宗教勧誘に来た男の子、年齢より幼く見える彼と出会って、自分の運命は変わったんだと思う。
彼と出会わなければ、自分の心は無意識に死んでいって、漫画家という仕事も辞めていたと思う。
(肇君、今でも君の姿を思い出すよ)
君と僕はお互い、運命の人ではなかったかもしれない。
でも、君は自分の大切な人なのは、今も昔も同じで、今だって君を愛おしく感じる。
数時間後、プールから上がった孤児院の子供達をお風呂に入れ、服の泥を最小限まで落とし、洗濯機に入れる。
「じゃあ、二人共お気をつけて」
「漆先生、ばいばい」
彼の嫁が孤児院の子供達と一緒に見送りをしてくれた。
近所の花屋に寄り、墓参り用の花を用意する。
そこから霊園は近く、そこに入ると、何となく爽やかな風が吹き、頬を撫でた。
彼の墓石に向かい、辿り着く。
「肇君、お久しぶり。元気だった?」
君は死んでも、とても清い。
神様に愛されている君だから、そっちの世界でもうまくやれているだろう。
*
霊園を出て、尾崎と別れ、自分は市電を乗り継ぎ、函館駅に移動する。
函館駅の前で、人を待っていると、子供の声が聞こえる。
「お父さん!」
自分の事をそう言い、幼稚園児の少年が駆け寄ってきた。
その子は自分に抱き着き、腹に頬ずりをする。
「おまたせ」
自分は微笑み、その子の頭を撫でる。
この子は幼いのに、よく話をする。
言葉自体は幼いから、不自由なはずなのに、よく楽しかった話をする。
愛情を自分達、家族に注ぐ。
「捕まえた」
「捕まっちゃった」
自分を捕まえた少年は、自身が来た方向に顔を向け、声を出した。
「パパ、お兄ちゃん。早く!早く!」
その子は嬉しそうな顔をし、自分が来た方向に手を振る。
「もう、急に走るんだから」
「まぁ、お父さんと旅行が初めてだし、はしゃぐのは仕方がない」
その方向には、自分のパートナーであるオメガの男性と、中学生になりたての少年の姿がある。
中学生になり、少し生意気さが増した少年に、隣の男性が微笑み、声をかける。
「楽しみ過ぎて、前日寝れなくなったのは、誰君かな?」
その男性は、オメガらしい細い体つき、切れ目の瞳、日本人らしい顔立ちで、自分と同い年だというのに、老いを感じさせなかった。
「お友達のお墓参り、終わった?」
男性の落ち着いた様子で、自分に問いかけた。
(あっ、やっぱりいいなぁ……)
その顔や表情に色気があり、自分はとても胸がときめいた。
「うん、終わったよ」
自分がそう言うと、抱き着いていた少年が体勢を変え、自分の手を握る。
「お兄ちゃん、もう片方の手、繋いで」
「ん――」
中学生になり、ツンツンしてきた彼も、弟には甘いようで、優しく微笑み、反対の手を握る。
すると、少年が自分達に言う。
「そういえば。これから、ホテルでご飯?」
「そうだよ、食べ放題で蟹もあるって」
そう自分の隣にいるオメガは、そう子供に言い、その場はふわふわとした、穏やかな雰囲気になる。
その後、他愛ない会話を彼らとした後。
中学生の息子が何かを思ったのか、思い出したように言葉を出す。
「そうだ――」
何故、そんな言葉が出たのか分からない。
「お父さん。僕、幸せだよ」
家族よりも、君の事を思っていたのを察したのか、それとも君が言う神様の悪戯なのか。
その言葉を彼が口にした。
「そうだね。自分も同じだよ」
君の死で、どれだけの人が心を痛めたか。
自分は君の友人や親戚の名前も存在も知らないけれど、そんな関係だったけれど、自分はそれでも。
自分が自分の息子であるこの子と、初めて顔を合わせた時、彼が名前を自分に教えてくれた時、彼の名前と君のソウルネームが一緒だった時、その感動、その運命を忘れた事は無い。
その後、下の子が生まれて、その子の無邪気な顔が、純粋無垢な顔が君と何度重なった事か。
神様に愛されていたのは君だけではなく、自分もだったという事に気がついたのは、君の死から大分経過した頃だ。
数秒後、自分の少し後ろを歩いていたパートナーの男性が自分の腕に両手を伸ばし、抱き寄せた。
「難しそうな顔してる」
そう言い、微笑む彼に、自分は微笑み返す。
何となく、隣の彼は、墓参りした相手がただの友人ではないと気が付いている気がする。
『自分は運命とか、分からないし、知る事もないけれど、それでも君を愛してる』
家庭を持った今、君に対する『好き』は、変化してしまっているかもしれないけれど、君が自分の中で永遠でいる限り、自分は清い愛を抱き、それを永遠に注ぐだろう。
天国に行った時、その愛と容姿があの時に戻るのは内緒。
手を握った少年が嬉しそうに笑いながら、自分に問いかける。
「私ね、今すごく幸せ。お父さんは?」
「うん、幸せだよ」
君と同じ名前を呼ぶ。
『神様に愛されている君へ』終わり

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