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 第八章『季節は巡る』①

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 四月の上旬、桜が咲き、入学式を終えた学生達が、青春、恋に心を躍らせていた。

 そんな中、インドア派の小学生が始業式後、早く帰ってきたのをいい事に、ごろごろ、ごろごろと――

カーペットが敷かれた床に寝転がり、タブレットで動画を見ている。

「動画ばかり見てると、目が悪くなるよ」

 彼の親であるオメガの男性が、ハンドクリーナー片手にやってくる。

「ダメ、今いい所」

「仕方がないな……」

 そう言い、彼は掃除機のスイッチを入れ、息子の脇腹を吸う。

「あぁぁぁ、やめて」

 脇腹を吸引された子供は、悶え、悲鳴を上げる。

 見ていたタブレットは、少年から離され、父親がそれを手にした。

「全く、今の子供は――」

 年寄り臭い口調で、男性はそう言い、奪ったタブレットに目を移す。

 そこには、漫画家がホワイトボードに、絵を描いたり、お便りを読んだりしている。

 そこにいたのは、息子がファンである漫画家と、もう一人。

【ゲスト 『春島 漆』】

 男性は、見覚えのある彼に目を奪われた。

 平日の日中、都内の精神病院。

 白い診察室、白い白衣を着た若いアルファの男性は笑顔で言う。

「鬱病ですね」

 精神科の先生は、容赦なく病名を言う。

 最初は気怠さだった。

 それが日に日に大きくなり、そのうち、何も悲しくないのに、泣き出したり、感情のコントールができなくなっていった。

「病院に行こう」

 それを見かねた志摩が病院に連れてきたのだった。

「いや、軽度なので、大丈夫ですよー五月病とかあるじゃないですか?それの五月じゃないバージョンみたいなー」

 自分は初めてこの病院を受診して、この先生と会話をしているが、凄く苦手だと思った。

「お仕事はー、そうですね。お休みを取れるなら取ったらいいし、ストレスを感じるものは切れるのなら切った方がいい」

 この先生がストレスだとも思う。

「心のお薬――いや、抗うつ剤処方するので飲んで下さいねー」

 医者がそう言うと看護師が、放心状態の自分を椅子から立たせる。

「後、自殺未遂とかやめてくださいねー貴方の場合、体が丈夫なので、薬を大量に飲んでも、飛び降りても、手首切っても、死ねませんからねー」

 そして、自分が上着を着て、部屋を出ようとすると、彼が自分の名前を呼ぶ。

「春島さん」

 自分が医者を見ると、彼は真顔で言う。

「――まじで、自殺未遂とか、やめてくださいね」

 この病院嫌い、もう来ない。

 そう思いながら、待合室で子供のように泣く。付き添いの志摩が隣に座り、自分の頭を撫でる。

 タクシーで帰宅した後、電話で担当編集にその旨を説明すると、彼はゆっくり休んでくださいと、承諾してくれた。

「よかったな。仕事休めて」

 彼はそう言い、スーツに着替える。

「ごめん。半休取らせて……」

「いや、いい。大事な人がいなくなって、正気のほうが珍しいんだ」

 そう言い、志摩は家を出た。

 自分はベッドで横になる。

(あー、君と初めて会った時も、具合が悪くて……)

 また、インターホンを鳴らして、会いに来て――

(そうだ。もう、君はいないんだった……)

『先生!』

 もう声は聞こえない。

 この声もずっと覚えている訳ない。

 いつか忘れてしまう。

(悔しいよ。自分が憎いよ。何で、人間って、記憶って忘れてしまうの?)

