最終章『終わってから始まる物語』④

 社宅の扉を強く叩く音で、マユは目を覚ます。

 玉之丞を抱っこしながら、扉を開けると、そこには浩三と佐市の姿があった。

 ちょっと出来上がっているようで、少し酒臭い。

「お久しぶり!」

「あー、ど、どうも――」

 久しぶりに会う父の友人と、その息子に戸惑う。

「クッキー好きなんでしょ?さっき、駅にある菓子屋で買ったからどうぞ」

 浩三から受け取ると、玉之丞が紙袋に入り、ガサガサと音が鳴り響く。

 そして、隣にいる佐市の手にバラの花束がある事に気が付き、受け取ろうと両手を伸ばすと佐市が言う。

「あっ、これね。マユちゃんにじゃない」

 マユが瞳から光が無くなる中、佐市はその相手を見つける。

「マユー。今日の試合だけど――」

 桑子がダラダラと話し、歩いていると、扉の前の佐市と目が合った。

「うわっ!うわっ!あ!」

 マユが本気の悲鳴に驚いていると、佐市はバラの花束を放り投げ、彼女を追いかける。

 バラの花束が花びらを散らしながら、ツルツルな廊下をカーリングのように滑っていく。

「やっぱ、バツ4だと、プラトニックな恋愛関係に憧れちゃうんだろうねー」

 浩三はそう言うと、誰かがやってきた。

「旦那様ぁ」

 三つ編みサイドテールは白く、霊力が宿っている。竜人だろうか、白いモチモチの尻尾。

 二―ソックスのように膝上までフカフカな白い毛があり、手も同様、長手袋をしているように同じ質の毛で覆われている。だが、清潔感があり、上品、品種改良された愛玩動物のようだ。

「マユちゃん」

 そして、見慣れた青い瞳、聞いた事がある甘い声。

「久しぶり、やっと会えた!」

 彼女はマユのほうに一直線にやってきて、抱き着いてきた。

 浩三はキヌのモチモチ尻尾を指で突くと、くすぐったかったのか、左右に振る。

「旦那様、だーめ」

「だってモチモチなんだもん」

 関係は相変わらずのようで、やはり自身の父親と同い年の男が、年下の女性といちゃついているのはマユの精神を削っていく。

「そういえば、さっき。あの人に会ったよ」

「あの人って?」

 キヌは名前が思い出せないらしく、珍しく顔をしかめ、眉間に皺が寄る。

 すると、浩三が話をした。

「日猿木家の三男の子と会ったんだよ。飛行機の納車で来たんだって」

「えっ?何で空軍が?」

「あー、彼ね。西洋乙女が解散したタイミングで、辞めたんだよ。家業を手伝うとかで」

 マユは驚き、浩三に紙袋を押し付け、感情のまま廊下を走り出した。

「マユちゃん、どうしちゃったの?」

「私も分からないです」

 浩三が紙袋抱え困惑していると、中から玉之丞が顔を出す。

『こんにちは』

「あらま、こんにちは」

 挨拶を返す浩三の隣のキヌは、可愛いと言い、手を伸ばし、玉之丞の頭を撫でる。

「もう逃げちゃって、軍人の俺から逃げられる訳ないでしょ?」

「もう嫌なんだって……娘の近況報告、年賀状、暑中見舞いが……」

 佐市に捕まり、ゲッソリしている桑子をマユが通り過ぎた。

「あれ、何?」

「あー」

 佐市はそう呟くが、久から飛行機を受け取った桑子は察する。

 賭博場の前に辿り着くとそこは広場になっており、屋台が何件か並んでいた。

 花火や玩具、軽食などが売られており、その場は賑わっている。

 すると、洋装に身を包んだ久の後ろ姿が見え、マユはそれを追う。

 人込みを何とか抜け、マユが声を出そうとした時、久の隣に和装の若い女性がいる事に気が付いた。

(私も生まれ変わったのと同じで、彼も生まれ変わったんだな……)

 マユはそれを見て、安堵し、その場を後にする。自然と笑みが零れ、顔色も良い。

(今日はいい日になったなぁ)

 戻ってきたマユは桑子と合流し、久が納車したという飛行機を見に行く。

 桑子の首や腕には、キスマークがくっきり付いており、生気を吸われたように彼女はやつれている。

『今日はマユと一緒に飛行機に乗るのー』

「よかったね……エチケット袋、後で渡すね……」

 生気の無い桑子は精一杯、玉之丞を肯定し、指で頭を撫でる。桑子は納車室のシャッターを開け、マユはその中に入ると、そこにあったのは翡翠色の機体。

 コクーンを水上飛行機に改造したものだった。

「マユが脱出した時に使った機体を、水上用に改造してもらったんだ」

 そして、彼女が言う。今回、この機体で勝てなかったらクビだと。

「マユ、頑張れるよな」

 実に彼女らしい、素直じゃないやる気の出させ方だ。

 玉之丞がマユの肩に移動し、猫のように額を押し付け、甘えてきた。

 マユはその機体に触れ、お帰りと呟く。マユは静かに思う。

 やっと、新しい自分になる覚悟ができたと。

「うん、頑張れるよ」

 そう彼女に返事をし、微笑んだ。

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