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 終 章 『幸福の中の幸福』②

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 宗教勧誘に来た男の子、年齢より幼く見える彼と出会って、自分の運命は変わったんだと思う。

 彼と出会わなければ、自分の心は無意識に死んでいって、漫画家という仕事も辞めていたと思う。

(肇君、今でも君の姿を思い出すよ)

 君と僕はお互い、運命の人ではなかったかもしれない。

 でも、君は自分の大切な人なのは、今も昔も同じで、今だって君を愛おしく感じる。

 数時間後、プールから上がった孤児院の子供達をお風呂に入れ、服の泥を最小限まで落とし、洗濯機に入れる。

「じゃあ、二人共お気をつけて」

「漆先生、ばいばい」

 彼の嫁が孤児院の子供達と一緒に見送りをしてくれた。

 近所の花屋に寄り、墓参り用の花を用意する。

 そこから霊園は近く、そこに入ると、何となく爽やかな風が吹き、頬を撫でた。

 彼の墓石に向かい、辿り着く。

「肇君、お久しぶり。元気だった?」

 君は死んでも、とても清い。

 神様に愛されている君だから、そっちの世界でもうまくやれているだろう。

 霊園を出て、尾崎と別れ、自分は市電を乗り継ぎ、函館駅に移動する。

 函館駅の前で、人を待っていると、子供の声が聞こえる。

「お父さん!」

 自分の事をそう言い、幼稚園児の少年が駆け寄ってきた。

 その子は自分に抱き着き、腹に頬ずりをする。

「おまたせ」

 自分は微笑み、その子の頭を撫でる。

 この子は幼いのに、よく話をする。

 言葉自体は幼いから、不自由なはずなのに、よく楽しかった話をする。

 愛情を自分達、家族に注ぐ。

「捕まえた」

「捕まっちゃった」

 自分を捕まえた少年は、自身が来た方向に顔を向け、声を出した。

「パパ、お兄ちゃん。早く!早く!」

 その子は嬉しそうな顔をし、自分が来た方向に手を振る。

「もう、急に走るんだから」

「まぁ、お父さんと旅行が初めてだし、はしゃぐのは仕方がない」

 その方向には、自分のパートナーであるオメガの男性と、中学生になりたての少年の姿がある。

 中学生になり、少し生意気さが増した少年に、隣の男性が微笑み、声をかける。

「楽しみ過ぎて、前日寝れなくなったのは、誰君かな?」

 その男性は、オメガらしい細い体つき、切れ目の瞳、日本人らしい顔立ちで、自分と同い年だというのに、老いを感じさせなかった。

「お友達のお墓参り、終わった?」

 男性の落ち着いた様子で、自分に問いかけた。

(あっ、やっぱりいいなぁ……)

 その顔や表情に色気があり、自分はとても胸がときめいた。

「うん、終わったよ」

 自分がそう言うと、抱き着いていた少年が体勢を変え、自分の手を握る。

「お兄ちゃん、もう片方の手、繋いで」

「ん――」

 中学生になり、ツンツンしてきた彼も、弟には甘いようで、優しく微笑み、反対の手を握る。

 すると、少年が自分達に言う。

「そういえば。これから、ホテルでご飯?」

「そうだよ、食べ放題で蟹もあるって」

 そう自分の隣にいるオメガは、そう子供に言い、その場はふわふわとした、穏やかな雰囲気になる。

 その後、他愛ない会話を彼らとした後。

 中学生の息子が何かを思ったのか、思い出したように言葉を出す。

「そうだ――」

 何故、そんな言葉が出たのか分からない。

「お父さん。僕、幸せだよ」

 家族よりも、君の事を思っていたのを察したのか、それとも君が言う神様の悪戯なのか。

 その言葉を彼が口にした。

「そうだね。自分も同じだよ」

 君の死で、どれだけの人が心を痛めたか。

 自分は君の友人や親戚の名前も存在も知らないけれど、そんな関係だったけれど、自分はそれでも。

 自分が自分の息子であるこの子と、初めて顔を合わせた時、彼が名前を自分に教えてくれた時、彼の名前と君のソウルネームが一緒だった時、その感動、その運命を忘れた事は無い。

 その後、下の子が生まれて、その子の無邪気な顔が、純粋無垢な顔が君と何度重なった事か。

 神様に愛されていたのは君だけではなく、自分もだったという事に気がついたのは、君の死から大分経過した頃だ。

 数秒後、自分の少し後ろを歩いていたパートナーの男性が自分の腕に両手を伸ばし、抱き寄せた。

「難しそうな顔してる」

 そう言い、微笑む彼に、自分は微笑み返す。

 何となく、隣の彼は、墓参りした相手がただの友人ではないと気が付いている気がする。

『自分は運命とか、分からないし、知る事もないけれど、それでも君を愛してる』

 家庭を持った今、君に対する『好き』は、変化してしまっているかもしれないけれど、君が自分の中で永遠でいる限り、自分は清い愛を抱き、それを永遠に注ぐだろう。

 天国に行った時、その愛と容姿があの時に戻るのは内緒。

 手を握った少年が嬉しそうに笑いながら、自分に問いかける。

「私ね、今すごく幸せ。お父さんは?」

「うん、幸せだよ」

 君と同じ名前を呼ぶ。

『神様に愛されている君へ』終わり

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