 出版社で動画配信した後、漫画家二人が、世間会話をしている。

「そういえば、久間先生って、色々な漫画家さんと動画撮ってるじゃないですか?」

 誰とのコラボが一番楽しかったんですかと、その漫画家は言った。

「やっぱ、春島先生かな。あの人の作品は、素晴らしい。線、一つ一つが繊細で、無駄がない。背景のパースも一ミリも狂いが無い」

「確かに、あの人が描く女の子はとても良い」

 話を聞いていたかなと、久間は思ったが、それは言わず、静かに微笑んでいる。

 すると、久間の担当編集が言葉を出す。

「そういえば、春島先生。子持ちのオメガの男性と付き合ってるんだって」

久間の担当編集の女性が言った。

「たまたま高井君の代わりに催促の電話をしたら、お付き合いしているという男性が出て、聞いてもないのに、ツラツラと――」

「「えっ?」」

 その瞬間、漫画家二人が乙女のような顔をし、口を両手で押さえる。

「春島先生にも、そんなロマンスが」

 久間の声は、とてもキャピキャピしていて、とても喜んでいる事が分かる。

「でも、クリスマス前に会った時、その話をしたら、何か別れたんだって」

 担当編集にそう言われ、二人がしょんぼりした顔をしだす。

「別れちゃった……」

「あー、悲しい」

 そう二人が声を出すと、その場の誰かが声を出した。

「えーでも、クリスマスにオメガの男性とラブホに入るの、見かけましたよ?」

 そう言うのは動画を撮影していたスタッフで、カメラを片付けながら、そう言う。

「えっ?復縁した?」

「凄く気になるんですけど」

 そう久間と、もう一人の漫画家が顔を見合わせていると、漆の担当編集がやってきた。

「あっ、高井さんお疲れ様です」

 彼に久間が言う。

「高井さん。春島先生って、オメガの男性と付き合っているんですか?」

 そう言われた高井だが、彼は渋い顔をした。

「彼、自分の事はあまり話さないからな」

 そっかぁと久間がしゅんとするが、高井は思い出したように言った。

「あーでも、この間お邪魔した際、先生と違う大きさの革靴が玄関に置いてあったかも」

 漫画家二人の表情がパァッと明るくなる。

「でも、今ロスとかで、鬱病になって、休載が決まりました」

 高井はそう言い、その場を去る。

「今ってさ。別れている、で合ってる?」

 久間は一緒にいる漫画家と、答え合わせを行う。

「合ってると、思う……」

 漆のラブロマンスで盛り上がった後、久間は出版社を出る。

「じゃあ、久間先生。僕、こっちなので」

「今日はありがとう。また、動画手伝ってよ」

 そう言い、今まで一緒だった彼と別れる。

(いい天気、春がもうすぐ来ますって感じ)

 まだ、日は落ちておらず、これから散歩でもしようかなと、久間は思う。

 すると、会社の前で、小学生の男子を連れているオメガの男性を見かける。

 そのオメガは、少しソワソワしながら、会社から出てくる誰かを待っているように見えた。

 丁度、その話をしていた為、久間は気になり、二人に声をかける。

「あの、誰か待って――」

「えっと……」

 そのオメガは、細身で、整った顔、色の白い肌、艶やかな黒髪は絹のようだ。

(オメガやアルファって、何で美形が多いのだろうな――)

 そう彼を見ていると、彼は少し警戒したような表情をした。

 その瞬間、彼の隣にいた少年が声を出す。

「あっ、久間先生だ!本物だ、本物!」

 子供は素朴そのものという見た目で、久間の事を知っているらしく、凄く喜んでいる。

「漫画、いつも読んでます!大好きです!」

「ありがとうねー」

(こういうの見ると、やっぱ動画配信していて、よかったと思うなぁ……)

 久間は、彼に微笑みかけ、彼とハイタッチをする。

「あの、動画の人ですか?」

 すると、警戒し、鬱陶しそうな顔をしていた彼が声を出した。

「そうですけど」

「春島先生と動画撮っていましたよね?」

 そこで久間は、察する。

(あー、そういう事か。この人が春島先生の恋人だった人かー。うんうん、美形だし。春島先生、面食いっぽいもんなー、納得)

 そう漆の事をよく分かった風に思うが、実際、漆との接点は殆ど無い。

(漆先生、この人との失恋で、憂鬱らしいし、元の鞘に収まれば、良くなるはず――)

 余計なお世話だが、久間は漆の為に行動した。

「もし、嫌じゃなかったら、彼との仲を取り持ちますよー」

 久間はそう言い、彼と連絡先を交換する。

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