二学期が始まった。
クラスは生徒会の副会長と書記と一緒で、授業や隙間時間は、三人で行動する事になった。
(知り合いがいるのはありがたいけれど……)
「ポアリちゃん、放課後一緒にチェスしようよ?」
「いや、ポアリちゃんは、そんなミニゲームに興味ないもんね?」
副会長と書記が自分の事を取り合って、よくケンカする。
(何で、常識人の会計君が隣のクラスなんだろう……)
今は移動教室から、戻ってくる途中だったのだが、誰かが後ろから自分に声をかける。
「ポアリさん、ちょっと」
自分はそれに気がつき、振り返ると、眼鏡をかけた女性がそこにいた。
「あっ、先生」
何の授業の先生だったかは覚えていなかったが、彼女が教師だというのは分かる。
(だって、この学園男子校だし)
女性がいれば、学園の関係者か、来客のどちらかだった。
「レイン先生、どうしたの?ポアリちゃんに何か用?召喚の授業は今週入ってないよね?」
書記がそう彼女に訊ねると、レインは言う。
「いや、ポアリちゃん。前回の私の授業で一人ポツンとしていたでしょう?」
彼女は申し訳なさそうに話をする。
(あぁ、思い出してきた……)
それは一週間ほど前の事、彼女が担当する召喚の授業があった。
前の学校とは違い、この学校では使い魔を召喚する授業が存在する。
使い魔の召喚、契約は一年生の二学期に授業があるようで、皆もう既に所有していた。
しかも、授業内容は『使い魔とオリジナルの技を作ろう』で、私は召喚する技術もなく、使い魔もいないので、訓練所の端っこで体育座りをしていた。
(あの授業は孤独だったな……)
しかも、使い魔は基本主人にしか懐かないそうで、副会長と書記の使い魔、頭が三つある犬(ケルベロスという)に追いかけられたり、散々だった。
「あの、それは分かりましたが、何の用で?」
「そうそう、次の時間一年生の召喚の授業があるから。次の授業休んで、そっちに出てくれる?先生には私から言っておくから」
「えっ?急すぎませんか?」
自分は動揺しながら、レインにそう言う。
「言い忘れていた私が一番悪いけれど、今逃したら、召喚の授業、ずっと体育座りだよ?」
「それは、凄く困る……」
それは困るので、自分は持っている教科書らを副会長と書記に預け、レインについて行く。
教科書を預ける際、二人は言い争いになったが、それを見なかった事にして、先に進んだ。
*
行先は一週間前、授業をした野外にある訓練所で、今日は天気も良く、秋が近づいた為か、気温も丁度良い。
「ごめんね。本当はもっと早くスケジュール伝えればよかったんだけれど、最近、雨が続いていて、気温も中々上がらなかったりで、一年生の野外授業が中々できなかったんだ」
(そんな、プールの授業みたいな……)
廊下を歩き、外に繋がっている扉を開ける。
「一年生の皆さん、今日は一人、二年生が授業に混ざりますが、気にせず、仲良く、授業をしましょうね。ポアリさんも、好きな場所に座って下さい」
レインは一年生に声をかけ、訓練所に入る。
「分かりました」
視線を向けると、そこには一年生が数十人おり、芝の上に体育座りしていた。
その中に見慣れた顔が一人いる。
「あっ!」
自分が声を出すと、彼も気がついたようで、顔を不機嫌そうに逸らす。
(あの野郎、先輩に向かってあの態度は何だぁ?)
