第一章『確かに性別は指定しなかったけれど』④

「着替えとタオル、ここに置いておくからね」

 シャワーを浴びていると、浴室の扉を挟んで彼が自分に声をかけた。

「ありがとう」

 自分は扉越しに礼を言う。

 彼は『ロベルト・ロバート』いう名前らしい。

 思い出したという訳ではなく、テーブルに置きっぱなしになっていた聖書に、そう名前が書いてあった。

 試しにロバートと苗字を呼ぶと、彼は困ったように笑い、いつも通りロベルトと呼んでと、言ったので、間違いなし。

 ベッドは一つしか無く、ソファーの上にタオルケットが畳んで置かれていた。

 それを見る限り、どちらかがソファーで寝ているはず。

 生徒会メンバーが校内を案内していたので、私の方がここに来て日が浅い。

 という事は、ここは私の部屋ではなく、彼の部屋で、自分が彼の部屋に転がり込んできたという事だ。

(あー、なんか少し思い出してきた……)

 中途半端な時期にあの蛇事件があり、二年の一学期を丸々休学。

 そして転校、今この学園は夏休み後半で、二学期から授業を受けることになっている。

 中途半端な時期に来てしまった為、寮の部屋の空きがなく、ロバートと一時的にルームシェアする形になったという事だ。

 

 温まったので、浴室を出ると、そこには大理石でできた広い洗面台と、大きな鏡があった。

 その上に、ロバートが用意した自分の着替えと、白いバスタオルが置いてある。

 服は白いシャツと、灰色のロングスカートで、柔らかい素材というところから、それが寝間着なのだと分かる。

 自分はタオルの方を手に取り、自分の体を拭う。

(タオルってこの世界もフカフカなんだなぁ――)

 そう感じながら、鏡を見る。

「やっぱり、ミスだよな――これ――」

 自分の下半身の物を見ながら、そう呟く。

『何を言いますか。ミスではありませんよ』

 そう近くで聞き覚えのある声が聞こえた。

 そこを見ると、野球ボールくらいの光の球が自分の肩ぐらいの高さで浮いている。

『先程ぶりです』

 アーノルドの声がその球から聞こえる。

 転生前の姿を知っている人物との再会。

 普通なら、喜び、安心する事だろう。

 私も通常モードであれば、それに当てはまる。

 だが、私は今、全裸。

「うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 思わず、タオルをその光の球に投げ、それに被さり、床に落ちる。

 その数秒後に、洗面所の外から扉が叩かれた。

「ポアリちゃん、大丈夫!?」

 私が叫び声を上げた為、同居人ロバートが様子を確認しに来たらしい。

「いや。む、虫が出ただけで!今、タオルに包んだから!」

「む、虫っ!ぼ、僕が退治しようか?」

 彼のその声は、とても焦っていて、対応に困っているようだった。

 どうやら彼は、虫が苦手らしい。

「だ、大丈夫。自分で何とかするから」

 急いで着替えていると、タオルを被された光の球が言う。

『酷いなぁ、虫なんて――』

「すみません、驚いたんですって――」

 着替えが終わった自分は、それからタオルを取ると、その球はまた自分の周りをふよふよと浮き始めた。

『本当はすぐに出てこようと思ったんだけど、状況とか考えたら出てこれなくて――』

 確かに、生徒会のメンバーに絡まれている時に、こんにちはと出てきたら、ややこしいし、腹が立つかもしれない。

『自分は貴方が望んだような特典を間違いなく、与えています。よーく考えてみてください』

「うーん」

 両性具有で生まれた故に、パトロンが援助してくれて、教育も十分受けられている。

 珍しいもの見たさだろうが、男子にチヤホヤされている。

「確かに、特別扱いではありますが――」

『それによって、体も他よりも耐久性に優れていますし、魔力だって、他より何倍も何十倍も強くなっていきますよ』

 そう考えると、自分はまだ自覚してないが、凄く優遇されているのかもしれない。

『マグマに落とされても無傷ですし、絶対零度で氷漬けにされても死にません』

 水に落ちても勿論、溺れ死にませんと、彼は言う。

『休眠モードに切り替わるだけなので、安心安全です』

(それなら、泳げるようにしてほしかったな――)

