第一章『確かに性別は指定しなかったけれど』①

 数人の男子の声がする。

「ポアリちゃん、大丈夫かな?溺れた人って、どう手当てするの?」

「あれじゃない?こう両足を持って、逆さまにするやつ」

「それ、喉に食べ物詰まらせた時」

 自分は体のダルさで、動けずにいる。

 転生です。

 転生でございます。

 こちらの世界でも、溺れたらしく、服は水でビチョビチョ、肌に吸い付くようにくっついている。

 肺の中にも水が入っているようで、鈍い痛みが走っている。

(パンツまでビチョビチョ、気持ち悪い……肺も痛い……)

 そして、日差しが強く、肌がジリジリと焼けるのを感じる。

(この日差し、季節は夏かな――)

 瞼は閉じているはずなのに、視界は明るく、眩しい。

 しばらく経過すれば、濡れた衣類も乾くだろうが、それはそれで気持ち悪い。

 すると、遠い意識の中で、走馬灯のようなものが脳裏を流れた。

 出生から遡る。

 王国ユラルータの一番西方向にある村『ジャルジャッカル』に一つだけ教会がある。

 その子供として、生を受けた。

 ただ、何かトラブルか、行き違いがあったのだろうか、両性具有で生まれてしまった。

 そこから、あだ名というか、愛称というか、呼び名は『ポアリ』だ。

 何所からその『ポ』と『アリ』が出てきたかは、お察しの通り。

 教会の子が生まれつき、そのような見た目だったら、不吉な事が起こるとかの暗示だと騒いだり、両親がそうではなくても、村八分にされたりすると思うが――

「やったぁ、俺達の子供だぁ!」

「「「やったぁ、二十年ぶりの村の子供じゃあぁぁ!」」」

 自分は物心ついてない赤子なので、ここは勝手なイメージだが、大事に育てられた。

 まあ、限界集落だったという事が理由だろう。

 村の爺さん、婆さんから大事に育てられた。

 これには、二十年前に生まれた父親もにっこりで、本当に幸せな平凡的な生活。

 その後、弟が生まれ、家族四人で、普通に幸せな生活をしていたのだが――

 当時、自分と弟の中で流行っていたのは、拾った古い魔法石で電気を作り、的に電撃を与えるというものだった。

 すると、誰かが自分に声をかけた。

「君、魔法の才能あるね」

 声の方を見ると、自分の父親と同じくらいか、少し年上ぐらいの男性だった。

 そこが自分の運命の分岐点だった。

 住んでいるこの村に宿泊施設がないので、この男性をうちに泊めた。

 その人は貴賤結婚で、王位継承権を失っていたが、王族の血筋だったようで。

 その人が学費を全額出すからと、魔法学校に入学を勧めてきた。

 銀色の髪、緑色の瞳、歳は重ねていたが、品が良く、欠点がない。

 初めて会った時、とても理想的に、月日を重ねてきた人なのだと思った。

 その人は容姿や魔法の才能に恵まれていたが、人間と運には恵まれなかったと言った。

「身分違いの恋で、家を追い出されるまでは、良かったんだけれど、その嫁が病死してね。子供もいなかったから、凄く寂しかったんだよね」

 彼は続けて言う。

「両性具有ってさ。凄く縁起がいいんだよ」

 王族とか、貴族とかでは重宝されていると、一種の巫女のような役割として、置かれることが多いという。

 彼が自分と二人きりの時、こっそりそう言い、私の肩を撫でる。

(めっちゃ、この人触ってくる――)

