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 第八章『季節は巡る』③

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 入館料を払い、動物ゾーンに入り、動物を眺める。

「あっ、可愛い」

「本当だ、可愛い」

 ポニーやアルパカを見て、癒される久間と自分はもうアラサー。

(そういえば、自分に会いたい人物って、どんな人だろう……)

 自分は久間と違って、こうメディアに出ていない。

 あったとしても、この間の久間の動画配信に出たくらいである。

(変な人じゃなければいいんだけど……)

 そして、待ち合わせの場所、レッサーパンダの展示前に辿り着く。

 そこには、アオイ少年と同じくらいの男の子と、オメガだろうかスラリとしたスタイルの良い男性が見える。

「こんにちは。ミチルさん」

 ミチルと呼ばれた男性は、自分達の方を見た。

「あっ、お久しぶり」

 彼は久間ではなく、自分の方を見て微笑む。

(ん?この人、どこかで会った事あるかな?)

 自分はこの人が誰で、何処であった人なのか、全く思い出せずにいる。

「元気だった?」

 彼は、自分にそう言う。

「ま、まぁ……」

 視線を逸らし、白い嘘を吐く。

(久間先生、どうにかしてくれよ……)

 そもそも、久間の知り合いなのだろう。

 そう思いながら、久間の方を見るが、彼はその人が連れていた子供と、仲良く話している。

 そして、久間がある言葉を出す。

「じゃあ、この子と動物、見て回るねー。行こうか」

「うん!」

(おい久間!いい加減にしろ!)

 初めて、久間に対し殺意が沸いた。

 だが、彼は自分の事なんか気にも留めず、子供と手を繋ぎ、別の方向に歩き出す。

(マジで、置いていきやがった……)

 そう思いながら、二人の背中を眺めていると、すぐ傍の彼が言う。

「ねぇ、ここにずっといても、仕方がないし、建物に入らない?プラネタリウムがあるんだって」

 ミチルと呼ばれていた男性がそう言い、自分をプラネタリウムに誘った。

(この人は誰なんだ……)

 そう思いながら、二人で館内の廊下を歩いていると彼が言う。

「もしかして、俺の事思い出せてない?」

「えっと、その――はい――」

 彼の言葉を真剣に聞く。

「じゃあ、ヒント出していこうかな?じゃあヒント1、初夏に出会いました」

 この時点で自分は、ピンと来ていない。

「ヒント2、出会った時、君は大学生です」

 同じ大学にこんな人いたかなと、少し考えるが、いたとしても接点がないだろう。

「ヒント3――」

 自分はそのヒントで、彼の事を思い出し、身の毛がよだつ。

「宗教勧誘」

 彼は先程のにこやかな表情を消し、無表情でその単語を出した。

『今日、暑いですね。もしよければ、僕がお金出しますので、何処か涼しい場所で休憩しませんか?』

『一緒にホテル、行こっか?』

 自分は当時の事を鮮明に思い出し、怯える。

 性欲に負け、ホテルで筆おろししてもらったものの、宗教勧誘されるのが怖くなって、お金だけ置いて逃げた時の人だ。

「あー、すみません!ごめんなさい!」

 今の自分には謝る事しか出来なかった。

「分かれば、よろしい」

 だが、記憶の彼は幽霊のようなハッキリしない表情をしていたが、今目の前にいる彼はハキハキと言葉を出し、表情豊かだ。

「えっと、裁判と慰謝料ですか?それとも宗教勧誘ですか?」

 裁判なら、志摩がいるから、慰謝料を最低限に出来る。

(でも、それって最低な事なのでは?)

 今すぐ、過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 そう思っていると、彼が言う。

「いや、どっちでもないよ。ただ、会って話したかっただけ」

 彼は壁に貼られている天体観測の資料と写真を見ながら言葉を出す。

「あの後すぐ、宗教やめたの」

「えっ?あんなに熱狂的だったのに?」

 そう言うと、彼は少しムッとした顔で自分の事を見た。

 自分が熱狂的だったとか言った為、それが引っかかったらしい。

「ご、ごめん……」

「無神経なんだから……大学生の頃の方が、しっかりしてたよ、君」

 彼はそう言い、再び星座の写真を眺める。

「子供ができたの」

 先程の子供を思い出す。

(そうか、あの子がその――)