少し荒立ちながら、自分の一年生の傍で体育座りをする。
すると、隣の男子がこっそり小声でかけてきた。
「先輩、転校生なんだって?」
「まぁ、そうだけど……」
そう返事をすると、彼はキラキラした瞳で早口で話始める。
「お兄ちゃんが家で、よく先輩の話をしているから知ってるよ。ルームメイトに三年生の先輩がいて、生徒会の同級生を配下にしてるんでしょ?」
(そういうイメージなのか、私……)
後輩の彼は、黒髪で灰色の瞳、周りに同じ特徴の男子はいない。
(誰の弟なのか分からないな……)
まぁ興味無いから適当にあしらおうか。
「お兄ちゃんに言っておいて、私の意思ではないって」
「もし同級生や先輩に興味無いんなら、僕が彼氏に立候補しようかな?」
そう後輩君は言い、私の頬を突いた。
「うーん、年下にも興味無いからね」
「そう、残念」
今まで重い子ばかりだったので、彼の発言から凄く明るく軽い印象を受ける。
「という訳で、今皆さんに羊皮紙を配ります。本来であれば、血液で魔法陣を書きますが、血を抜くのはあまり良くないので、これを使います」
レインが持っているものに視線をやると、それはスケルトンの万年筆で、インクの代わりに透明な液体が入っているのが見える。
「これも配ります」
羊皮紙と共に、その万年筆が生徒全員に配られ、自分も元にもやってくる。
「それは髪の毛や皮膚や爪を解かし、血と同じ成分に変化できる液体が入っています。なので、それにどれかを入れて、血のような色に変化したら、羊皮紙に魔法陣を書いてください」
そう言われ、皆は返事をし、自由行動になった。
一年生の様子を見てみると、皆髪の毛を抜き、万年筆に入れる。
インクが完成したら、渡された羊皮紙を広げて、魔法陣を書いている。
自分も少し離れた場所に移動し、羊皮紙を広げる。
羊皮紙は正方形で、黄土色に近い色をしていた。
自分も髪を抜き、万年筆の中に入れ、数回振る。
すると、色が赤に代わり、召喚の準備は整った。
(後は、魔法陣をどうするかだな……)
凄く、悩んだ。
(私、魔法陣というものをよく理解していないんだよな……)
『ポアリさん、どうですか?』
「あぁ、アーノルドさん」
すると、アーノルドが出てきて、彼と会話を始める。
「今、魔法陣をどうするか、悩んでいて……」
『先程、先生が言っていたのを聞いていましたが、魔法石が必要らしいので、何を書いても出てきませんよ』
初耳だった。
先程、後輩君と会話していた時に、先生が説明していたらしい。
「何、お前魔法石無いの?」
自分に声をかける一年生がいる。
『アクアさん、こんにちは』
アーノルドが挨拶すると、アクアは不愛想に挨拶をし、自分の真横に座った。
「アクア、今日テンション低くない?」
「馬鹿言え、あれが毎日じゃない。あの日は、深夜だったからだ」
当たり前のようにアクアが言うが、幼少期に深夜で奇声を上げ、踊り出したら、親族に精神病棟に入れられるのは当たり前だろう。
「後、今普通に話しているけれど、怒ってないの?」
「別に」
彼はあの日の事も、事故の事も怒っていないらしい。
「じゃあ、お互い悪い所は無かった事にしよう」
「別に、怒ってないけど。それは嫌、だ!」
なので、そう提案したのだが、彼は本気で嫌な顔をしていた。
「魔法石は池に落ちた時、落とした。今、中庭にあるよ」
そして、最初に質問された事の答えを言う。
「くそウケるわ。ざまぁ」
「アーノルドさん、コイツ焼いて……」
『えぇ……』
そんな事できないと、アーノルドが静かに呟いた。
「そういえば、セゾンさんは?」
「お前のところ程、出てこない。だから出てきた時に、滅茶苦茶話すんだ。愚痴とか……」
それが原因ではないかと思ったが、言わないでおこう。
そして、召喚の話に戻る。
『とりあえず、召喚は自分がそれっぽく、生き物を出しましょう』
「ありがとうございます。助かります」
アーノルドに感謝をして、羊皮紙に適当に丸と星とアルファベットを書く。
『ポアリさんが家で動物とか飼育していれば、それを出すんですがいます?』
「いえ、飼ってませんね」
『じゃあ、身近な生き物か、こっちの世界の生き物で知ってるやつあります?』
「どうしよう、今まで動物に縁がなくて、こちらの世界の動物も特に……」
ケルベロス二匹に、追いかけられたのを思い出す。
赤い目を光らせて、よだれをダラダラ流し、これでもかというくらい、しつこく追いかけてきた。
「こちらの世界の動物は嫌です……怖いです……後、犬も……」
『了解しました。じゃあ、召喚の際に、可愛い生き物のイメージをしてくださいね』
そうアーノルドが言い、自分は頷く。
『怖い事をイメージしてしまうと、怖い生き物が出てしまいますから』
「じゃあケルベロスが頭を過ると、ケルベロスが召喚されると……」
自分がそう呟くと、アクアは不穏な事を呟く。
「へぇ、お前犬が怖いのかぁ」
私はこの時、コイツいい性格しているなぁと思った。
すると、後輩君が友達を連れて、自分達に話しかけてくる。
「アクアぁ!せんぱーい!今から皆で召喚するって!」
呼ばれたので、皆の元に向かう。
「頑張れ!」
「落ち着いて、やればいける!」
クラスメイトが応援する中、記念するべき最初に選ばれたのは、話しかけてきた後輩君だった。
召喚の方法は簡単、用意した羊皮紙を目の前に置き、呪文を唱える。
すると羊皮紙と召喚者の囲うように、魔法陣が現れ、羊皮紙が光り輝き、それが魔物に変化する。
現れたのは、青い鱗のサラマンダーだった。
「おお、サラマンダー!」
「流石、天才なだけあるよね!」
周囲は彼に歓声を上げ、持ち上げる。
「はじめまして、可愛いね」
彼はそのサラマンダーを抱き上げて、肩に乗せた。
そして、歩き出し、アクアの目の前にやってくる。
「アクアも頑張ってね」
そう言い、彼はアクアの肩をポンと叩く。
(二人って、仲良しなのかな?)
