第一章『確かに性別は指定しなかったけれど』③

 結局、二人を見放すことが出来ず、私が蛇と戦うために、技を出して、森は半焼。

 言う事にして、おじさんにお願いして、もみ消してもらったんだっけ。

 彼を思い出す。

『ポアリちゃん。おじさんはいつでもいいからね』

 お願いをする為に対面した時、肩を含めて体を撫でられた。

 卒業後はご奉仕するコースなのかもしれない。

 おじさんが隠ぺいしたが、私のミスで森が半焼したことになっている為、姉妹校に転校することになったのだった。

(私、転生後も転生前も、苦労人だな……)

 自分の両耳の軟骨に、彼エージャが付けたピアスがあった。

「げほっ――」

 目を開けると、今いるのは学園内にある池の真横で、その水面には桃色のスイレンの花が咲いている。水の色は、藻や微生物で緑色、その水を飲んでしまったのか、まだそれが肺に入っていると思うと具合が悪くなった。

 仰向けになっている体を横に傾け、水を地面に吐く。

 まだ男子生徒達がどうすればいいか、あたふたしていた。

「人工呼吸は自分がするの!」

「いや、俺だって!」

 丸眼鏡をかけた小柄で細身の男子生徒と、モデルのように手足が長い容姿端麗な男子生徒が言い争っている。

 すぐ傍にもう一人、中肉中背の男子生徒がいるが、二人の喧嘩を止める訳ではなく、白けた顔で彼らを見ていた。

 そして、無表情のその子と目が合う。

「とりあえず、落ちつけよ。ポアリ、起きたから」

「「あっ――」」

 自分は少しだけ嫌な予感がした。

「「ポアリちゃん!!」」

 二人が自分に抱き着き、グラグラと体を揺らす。

(脳が揺れる――)

「み――水、まだ肺に入ってるから――」

 そういうと二人は手を止め、申し訳なさそうにした。

「あっ、ごめんね」

 丸眼鏡はそう自分に謝る。

「えっと、今記憶が混濁していて、何で池に落ちたか分からないんだけど」

「それはね……」

 最近、私『ポアリ』は、姉妹校(第一学校から第二学校)から移動してきた。

 第一の生徒会長『エージャ』に面倒を見てほしいと、第二校の生徒会にお願いされたそうで、校内を案内していたそう。

 丸眼鏡は副会長、長身は書記、無表情は会計。

 生徒会長はここにいないというか、三人とも会った事がないという。

(大丈夫か、生徒会がこんなんで――)

 と思いながらも、質問があるので彼らにしてみる。

「で、池に落ちたのは……」

「今は逃げたけど、蛇が落ちてきて、ポアリちゃんが驚いて、ピョンからのドボン」

(ピョンからのドボン。蛇に噛まれたの、トラウマになってるじゃんか……)

 そう思っていると、生徒会長が自分の右腕を掴む。

「あー、ありがとう」

 彼に引っ張られ、体を起こす。

 溺れかけたので体が少しだるい気がするけれど、問題なく立ち上がれる。

 そして、周囲を見渡すが、近くに木などはない。

 その蛇は何処から来たんだという顔をしていると、残りの二人が言った。

「よく鳥とか、蛇を足で捕まえてきて、空から落とすもんな」

「近くに川と森があるからね」

 会計と書記は、そう困った顔で言う。

「それは分かったけれど、誰が私を助けてくれたの?」

 先程から思っていたが、ここにいる三人は、全く制服が濡れていない。

「ここにいる三人、泳げなくてさ」

(私も入れれば、四人だ――)