 自分は子供だったから、彼の事情は分からない。

 ただ、礼儀や作法、魔法の技術を仕込んだ後、誰かに引き渡す予定か、自分の家で奉仕させる気なのだろうと、そう思ったのを記憶している。

 そして、十三歳から首都にある魔法学校に通い出した。

 それなりに同級生からチヤホヤされた。

「ねぇねぇ、本当に付いてるの?」

「ねぇ、見せてよ」

 同級生の男子生徒から、そう言われるのもよくある事で。

 まぁ、簡単にいうとそれは、自分が両性具有なので、それを面白がってなのだが。

 平和に月日が流れ、エスカレーター式で高等部に上がる。

 そして、更に月日が流れ、進級を控えた一年生の三月下旬。

 とある事件が起こった。

 ある日、学校の実験室から、毒蛇が逃げ、一年生総出で学園裏の森の探索する事になった。

【一年生がユルギララガラガラヘビを逃がしてしまったので、一年生全員で探索してください】

 白衣を着た二年生がそう言い、一年生全員に対し、拡声器越しで指示を出す。

【蛇の特徴は、オレンジと紫と薄い水色のシマシマで、少しだけ毒があります】

 防護服を着た生徒が拡声器を受け取り、そう説明をする。

 そして別の二年がスケッチブックに描いてきた蛇のイラストを見せる。

 そのイラストは、かなりデフォルメされていたというか、幼稚園児が描いたような、いい意味なら愛らしさと素朴さがあった。

【噛まれた時、少し痛みと、少し痙攣するかもしれませんが、逃がした一年に責任があるので、きっちり探しましょうね】

(少し痙攣って何だ?)

(痙攣って、少しも多いもないんだけど……)

(逃がしたの、絶対二年生だ……)

 一年生は皆、そう思った事だろう。

【保健委員から一言です】

【とりあえず噛まれたら、口で吸い出してペッて、毒を出してください】

 そもそも防護服を完全装備している生徒がいるという事は、毒性が強いという事で間違いない。

 その後、逃げた蛇がいそうな場所を移動して、腰ぐらいの高さの草むらに手を突っ込む。

 薄暗く、湿度の高い、毒蛇どころか、毒虫が湧いていそうな場所だった。

(雨が降ってないのに、カタツムリが草を這ってるよ……)

 そう思いながら蛇を探していると、不良グループと合流した。

 というか、あっちがやって来た。

 三人いるが皆、自分が胸に付けているものと同じ、白い魔法石のブローチを付けている。

「蛇、逃がしたの二年生だろうが!」

「全くだよねー」

「そうそう、フォーレンの言う通りだよ」

 フォーレンと呼ばれた彼は、顔立ちは整っているが、成金の息子で学園一、気が強い事で有名だった。

「「「あっ」」」

 三人は自分の姿を見ると、声を出す。

 フォーレンを取り巻いている二人が、小声でコソコソ話をし、その場から離れる。

「じゃあ、ポアリ。僕達は、別の場所で蛇探すから」

「フォーレンをよろしくね」

 そう言い、陸上部顔負けの脚力と美しいフォームでその場を立ち去る。

「ちょっと、地雷男置いていかないでよ!」

「地雷って何だよ!地雷って!」

 その私の一言で、機嫌が悪くなってしまったようで、フォーレンは自分に強気で言い返す。

 その証拠に、彼の胸に付けた魔法石のブローチから電気が生まれ、彼の体を纏っていた。

「ねぇ、電気纏わないでよ。私が余計な事言ったのなら、謝るからさ」

 フォーレンは金色の髪を手で掻き上げ、近くにある大きな岩に腰をかける。

(あー、これは駄目だな。しばらく、放っておこう……)

 正直、息が詰まりそうだった。

 というか、岩に座っている間も作業している自分をひたすら見ている気がする。

 視線を常に感じ、自分はその場にいる事が窮屈に感じた。

(逃げたい――)

 そう思いながらガサガサしていると、別の方向から叫び声が聞こえた。

「蛇が出たって!」

 フォーレンを置いて、自分はその声の方向に行く。

「手伝おうか!」

 そう言い、その場に辿り着くと、低く開けた草むらに男子生徒が一人。

「た、助けて――」

 そこに勿論蛇がいるのだが、それが問題だった。

 無数の蛇が一人の生徒を囲んでいた。

(蛇、一匹じゃなかったのかよ……)

 胸の魔法石に力を籠めると電気を纏い輝きだした。

 すると、その光で蛇たちの目が反射で赤く光る。それは数えきれないほどだ。

「ひぎっ!」

 自分がそれを見て、ひるんだ瞬間、攻撃対象が変わったようで、蛇たちは一斉に自分に飛び掛かってきた。

 噛まれると思った瞬間、電気の結界が張られ、それに当たった数匹の蛇が感電し、地面に落ちた。

「蛇、一匹だけじゃなかったんだな。加勢するぞ」

 どうやら彼が張った結界のようである。

「じゃあ、二人に任せて僕は……」

「何、逃げようとしてるんだよ。お前も戦うんだよ」

 その場を離れようとする男子生徒にそう言う。

「俺、爬虫類無理、苦手で……」

「じゃあ、蛇をポアリとで根絶やしにするから、電気結界で俺達を守ってくれ……」

 彼は呆れた様子で、男子生徒に言う。

 二人で戦うまでは良かった。

 問題は蛇を全部、半殺し状態にした後だった。

(ごめんね、二年生たちが馬鹿なせいで……)

