休載すると、漫画家はヒマなんだなぁ。
ベッドに寝転がりながら、そう思った。
平日の昼間は、志摩を仕事で家を空けており、自分は何をすれば分からない状態。
(何をすればいいんだろう……)
インフルエンザになった時に、状況が似ている。
最初は休みが嬉しくて、やりたい事をするが、それをやりつくしてしまった。
それと凄く似ていた。
(何しよう……)
そうベッドに寝ころびながら考えていると、睡魔がやってきて眠っての繰り返し。
最初はそれでもよかったのだが、それが癖になってしまい、寝て、起きて、寝てを繰り返すというか、そうしないと体と頭が持たなくなっていった。
(運動神経が悪くても、体力だけあるのが、丈夫なのが自分の良い所だったのに――)
ご飯作って食べて、眠って、薬飲むために起きて、飲んだら寝て――
最近は特に起きている時間よりも、眠っている時間のほうが多い気がする。
(こんな生活していて、自分大丈夫?)
社会復帰への不安が大きくなり、動悸がし始める。
「肇君、君から見て、今の自分はどんな風に見える?」
布団を頭まで被り、その中で呟く。
「君がいる世界は、現実と夢の中どっちが近いの?」
肇からの返事は、勿論ない。
(そうだよね……もう君は天国だもんね……)
そう思いながら、目を閉じ、また夢の世界に戻ろうとした時、家のインターホンが鳴った。
自分は驚き、起き上がる。
ずっと鳴り続けるインターホンに戸惑いながらも、ドアスコープを覗く。
そこには、漫画家の久間の姿があった。
久間は、何かは知らないが、楽しみで仕方がないような笑顔で、自分が出るのを待っている。
(あっ――居留守しよ――)
そう思いながら、音を立てないように扉から距離を取った。
「先生!春島先生!いないの?」
絶対面倒事だ、扉を開けないのが吉だ。
そう思っていると、彼が言う。
「ていうか、生きてる?仕方がない……生存確認って、警察?消防?」
久間は戸惑ったように、携帯電話を上着から取り出す。
「あー!待って!待って!」
そんな声がドア越しでも、何故か聞こえた為、慌てて扉を開けた。
「あっ、先生。今、消防に電話するところだったんですよ」
そう言う彼の顔は、凄く爽やかなもので、先程までの行動に悪意はない事が分かる。
「久間先生、何しに来たんですか?」
「ほら、今日天気良いじゃないですか?だから、春島先生と遊びに行こうと思って!」
彼は光なのか?
そう思うくらい陽気で明るい。
「いや、自分はちょっと――」
一方、自分は地味で、暗く、ジメジメしていて、精神病に侵されている。
「療養中だから……休んでないと……遊んでいるところ見られたら、その……」
「いいんですよ、遊んでも!もし、先生に文句言う人がいたら、俺言います!」
彼は、自分に言う。
「うるさい、泣かすぞって」
先程まで陽気で、爽やかだった彼の顔から笑顔が消え、目から光が無くなる。
逆らったら、命は無い。
(多分、生きていても、干される……)
そう、彼はそれくらい権力を持っていた。
寝間着から洋服に着替え、マンションを出る。
彼の愛車であるバイクは、マンション前に駐車していた。
「久間先生ってバイクなんですね」
売れっ子漫画家の久間は、外車を乗り回しているのだと思っていた。
「いやぁ、よく言われるんですけど、バイクの方が自分に合ってて――こいつは、大学時代からの相棒なんです」
久間はそう笑い、ヘルメットを装着した。
「さぁ、先生。ヘルメットどうぞ」
彼は大型バイクのリアボックスから、ヘルメットを出し、渡してくる。
「ど、どうも……」
彼は自分とは対照的な人間すぎて、ずっと困惑している。
彼は人生を楽しんでいます、充実しています、という雰囲気で、自分の担当『高井』と同じような人間だ。
「付け方、合ってる?」
ヘルメットを渡されたが、付け方が合っているのかも、分からない。
「ただ被って、バンドをキュッと調整するだけですよ、春島先生」
そう笑い、彼はバイクの準備をし、自分にどうぞと、後ろに座るように指示した。
*
バイクのエンジン音が体に響く。
心臓が血液を送るのとは、全く異なる音、振動に、自分は新鮮さを覚える。
ヘルメットに取り付けてあるインカムから、彼の声が聞こえる。
【春島先生、桜見に行きますか?】
「桜ですか?」
久間は交差点を曲がり、方向を変える。
【て、言っても、もう葉桜ですけどね】
そう久間が言った時、信号に引っかかり、バイクは停止する。
そういえば、今年お花見していないかもなと、思う。
肇がいない事が悲しすぎて、そういう楽しい事をしなくなった。
(――志摩は行きたがっていたけど、断ったからな……)
肇がいないのに、花見に行くのは、仲間外れしているようで気が重い。
函館の孤児院での会話を思い出す。
『ほら、行事で遠足とか行った時、置いていくと可哀そうじゃないか?』
尾崎が言っていた事が少し分った気がする。
(凄く、負い目を感じるんだよな――)
だが、この場の権力、権利は自分ではなく、彼が持っている。
「じゃあ、そうしようか」
【わぁ、楽しみ。いやぁ、自分も締め切りの関係で花見できてなくて――】
信号の色が赤から青に変わる。
【楽しみです】
そう言い、法定速度ギリギリの速度で、久間のバイクは道路を走り出す。
「あばばば、速度合ってる?合ってます?」
体感だと、走り屋並みに走っている。
それは大学時代から乗り続けた彼のバイクテクニックなのだと思うが、バイク初心者というか、ニケツも初めての自分は驚き、軽い悲鳴を上げた。
通り過ぎた看板には『○○動植物園 プラネタリウム ○○○メートル先』とあったが、自分はそれどころではない。
*
他県にある動植物園に、自分達はやってきた。
「ふう、楽しかった」
久間はそう言い、爽やかな顔で、ヘルメットで、ペシャンコになった髪を掻き上げた。
やりきった顔の彼だったが、自分は気分が優れない。
(車酔いしたかも……ゲロ吐きそう……)
そう思いながら、彼にヘルメットを返還する。ヘルメットをバイクにつけたボックスにしまっている久間だったが、携帯電話が鳴る。
「はい、もしもし。今、ついたところ」
久間はそう誰かと会話をしており、その内容からその人物は、ここに来ているという事実を知る。
「えっ?レッサーパンダ?そこらへんにいるの?立ってる?レッサーパンダが?」
久間が携帯の電源を切る。
「今、丁度。知り合いとその子供が来ていて」
「聞いてない。聞いてない」
自分は帰ろうと、その場を離れようとするが、久間が手を掴む。
「待って、春島先生。帰らない!」
「いや、帰る!」
子供のような声を出し、無理やり歩き出すが、久間も引かない。
「春島先生を紹介するって言っちゃったんですよ」
「それは自分の責任でしょ?」
そう言い彼の手を振り払う。
その時の彼は、少し行き詰った顔で、そんな久間の顔を見た事無かった為、自分にも緊張が走る。
「じゃあ、こうしましょう。自分にもプライドがありますからね……」
彼は、言う。
「自分が雇っているアシスタントの時給を春島先生にお支払いします」
時給を彼は言う、その額はかなり高く、売れっ子漫画家のアシスタントは何千万、億を稼ぐという話が現実にあるのだと再確認した。

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