 マグマに落ちても死なないという事は、溺れても死なないという事。

 金槌は水に浮けない。

 という事は、そこの水が枯れるまで、底にずっといなければいけないという事だろう。

 マグマだったら、それが冷えて岩になるまでだ。

(これが封印か――)

 というか、生き地獄でしかない。

 水の傍や、マグマの傍にはいかないようにしよう。

「というか、アーノルドさんはどうして出てきたんです?それが言いたくて、出てきたんですか?」

 自分が散々、アーノルドのミスだと思っていたからだろうか。

『そうそう、歩有さん。いや、ポアリさんのサポートをしようかなと思いまして』

「サポート?手伝ってくれるのは、ありがたいけれど――何の手伝いですか?」

 彼の話はこうだった。

 人間は転生すると、基本その前の記憶を引き継がないようになっているという。

 ポアリも例外ではなく、今まで転生前の記憶はなく、過ごしてきた。

 だが、ストレスがMAXになった為か、溺れかけ、死にかけたのが原因か、思い出すきっかけがあり、転生前の記憶が呼び戻されたという。

『ポアリさんと歩有さんの性格が、似ていたというのもあると思いますが、かなりイレギュラーなケースでして』

「そうなんですか」

 彼の目的を会話から探ろうとして、眉間にしわが寄る。

『おそらくですが、歩有さんの記憶が急に入ってきたことにより、ポアリさんの脳がキャパオーバーしている状況だと思います』

 確かに、人の名前や顔も思い出せないが、何か支障が出てくるのだろうか。

『多分なのですが、魔法とか、勉強とか、殆どできないかも――』

「それは大変だ!!」

 確かに友人の名前を思い出せないという事は、歴史上の人物も思い出せないという事だ。

(という事は歴史の授業とかあったら、壊滅的ってことでしょ?)

 日本史で例えるなら、聖徳太子とか織田信長とかが、答えられないくらいだろう。

(転生後の家族の顔や、名前も思い出せなくなっているのだから、絶対そうだ――)

 後、アーノルドが目の前に現れた理由は、転生前に私が彼に伝えた、転生後の希望が『努力しないでも何でもできる人間にしてほしい』で、それがその軽い記憶喪失によって叶えられないからという事だろう。

