第三章 『マユと蛹』③

 255年、終戦後の夜。この日は空母『有馬』が平間基地周辺海上から『北栄』の海軍基地、海上へ移動した。空母から降りると、北栄勤務の海軍達が出迎えてくれる。

「お疲れ様です」

 マユ達は無言のまま、大きく息を吸う。戦争は終わったはずだというのに、気が抜けずにいると、一人の中年男性が声をかけてきた。彼は気さくそうで、キヌの名前を呼ぶ。

「キヌちゃん」

「あっ、旦那様!」

 気持ちが沈み、すんとしていたキヌに笑顔が戻り、その男性に抱き着いた。

 海軍の軍服から、彼は階級が高い人物だと分かる。

「相変わらず、可愛いね。よく戻ってきたね」

 彼に撫でられ、キヌは小さな子供のように喜び、嬉しそうに目を細める。

 すると、彼はマユ達に気が付き、声をかけてきた。

「誰がマユちゃん?」

 彼は中肉中背の男性で肩に手のひらサイズの白い蚕の成虫を二匹乗せている。

 しかもお尻同士、くっ付けて交尾していた。

「あーもう。二人とも御嬢さんの前で、はしたないよ」

 彼はそう言い、上着を脱ぎ、愛し合っている虫を手で引き離す。

 すると習性なのか、メスがすぐ産卵を始めた。

「この上着はダメだな。仕方がない、君たちにあげよう」

 彼の上着が蚕専用の上着になった時、マユが言う。

「私が橋本ですけど……」

 マユは少し嫌な予感がした。勇五郎の話の海馬という男はお喋りで、自慢ばかりする人物と聞いていたからだ。

『良い人なんだけど、そういうところがねー』

 勇五郎の声が脳内で再生された時、案の定、彼がマシンガンのようにマユに話しかける。

「あー、やっぱり。いやぁ、マユちゃんのお父さんとは良くしてもらっていてね。あっ、自分海軍少将『海馬 浩三』なんだけど。聞いた事ない?いやぁ、うちのキヌちゃんがお世話になったよ。あっ、そうそう、日猿木家の件、大変だったね。もしよかったら、もみ消してあげようか、ほら自分総理大臣の孫だし。一応、代々続く華族だからさー。侯爵家の――」

「旦那様、お話しすぎだよー」

「ごめんねー。俺、つい話過ぎちゃうんだよねー。この蚕さんは、キヌちゃんに着物でも作ってあげようと思って養蚕工場ごと買い取ったんだー」

「あら、可愛い。白くて、もふもふ!」

 キヌは細い指で、その虫に触れた。マユはそのやり取りを見て、クラクラし始める。

(あー、陸酔いかな……眩暈がする……)