後輩君はニコニコ、アクアは眉間にしわが寄り、嫌そうに歯を食いしばっている。
ギチギチと歯の音がこちらまで聞こえるので、相当だ。
「アイツとお前が嫌がる使い魔を出してやるよ!」
そう言い、ズカズカと歩き出した彼を見て、私は思った。
(あぁ、仲悪いんだ……)
彼も同じように、魔法陣を出し、召喚をする。
『アクア君の魔法陣から、何が出るんでしょうか?』
すると、セゾンさんが自分の隣に現れた。
「うぉっ――びっくりした……」
そう小声で悲鳴を上げると、彼の前に生き物が現れた。
「きゃん!」
それは小さくてフワフワのポメラニアンに似た、生き物だった。
「あぁ、可愛い」
「モフモフしてていいなぁ」
クラスメイト達からは、先程の後輩君とは違うが好評だった。
「あれは、ヒトツクビケルベロスモドキですね。長毛と短毛は遺伝子によって異なりますが、長毛という事は、電気を毛に溜めておくことが得意の個体ですね」
先生が早口で説明をする。
「先生、生き物好きなんですね」
「まあ、そうですね。それもありますが、実は教師の試験に受かって、科目を選択する直前に、私が初めて召喚した子が病気で亡くなってしまったんです」
彼女は少し、しんみりした表情をする。
「だからなのかもしれませんね。この科目の先生をしていると、自分もこんな風に出会ったんだなぁと思うと同時に、その子の笑顔を思い出せます」
「先生――」
私はじーんと感動していると、彼女は言う。
「ケルベロスだったから、同級生には怖いって言われていたんですけどね?」
ケルベロスは嫌いだが、本人には本当に可愛く見えていたのだろう。
私の使い魔がケルベロスだったら、非常に戸惑うのだが。
「さぁ、ポアリさんも頑張りましょう」
レイン先生に背中を押され、皆と同じように準備し、呪文を唱える。
アーノルドが言っていたのを思い出す。
怖いものを思い出すと、怖い生き物が召喚される。
(どうしよう、先生の話で頭がケルベロスでいっぱいだ……)
このままじゃ、ケルベロスを召喚しそうだったので、一度頭の中を空っぽにし、可愛い生き物の事を考える。
(可愛い生き物。猫とか、先程アクアが出していたポメラニアンみたいなのもいいなぁ。犬といえば、大河君の家もビーグルを飼っていたな。ビーグルの散歩も、手伝ったり楽しかったし、というか大河君本人が犬っぽいというか、純真無垢というか、明るくて中性的で、素直で、優しくて……)
アーノルドが遠隔操作をし、首にかけた指環の魔法石が光り、輝く。
魔法陣が自分と羊皮紙を囲い、輝きだす。
そして、羊皮紙が光り、使い魔の姿に変わっていく。
「えっ?ここ、どこ?」
「はぁ?えぇ?マジで?」
そこには今、考えていた人物、自分の幼馴染の『大川 大河(おおかわ たいが)』君がそこにいた。
そこにはカップ麺を片手に持った、学ラン姿の男子高校生がいた。
彼は異常な光景に戸惑いながら、声を出す。
そのカップラーメンから、香ばしい醤油ベースの匂いがする。
彼も困った様子だが、周りの一年生の方が戸惑い、悲鳴を上げている。
「人間だ!」
「先生、緊急事態です!人間が召喚されました!」
後ろにいる先生を見てみると、彼女も戸惑い、震えている。
すると、周囲の使い魔達も、その状況(カップ麺の匂いや主人の悲鳴)に興奮したのか、吠え、唸り、そして彼に襲い掛かる。
「えっ!う、うわぁ!」
カップ麺が芝生に落ち、一部の使い魔はそれを食す。
「だ、大丈夫!皆も見てないで手伝ってよ!自分の使い魔でしょ!?」
私は思わず、彼に駆け寄った。
周囲の使い魔達は、彼にじゃれついており、それを優しく引き剥がした。
「先生、レイン先生!」
「はっ!はい、先生です!」
先生はそこで我に返り、自分の元に駆け寄る。
「先生、どうしましょう?」
彼女は自分の両肩に自身の両手を置き、静かに言った。
「ポアリさん、とりあえず生徒指導室行こうか……」
大河はずっと、犬系の使い魔に顔を舐められていて、くすぐったそうに手足をバタバタさせていた。
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