第三章 『マユと蛹』⑤

「正解だなぁ。この色――」

 翡翠色に染まった自身の機体を見て、マユはキラキラとした表情になる。

 それを心なしか満足そうな顔で見ている久を桑子は冷めた瞳で眺めた。

 そして、ふと気になったのだろう。桑子は久に質問を投げかける。

「そういえば、この機体ってどう運んだの?出入口や窓は小さいし、ここ二階でしょ?」

「あぁ、それは転移術で」

 久は二人にそう答えるが、マユも桑子も霊力の才能も無ければ、知識も無い為、初耳だった。

「「転移術?」」

「お前ら、霊術について知らなすぎだろう……」

 そう言う彼は書類の裏側に、絵を描き、説明をする。

「移動させたい物を囲むように印を書いて、同じ寸法で移動させたい場所に印を書く。そうすれば、物が沈んで、その場所に浮き上がるというか」

「うーん、何となく分かったような……分からないような……」

 そう呟くマユだったが、桑子も同じような反応だった。

「ほら、マユが立っている所に丁度、俺が書いた印があるだろう」

「うわっ――転移する」

 マユはそう言い、その印から距離を取る。

「逆の場合は呪文の印を少し変えないと移動しないから。これと空母側、両方を書き換えたらいけるだろうけど。後、この術では聖獣以外の生きている物は運べない」

 そう久が言ったタイミングで、基地内の警報が鳴り響く。

「な、何!?」

 戸惑い声を上げるマユだったが、桑子と久は性格からか動じず、窓から外を確認する。

「さっき、海馬少将を呼ぶ放送があったし、何かあったのかもしれないな」

 桑子がそう言い、マユと部屋を出て、外に移動する。

「大丈夫かな……何かあったのかな?」

「キヌの姿も見えないのが、それも嫌な感じだ……」

 桑子がランタン片手にそう呟く。

「そりゃあ、愛おしの旦那様と久しぶりに会ったら、ねぇ――」

「というと?」

「えっ?ほら、キスしたりとか、撫でたりとか――言わなくても分かるでしょ?」

 マユは頬を赤らめ、困惑していると、桑子の脳裏に佐市が過る。

 桑子が顔を青くしていると、空母に乗り込む四島、浩三の姿が見えるのだった。

「海馬少将!どうしましたか!」

 桑子の手を引き、二人の所に向かうと、彼らのほうもマユ達に気が付く。

「あっ、マユちゃん。今、説明している時間は――仕方ない!乗って!」

 マユは浩三に手を引かれ、中に入るが桑子は乗り気ではないみたいだ。

「空母の中で説明するってさ」

 すると、男性の声が桑子の背後から聞こえた。

 桑子が振り返ると、ランタンを手にした佐市がおり、背の高い彼は笑みを浮かべ、桑子を見下す。

「あぁぁぁ、嫌だ。あー、ばばばばば」

「もう、我儘なんだから。はい、乗る!」

 佐市はそう言い、桑子の背中を押し、空母に押し込んだ。

 空母『有馬』は、北栄海軍基地を出港する。

 一人の女性が北洋の空母『不知火(しらぬい)』の飛行甲板にコクーンを停めた。

 操縦席を出て、同乗していたキヌを荷物のように取り出す。

 毛布に包まれた上からロープで拘束されており、彼女は気を失っている。

 キヌの吐く息は白く、息が荒いのが目視できた。

(息が荒いな……大丈夫かな?)

 というのもシラは、キヌを運ぶ前、鎮静剤を打ったのだが、暴れた為少し乱暴な扱いをしてしまった。だが、それよりも――

(コクーンに仕込まれている呪術が、彼女の意識や精神に影響している気がするな……)

 シラがキヌを見ると、毛布から露出した顔や足首は、何かに刺されたのか、腫れて赤みを帯びている。

 そして、微かに開いた瞳が霊力で青みを帯び、白髪が少し増えた気がした。

[お帰りなさい。東洋への旅行はどうでした?]

[冗談はいいから、運ぶのを手伝って――]

 すると、艦内から、中年の男性がやってきて、シラに話しかける。

[相変わらず、上々だね。本当にお姫様と蛹を連れ去ってきたとは]

 男性工作員はシラにそう言い、煙草を吸う。

[こんくらい、五十年前の戦争に比べたら、全然だ――]

[アンタ、本当はいくつなんだよ]

 それを無視すると、別の工作員がキヌを抱え、通信室に運ぶ。

[その子、どうするの?]

[海馬という総理大臣の孫と交渉する。その解答次第では、殺害する]

 シラは淡々とそう言った。

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