 ただでさえ文章量が多い会話を一方的にされているというのに、自分の父親と同い年が、自分よりも年下の娘とイチャイチャしている事が、マユの精神を削る。

「あっ、父上。今日は非番では?」

「佐市。せっかく皆無事に戻ってきたんだもの!俺が来ないと!格好いい俺が!」

「父上はもう、お爺ちゃんでしょ?」

 佐市と浩三は、そんなやり取りしているが、マユは相変わらず、頭がクラクラしている。

「二人とも、入口で騒いでは邪魔になっています。怪我人と死人を運び出さないと」

 そう言う彼は制服のデザインから見ると、佐市と同じ大尉で、愛想のない無表情で神経質そうな男だ。

「沙十字、俺の空母に燃料補給しておいて」

 佐市の方が、背が高いようで、沙十字の頭にそっと手を置いて、命令し、その場を離れた。

「あっ、コイツうちの次男。困った事あれば、コイツに言いなさいね」

 浩三はそう言い、次男『沙十字』の背中をバンバン叩く。沙十字の顔は変わらないが、出ている雰囲気が凄くピリピリとしたものに変化する。佐市と浩三は、それを察せない。

「あっ、そうそう。この基地の皆でお祝いしようと思って、飾りつけしたんだよ」

 浩三はそう言い、怪我をしていない者達を案内する。

 その沙十字を見た女子は、少しビクつきながら、彼の横をそっと通り過ぎた。

「あの人、凄く怒ってたな……」

「そうだね……」

 桑子とそんな会話をマユはして、浩三の後を付いていく。キヌは幸せそうに、彼の腕にくっ付き、浩三もキヌの前髪を撫でたりしていて、満更ではなさそうだ。

「…………」

 キヌは無言で、それを眺めながら付いていく。

 浩三が案内した場所は基地の中の広場に、テーブルや椅子を並べたもので、屋台が並んでいる。電柱や電線にカラフルな提灯が吊るされているのも、とても雰囲気が良い。

とてもそれは綺麗で、マユ達は久しぶりに心地の良い気分になった。

「俺の奢りだから、皆ゆっくり寛いでね。キヌちゃんもね」

 彼はそう言い、蚕が二匹付いている上着を大事そうに抱えながら、その場を去ろうとした時、マユに声をかける。

「そうだ。マユちゃんにお願いしたい事があるんだけど。ちょっと、いい?」

 部下から替えの上着を受け取り着た浩三はそう言い、マユを連れ、基地の中に移動した。

 外のイルミネーションを目立たせる為か、基地の中は薄暗く、開いている窓からは潮の匂いがする風が入ってくる。ランタン片手に階段を照らし、浩三は二階へ進む。

(気味が悪いな……嫌だな……)

 マユがそう思いながら、浩三に付いていくと、彼は言葉を出す。

「いやぁ、皆が使っていた戦闘機あるじゃん?それが今、三機残っていてさ」

 浩三はそう言い、暗い廊下を歩く。

「それをオークションに出すから、外装とか整備してほしいんだ」

「あぁ、そうなんですか」

 なぜ自分だけ呼ばれたのかと思っていたが、マユはそう言われ納得するのだった。

 突き当りを曲がると、空軍の制服を着た数人が車輪の付いたベッドを部屋から出している。

 上には白いシーツのようなものが、何かの上に置かれているのが見えた。

 そして、その場に一番階級の高い中年男性がいて、乗っている布を捲り、参ったと声を出す。

「やっぱり、噂は本当だったんだな……オークションや寄贈するものは必ず、運転席を通常の物と付け替えるように」

「はい!四島(ししま)少将!」

 若い将校達はそう言い、マユ達とは反対方向へ、ベッドを移動させる。

「厄介な事だ……神を怒らせたら、実に厄介だぞ……」

 彼は白髪を腰ぐらいまで伸ばした男性で、勇五郎や浩三と同じくらいの年齢に見える。

 浩三と同じように、霊力で年齢を誤魔化している節があり、加齢を気にしているようだ。

 その瞬間、揺れが理由なのだろうか、白い布が少しずれ、その隙間から白い足が片方見えた。

 女性のもので、大きくも小さくもなく、平均的な足の裏だ。

(あー、あれは西洋乙女の誰かなのか……)

 だが、次の瞬間、マユは目を疑う。

 彼らが突き当りを曲がる際、もう片方も見えたのだが、その足が人の物ではなく、爬虫類の鰐やトカゲのように見え、マユは目を疑う。だが、もう彼らはおらず、確認できなかった。

 すると、浩三が残った少将に声をかける。

「お久しぶり!元気してた?彼は四島少将、俺の友達だ」

 マユにそう言った後、彼の方に近づき、浩三は四島の背中をバンバンと叩く。

 四島が軽蔑した表情を浮かべているあたり、浩三は気にしていないが、彼の方は友人と思っていないのだろう。

「全く――で、その子がそう?」

「あー、この子が橋本大佐の娘だ」

 マユが挨拶しようとした時、浩三がベラベラと余計な事を口にする。

「日猿木家と勝手に婚約した後、婚約破棄して、西洋乙女になった狂人さ」

「あー、人の人生を滅茶苦茶にしたにしては、平凡そうな容姿だね……まぁ、良い。君に整備を頼みたい。それが本職だと彼に聞いた」

 すると、四島が困惑した顔をし、腰まである髪を紐で束ねた。

 そう言い、すぐ傍にある部屋の中に招く。

「あっ、久――」

「なんだ、お前かよ……」

 すると、そこには二機のコクーンと、見覚えのある人物の姿があった。久はいつもの軍服ではなく、整備兵が着ている作業着姿で、マユの姿を見ると、不機嫌そうな顔で睨みつけてくる。

「久。この子が手伝うから、よろしく」

 四島がそう言い、その場を去ろうとした時、浩三が言う。

「えー、帰るの?折角のお祝いなんだから、泊まっていきなよ。久しぶりに枕投げしようや」

 四島はそういう浩三の性格が嫌いなのだろう。彼は再び嫌な顔をする。

「いや、夜行列車の席取っているから」

 そう言い、四島はチケットを上着から出すと、浩三はそれを奪い、ムムムと数秒、それを凝視した後、それを千切り、口に入れた。

「あっ!あ!ああ!?」

 四島は悲鳴を上げ、浩三の肩を掴み、吐けと揺らすが彼はお構いなしである。

「これで、帰れない!むぐっ、もぐっ」

 チケットは食べ物ではない為、飲み込めず、口の中で転がす浩三に、マユは引いていた。

「いいから!吐け!」

「ぐぇっ――」

 四島は浩三の腹を思いっきり、殴り、部屋から出て、暗闇へ彼を引きずって消えていく。

(不思議な関係だなぁ……)