『文字の読み書きや、簡単な計算であれば、問題はないとは思うけれど、どうします?サポートとか過保護すぎますかね?』

「いいえ!そんな事ないので、サポートお願いします!」

 そうお願いすると、彼は快く承諾した。

「でも、アーノルドさん。こう、今は会話しているじゃないですか?」

 今、素朴な疑問が浮かんだ為、彼に質問する。

「傍から見たらどうなっているんです?」

『自分の姿や声は転生者しか見えないし、聞こえません。傍から見たら、ポアリさんが見えない何かと、話をしているように見えるでしょうね』

 それは、イマジナリーフレンドと話しているように見えることでしょう。

『後、魔法石の件ですが――』

「あぁ、あの石ね」

 蛇の集団と戦った記憶は残っていた為、使い方は何となく分かっているつもりだが。

『転生前に話をした時、我々からしたら発電機が感情をエネルギーに変換する装置だと言ったでしょ?』

 パッと見、宝石のような石なのだが、天然でこの世界に存在しているものでは無く、アーノルド達(別人類)が、真似て作った装置らしい。

 見た目が違う理由は、違う材料で代用したからだという事。

「この石が精密機械だとはね――」

 自分は脱いだ服を床から拾い上げ、魔法石を探る。

 ポケットの中を全部探り、ブローチとして付けられるように加工されていたので、着ていたシャツも、ジャンバースカートも裏表きっちり確認した。

「無い!」

 思い当たるのは例のあの池しかなく、おそらく部屋の鍵と共に底に沈んでいる。

「あぁ、多分すごく大事なものを無くしてしまった――」

『そうですね』

 アーノルドは、自分の事を哀れんだ声を出した。

「アーノルドさん、同じものとか用意できませんか?」

『同じものを用意するのは今、難しいですね。でも、似たようなやつであれば』

 そう彼は、自分に手を出してほしいと言ってきた。

 光の球の前に両手を差し出すと、そこに光の中からガシャリとネックレスを落とした。

「おお、魔法石」

 それは、魔法石がついている指環が通してあるもので、色は以前使っていた白の物とは違い、エメラルドのような緑色だった。

『元の魔法石が手配できるまでの、一時的なものだと思ってください。これは発電機と違って、貴方の意思でエネルギーは作れません』

 自分はそれを抵抗なく、首からかける。

『私が遠隔操作でそれっぽく、エネルギーを作り、解き放つので、無意味な使用は行わないように』

「分かりました。ありがとうございます」

 アーノルドはそれではと一言挨拶をし、その場から消える。

「うーん」

もし不都合が出た時、アーノルドが手を貸すそうだが、それはそれで申し訳ない気がする。

 今まで、勉強したり、練習したり、努力ばかりで、他人に頼ったことがなかった為、申し訳なさを感じた。

(教科書を読んだり、できる所はやろうかな――)

 魔法も遠隔操作でするとの事だが、魔法石を自分で用意したりはするべきだろう。

(せめて無くした場所が池じゃなくて、森とか草むらなら――いや、池の水を全部抜けば、探せるか?)

 幸いなことに、転生後の自分は生徒会のメンバーと親しい。

 池の掃除がしたいとか、適当な事を言って、水を抜く許可を貰おう。

 そう思いながら、洗面所から出る。

 すると、ロベルトの声が自室の出入り口から聞こえた。

 少し部屋を歩き、彼のほうが見える場所まで移動する。

 自室の扉が全開で、誰かと会話しているようだった。

「でも、幽霊って写真に写らないんじゃない?」

 そう言い、一眼レフを両手に抱えながら、困った顔をしているロベルトだが、来客はそんなのお構いなく、明るい声で話をする。

「だとしてもさ。心霊体験は記事として書けるじゃん。見出しがこう【学園真夏の怖い話特集】ってね」

 声の人物が気になり、ロベルトよりも奥を見る。

 そこには小太りで眼鏡をかけた男子生徒がいて、ペラペラとオカルトについてや、面白い新聞とはとか、自分の今までの経験を交えて、語っている。

(新聞部か、オカルト研究会かのどっちか、かな?)

 そう頭の中で推理ゲームをしていると、その子は自分の姿に気がついた。

 そして自分を見て、ニコリと笑みを浮かべ、会釈をする。

 自分もそれに返すと、彼がロベルトに言う。

「ロベルト、君がお熱の子がお風呂から上がったみたいだし、僕そろそろ自分の部屋に戻るね。ポアリちゃんもバイバイ!」

 そう言い、彼は全開の扉を廊下側から閉め、その場を後にする。

「あぁ、彼。同じ部活の子で、新聞部の部長をしているんだ」

「あぁ、新聞部のほうか。オカルトの話ばかりしていたから、オカルト研究部かと思ったよ」

 彼は一眼レフを持ちながら、部屋を歩く。

「いやぁ、最近幽霊が出るって噂が流れていてね。それが夏の校内新聞にピッタリだって、大はしゃぎしてるんだ」

 確かに彼のテンションは高かった。

 例えるなら、先客がいないドックランに、リード無しで解き放たれた犬のようだった。

「まさか幽霊部員が、心霊写真係に任命されるとはだよ」

 彼は少々困ったように唸り、受け取った一眼レフを棚の上に置く。

「いつも良くしてもらっているから、手伝いたいと思うんだけど、暗い所とか幽霊とか、正直怖いんだよね」

「そうなんだ。それなら、私も手伝おうか?」

 何となく、そう言った。

「えっ、いいの!?」

 すると、彼のテンションが何倍、何十倍も高くなり、少し引く。

「へ、部屋もなんか使わせてもらっているし――こんな事しかできないけれど――」

 目を泳がせながらそう言うと、彼は自分の両手を手で包み、胸に寄せた。

「本当に君は素晴らしい人だ。愛に溢れている。自分の女神と言っても過言ではないよ」

「――そ、そんなこと無いよ」

 全然、素晴らしくない。

 私は【努力しなくても楽をしたい。それでモテたい】その煩悩だけで、転生してきたのだから。

 照れるよりも申し訳なさが勝ち、彼から目線を逸らす。

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