 そう思いながら、二年生の不祥事に巻き込まれた蛇たちをよく見る。

「あれ?」

 違和感があり、よくよく見ると、色が少し違う気がする。

 蛇の色は、オレンジと紫と薄い水色のシマシマ模様だったはず。

 薄暗くて戦闘中はよく見えてなかったが、一色(水色部分)が足りない。

「ねぇ二人共、この蛇たち色が違くない?」

 二人にそう問うが、二人は会話しており、自分の話を聞いていない。

「蛇、多かったから疲れちゃったね」

「お前はシールド張ってただけ、な」

 また、二人に話しかける。

「あの、水色の部分が――」

 気絶している蛇を手に持ち、二人に見せようとした時、木の上から自身の頭に一匹、蛇が落ちてきた。

 オレンジと紫と薄い水色のシマシマ模様の長い尻尾が見え、自分の思考は停止する。

「あっ、蛇」

 男子生徒がそう言ったタイミングで、それは自分の左掌に噛みついた。

「ヤバい!ヤバい!毒、吸わなきゃ――」

 パニックになりながらも、噛まれた自分の掌を見ると、小さな歯型が付いているのだが、傷の規模と比例しないくらいの血が流れている。

 ダラダラ、ダグダグと流れている血に引いていると、その手が小刻みに震え始めた。

 ただ筋肉が硬直して、肘などの関節が曲がらない。

「おい、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫!?」

 自分が騒いだことでやっと危機感が出たのか、二人で自分のほうに駆け寄る。

 その蛇は自分の気が逸れたことで、スルスルと地面にゆっくり着地し、また逃げた。

 自分は毒でその後失禁し、制服のスカートから、血が混ざった尿が太腿を伝う。

 倒れそうになった自分をフォーレンが支える。

 もう一人が自分のズボンから、自身のベルトを外し、毒がこれ以上回らないように、腕を強めに縛る。

 目線をその傷に移すと、噛まれた掌は紫色に変色していた。

「後、どっちでもいいから、私の代わりに吸って――」

 そう指示を出したが、彼らは黙っている。

「…………」

「…………」

 彼らも蛇に噛まれて硬直してしまったのか、それとも自分の呂律が回ってなくて、指示がよく伝わってなかったのだろうか。

「えっと――」

 彼らは俯いていて、表情はよく見えない。

 何か異様な雰囲気に動揺していると、一人が自分のスカートに手を付け、引っ張った。

「ちょ、ちょっと――んんlっ!」

 噛まれてない方の腕で、スカートを押さえた時、自分を支えていたフォーレンに唇を奪われる。

 息が苦しくなってバタバタと足を動かすと、フォーレンじゃない方の男子生徒の腹に足が当たる。

 少し男子生徒はひるんだが、手を離す事はない。

 唇を離され、彼の表情が分かった。

「――何?」

 彼らは相変わらず無言だ。

 だが、彼の目が虚ろで、頬が赤らんでいる。

「凄く、良い匂いがする……」

 そして、フォーレンは自分の首を舐め、頬ずりし始めた。

(えっ、何?何――)

 もう片方はスカートを脱がし終わって、ブーツと靴下に手を付け始めたし。

 急に同級生が、ペロリストと脱がし魔になってしまった事に戸惑いを隠せない。

(あぁ、駄目だ――多分、この二人にペロペロされる――)

 さよなら、私の貞操。

 もう全部、全部奪われる。弱者は強者に全部、奪われるんだ。

 すると、少し離れた所から男子の声がした。

 その男子は逃げた蛇を抱きかかえると、指でその蛇の頭を撫でる。

「お帰り、可愛い俺のシマヘビちゃん」

 話しかける男子生徒に答えるように、蛇はゆらゆら頭を揺らす。

「そっか。あの子、噛んじゃったんだね?じゃあ、あの子助けようかね」

 蛇を自分の首に巻き付け、また話しかけた。

「じゃあ、行くよ」

 そう呟くと、男子の胸の魔法石がキラキラと青白く光り、伸ばした掌の上に地球儀ぐらいの大きさの電気の球が浮かぶ。

 それを思いっきり、自分達の方向に解き放たれる。

「――えっ?」

 二人が自分の体に絡まっているのもあるが、その球が高速で避けられず、自分達に直撃した。

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