 マユは白けた顔で彼らを見ていると、久が声を出した。

「おっさん二人をぼさっと見る時間があったら、手伝ってくれよ」

「あ、あー、うん、分かったよ。もう一機は?」

「もう一つは、診療室近くのガレージに停めているらしい。ニードルの発射部分が壊れていたから、後回しだ」

 彼はニードルの発射装置を外す作業を進めるらしい。機体に歩み寄ると、一機は誰のものか分からないが状態は非常に良い。

 もう一つはマユが乗っていた機体で、気を付けて持っていたが、西洋竜の棘に擦った後があり、隣の物と比べて、あまり綺麗ではない。

「私の機体だ……」

「お前の機体は、傷だらけで、このままオークションに出しても売れないから、整備して、一般的な飛行機に作り替えだ」

「そっか……良い人に買い取ってもらえれば、この子も幸せになれるんだね」

 そうマユが言うと、久は呆れた顔で言う。

「お前、その物を生き物みたいに扱うのをやめろよ。気持ちが悪い」

「うっ――」

 マユが胸を押さえ、恥ずかしそうに悶えているのを眺めていた久だったが、久はある事を思い出す。

(あー、でも。こういう人間のほうが、このコクーンにはいいのかもしれない……)

 先程の件を、久は思い出す。

 久が作業をしようと作業着に着替えていると、上官の四島がやってきた。

「あっ、久。着替えていたのか」

「あー、すみません。更衣室で着替えるのが面倒だったので……」

 久が返事をすると、四島が彼に近づき、体をベタベタと触る。

「華族出身じゃなければ、傍に置いておくんだけどなぁ」

(華族出身でよかった……)

 そう思う久だったが、興奮した四島に髪や肩、腰を触られた彼の瞳は、光が無くなり、死んでいく。

 すると、ガラガラと車輪の音が聞こえ、四島が久から距離を取る。

「四島少将、頼まれていたものをお持ちしました」

 すると、二人の若い空軍の将校が、扉を開け、顔を隙間から覗かせた。

「あれ、四島少将殿。走ってきたのですか?少々、息が荒いようですが?」

 純粋な将校達は、不思議そうな顔をし、首を傾げている。

「いや、大丈夫だ。ご苦労様、それをこちらに」

 四島がそう言うと、二人は医療室にあるベッドを部屋の中に入れた。

 白い布がかけてあるが、シルエットから、中身が人だと分かる。四島が白い布を剥がすと、そこには裸の若い女性が瞳を閉じ、眠っていた。

 綺麗な状態であるが、よく見ると、手足、腹、首に縫い傷があり、後処理がうまく出来ているだけだと気が付く。

「血が足りず、蘇生できなかった子ですね。先程、空母の冷蔵庫から出してきました」

 一人が書類を眺め、その死体の説明をした。

「右足が行方不明で、付けている足は他者から移植、縫合したもの」

 言われてみれば、右足の肌の色が微かに日焼けしているのか、色が濃い。

「四島少将。その死体で何を?」

「実験だよ。このコクーンはパイロットが個別で登録されていて、他者を乗せるなと、開発チームが言っていた。という事はこの機体に、別のパイロットが乗るとどうなるのか」

 四島は持っている布を雑に死体にかけた。

「じゃあ、この子をコクーンの操縦席に入れてくれる?」

「「はい!」」

 彼らはそのベッドを運び、マユが使用していない方に運びだす。

 四島は霊力が高い人間で、聖獣との意思疎通もできる。

 だが、科学的な考え方も好きな人物で、霊力ではない技術、実験に興味津々だ。

「このコクーン、実は空軍の戦闘機を改造しただけの、やっつけ機体なんだ。設計図も見たけれど、殆ど同じ。爆弾をニードル、運転席を後ろに移動しただけ」

「は?」

「というのも、開発チームが欲しいというから、パイロットが亡くなって使用しなくなった戦闘機を渡したんだ。そしたら、コクーンが生まれた」

 四島が言うには、戦闘機を百機程、用意しろと指示を受けた。だが、用意しろと言われても、新品では用意できず、パイロットが事故で死に、廃車にする予定だったものを半分以上混ぜた。

「そうしたらさ。新品の機体だけ、戻された。という事はさ」

 四島が言う。

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