 三人でどうしようか、悩んでいたところに、一人の男子が通りかかる。

「そうしたら、その人が飛び込んで、助けてくれたんだ」

 そう書記が言うと、彼がハンカチを自分の額に当てた。

「そっか、誰か名前とか、クラスとか分かったりしない?」

 すると、皆顔をお互い見渡した。

 三人全員、顔見知りではないようだ。

「僕達と同じ、二年生じゃない事は分かるけれど」

「じゃあ、特徴教えてくれる?身長とか髪の色とか、最低限でいいからさ」

 すると、副会長と書記は数秒、うーんと唸った後、覚えてないと言った。

「嘘吐くなよ。お前達、ガッツリお礼言ってたじゃん」

 会計が相変わらずの無表情で、その場に言い放った。

「何で言うの!」

「意地悪!ポアリちゃん、取られちゃうかもしれないじゃん」

 そう言われた会計の彼は、面倒そうな顔をした。

 そして、書記に肩を掴まれ、グラグラ揺らされる。

「ロマンティックだもの。絶対、取られる。俺も副会長も、ポアリちゃんの事、狙っているって知っているでしょ!」

「脳が揺れるからやめろよ」

 彼が少し酔ったのか、少しえずいた。

「マジで吐きそうだから、止めなさい」

 目の前で吐かれたら大変な事になりそうなので、仲裁に入る。

「別に運命を感じている訳ではない。お礼したいだけだから、ね?教えてよ」

 すると、渋々だったが、彼らは特徴を教えてくれた。

 彼の特徴は、身長や体型は書記くらいで、銀縁の眼鏡をかけた、金髪の男子生徒との事だった。

「じゃあ、ポアリちゃん。俺と付き合う事とか考えたり――」

 書記がそう言いかけると、副会長の目がギラリと光る。

 先程までの和やかさはなく、書記に抜け駆けされたことで、少し機嫌が悪くなったようだ。

 また、争いが起こりそうなので、適当に誤魔化して、その場を後にしよう。

「へくちゅぃ――ごめん、寒気してきたから、着替えてくるわ――」

「えー、まだ全部回れてないよ?」

 そう書記の彼は言うが、寒いと震える演技をし、その場を退散する。

 記憶を探りながら、寮まで歩き、建物に入る。

 その建物は外観も内装も、古いもののデザインが凝ったもので、郷土資料館や博物館のような雰囲気がある。

 赤いカーペットが敷かれた床も、壁に付けてあるランプも、出入口の目の前にある大きなステンドグラスも、とても品があり、上等な物ばかりだ。

(このステンドグラスもランプも凄く高そう――)

 それが正直な感想だった。

 ポアリとしてこの世界を生きてきた記憶と、転生前の自分の記憶がうまく混ざり合っていない事に困惑する。

 特に人の名前とか、その人と過ごした記憶が思い出せないところがある。

 元々いた学校の記憶や同級生の名前は少し覚えているが、今の学校の生徒会メンバーの名前は思い出せなかったりする。

(転生前の記憶を思い出したからなのかな――)

 歩有としての記憶は、嫌と言うほど思い出せる。

 だが、今の肉体『ポアリ』の記憶は曖昧だ。

 ポアリの家族は何となく思い出せるが、親や弟の名前、顔はボヤッとしているというか、数回あった知り合いのような感覚である。

レトロなデザインの階段を上がると、大きめの姿見が飾ってあった。

 初めて、ポアリを、転生後の自分の姿を見た。

 女性の平均的な身長。

 肩くらいの黒髪、茶色く丸い瞳、低い鼻、丸い輪郭が、年齢よりも幼く印象付けた。

 色っぽさは全くない、素朴な、田舎者。

 それがこの体の第一印象だった。

 後、それとは対照的に、耳たぶと軟骨のピアスはセンスが良く、都会的。

 全く、皮肉な話だ。

 開けた男の事を思い出し、嫌な気持ちになる。

 着ている制服は、青ベースの膝丈のスカートに白いシャツ、水色のリボンタイ、上品で涼しげな印象を受けるが、その白シャツは先程の池の水で湿っている。

それに、肩部分に水草のおまけ付き。

 水草を摘まみ取り、その場に捨てる。

(ダサすぎてないわ。前髪、切ろう――後、眉も少し細くしよう――)

 濡れた前髪を触りながら、階段を上がり切る。

 そして、自分以外誰もいない廊下を歩き、自分の部屋の前に辿り着いた。

(――この部屋で合ってるよね?)

 スカートのポケットや上着のポケットを探る。

 あらゆる所、着ている衣類の収納スペースを探る。

「んー」

 そして、一息ついて、頭の中を整理した。

(鍵が何所にも無い――)

 そう思った瞬間、すると誰かが自分に声をかけた。

「ポアリちゃん、どうしたの?」

 そこには先程とは違う男子生徒がいた。

 彼は肩ぐらいまで伸ばした黒髪、大きくないが整った緑色の猫目が特徴で、手足が長く、肌が白い。

 背丈はかなり高く、180センチはあるのではないだろうか。

 きっと身長がなければ、男ではなく、美しい女性だと勘違いされる。

 そんな彼に少し緊張する。

「えっと、池に落ちて、鍵無くして――」

 事情を話すが、彼の事を思い出せない自分がいる。

「池の中に落としちゃったのかなぁ?」

 彼はそう言い、私の濡れた髪に触れる。

「じゃあ、僕の鍵で開けちゃうね?」

「えっ?」

 彼は当たり前のようにそう言うと、自分のズボンの左ポケットから取り出し、扉を開ける。

 ――ガチャン。

 自分達しかいない廊下にその音が響く。

「何、ぼうっとしてるの?入るよ?」

「う、うん――」

 彼はそう言うと、自分の肩を抱き部屋の中に招き入れる。

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