 自分がしみじみ思っていると彼が言う。

「親と縁を切ってまで、どっぷり浸かった宗教だったけど、あれは洗脳に近いね。目が覚めると、一瞬で嫌いになる」

 当時、浪人していて、親との関係は険悪。

 そんな中、勧誘を受け、どっぷり浸かったという。

 そんな中、自分と出会う。

 自分が去って、数か月後、妊娠が判明した。

 だが、今まで優しくしてくれた人達の態度がそれで豹変したという。

「その子は悪魔の使いだから、堕ろせって」

 彼はそう言われたという。

 それで、目が覚め、脱会し、子供を産み、育てる事を決めた。

「そっか、大変だったんだね。子供の父親とは連絡とか取ってるの?」

 そう何気なく言うと、彼は嫌な顔をして、それで察した。

 体中の汗腺から、体の水分が抜けていく。

 汗が滝のように流れていく。

「自分でしょうか?」

「うん……」

 当時の恋人はベータの女性で、しかも気持ちが冷めていた。

 宗教勧誘で、男性の対応はしたというが、交わった男性は、自分だけだという。

「ごめんね……」

 子供は九歳か、八歳くらいだろう。

「別にいい。親は、自分がカルトやめて戻ってきたのが、嬉しかったみたいだし」

 そう言い、彼は自分の方を見る。

「ずっと探してたから。今、会えて嬉しい」

 彼はそう言い、自分の手を握る。

 その手は温くて、指はとても細い。

 肇とは、全然違う手。

「自分の事、恨んでないの?逃げたのに」

「まぁ、あの状況なら逃げるかなって、今なら思うし――後、子供を産んで考え方が変わったかな」

 彼は言う。

「昔なら、若い時なら、無理って言って逃げていた事も、大人になったら受け止められたり、意外と平気になったりするでしょ」

 彼は手を握りながら、歩き出した。

「拒んでばかりじゃ、疲れるでしょ?意外と受け入れたら、割り切れるというか」

 嫌いな物の食べられるようになると近いのかもと、彼は言った。

 その説明がしっくりくる。

 自分は、彼のその言葉で少し安心する。

 肇がいなくなってから、張り詰めていた。

 しっかりしなきゃって、思っていたのが、自分を傷つけ、追い詰めていた。

 受け入れたら、楽になる事もある。

「大人になるって、歳を取るって意外と悪くないよね」

 そう言い、彼は笑う。

「嫌なら、付き合わなくてもいいし、お金とかもいいから、時々自分達と会ってくれる?」

 そう言い、彼は自分の頬に軽く口づけをした。

「君は自分がいない間、どんな人生だった?」

 そう彼は言い、自分に微笑みかけた。

「自分は――」

 肇の事が頭を過る。

 だが、その話は自分の心に秘めた。

(この話は、しなくてもいい……)

 そう思いながら、握られた手を握り返す。

 プラネタリウムで星を二人で見た後、久間と息子と合流する。

 アオイ少年が懐いてくれなかった為、自分は結構緊張した。

「ほら、おいで」

 ミチルに呼ばれたその子は、少し照れていた。何故か、他人である久間の後ろに隠れている。だが、自分の事が嫌な訳ではないようで、耳まで真っ赤になっているのが見えた。

 どうやら、彼は照れ屋のようだ。

 自分が久間と彼の方に歩み寄ると、その子も勇気を出し、久間から離れ、歩み寄ってくる。

「自分は『春島 漆』っていうんだ。君の名前、教えてくれる?」

「僕は……」

 その子は自身の名前を言った。

 聞き間違いかと一瞬、思った。

 神様、本当にありがとう。

『先生、僕ね。今ならね、神様を信じていいと思うんだ』

『ねぇ、先生。僕の宗教上のお名前。本当の名前教えてあげるね』

 目の前の少年から、名前を聞いた瞬間、涙が溢れ出た。

「ごめんね、急に泣き出して……」

 自分がその場で涙を流し始めると、目の前の少年は手を伸ばし、自分の頭を撫で始めた。

(肇君、自分はもう少し頑張るよ――)

 だから、君は天国で見守っていて。

 自分が老人になって、天国に行った時、声をかけて。

 そしたら、自分は君に抱き着いて、今の姿に戻るから。

 その時は、口づけを交わしてね。

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