ?マジで?」

 そこには今、考えていた人物、自分の幼馴染の『大川 大河(おおかわ たいが)』君がそこにいた。

 そこにはカップ麺を片手に持った、学ラン姿の男子高校生がいた。

 彼は異常な光景に戸惑いながら、声を出す。

 そのカップラーメンから、香ばしい醤油ベースの匂いがする。

 彼も困った様子だが、周りの一年生の方が戸惑い、悲鳴を上げている。

「人間だ!」

「先生、緊急事態です!人間が召喚されました!」

 後ろにいる先生を見てみると、彼女も戸惑い、震えている。

 すると、周囲の使い魔達も、その状況(カップ麺の匂いや主人の悲鳴)に興奮したのか、吠え、唸り、そして彼に襲い掛かる。

「えっ!う、うわぁ!」

 カップ麺が芝生に落ち、一部の使い魔はそれを食す。

「だ、大丈夫!皆も見てないで手伝ってよ!自分の使い魔でしょ!?」

 私は思わず、彼に駆け寄った。

 周囲の使い魔達は、彼にじゃれついており、それを優しく引き剥がした。

「先生、レイン先生!」

「はっ!はい、先生です!」

 先生はそこで我に返り、自分の元に駆け寄る。

「先生、どうしましょう?」

 彼女は自分の両肩に自身の両手を置き、静かに言った。

「ポアリさん、とりあえず生徒指導室行こうか……」

 大河はずっと、犬系の使い魔に顔を舐められていて、くすぐったそうに手足をバタバタさせていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました