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 第三章『憧れとの再会』②

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 時が流れ、再来週の土曜日、同窓会。

 まぁ、同窓会と言っても、自分も志摩も東京出身で、大学や就職でも地元を離れていない為、指定の居酒屋で顔見知りと安酒を飲むというだけ。

「緊張する」

「緊張する要素無いじゃん」

 自分が緊張した様子で、指定の居酒屋の入り口前で深呼吸すると、隣の志摩が 躊躇もなく、暖簾を潜り、入り口の扉を開けた。

 そして、中に入り、声をかけてくる従業員の女性に『同窓会』とだけ言う。

 席に案内する従業員について歩く志摩の後を、急ぎ足で自分は追いかける。

 同窓会の会場は、居酒屋の二階の広いスペースだった。

 そこには何十人もの男女がおり、もう出来上がって横になり、眠っている人物もいた。

「あっ、春島と志摩じゃん」

 誰かが自分らに話しかけてくるが、自分はその人物に見覚えはない。

「あっ、久しぶり……」

 でも、彼の名前も当時のあだ名、姿も思い出せない。

(意外と憶えていないんだなぁ……)

 自分に記憶力が無かったのか、それとも他人に対して関心が無かったのか。

 それはよく分からない。

「相変わらず、志摩とセットなんだなぁ」

 そう言われ、その顔も名前も憶えていない人物は自分の肩を馴れ馴れしく叩く。

(マジで思い出せない……)

 誰でもいいから、彼の名前や苗字を自然な感じで呼んでくれ、そう思った。

 少し罪悪感が芽生えてきた時、その人物が村雲の名前を呼んだ。

「村雲、春島と志摩が来たよ!」

「えー、本当。うわぁ、ホントに久しぶり」

 村雲の姿を見て、驚愕する。

 そこには濃い化粧、上品に巻かれた長い髪、女性用のワンピースのオネエがいた。

 スポーツマンだった時期があるからか、体格はガッチリしており、太めで筋肉質の腕や足がワンピースから生えている。

「驚いた?」

「あー、うん。ちょっとだけね……」

 そうは言うが、とても動揺している。

「まあまあ、とりあえず一緒に飲もうよ。二人は何、注文する?」

 村雲は気遣い上手なのは変わらずなようで、自分は安心するが、ボディタッチが多く、入店前と別の緊張感が自分を支配する。

 とりあえず、志摩と自分は生ビールを注文し、村雲と乾杯する。

「他から聞いたよ。今、漫画家さんなんだって?」

「あー、うん。そんな感じ」

「エッチなのなんだって?」

 彼はエロ漫画家の道を歩んでいる自分の人生を興味深そうに話題にするが、皆それよりも村雲の人生に興味があるはずだ。

「そういえば、お前って雰囲気変わった?」

 志摩が空気を読まず、いやこの際は読めたのか、村雲に言った。

 すると、彼は軽い感じで、愛想よく答えてくれた。

「あぁ、大学時代にね。髭が濃いのが気になって、ホルモン注射を打ったのね」

 そう言いながら、村雲は自分のジョッキに残った生ビールを飲みほした。

「そしたら、少し女性的思考というか『可愛くなりたい!』みたいな考えになって、今こういう感じ?今、二丁目でバーのママしてる」

 今度遊びに来てよと彼は笑い、女性用のショルダーバッグから、自分の店の名刺を自分と志摩にそれぞれ渡した。

 志摩はそれを無表情で受け取り、自分のズボンのポケットにしまう。

「志摩とは相変わらず、仲が良いの?それとも久しぶりに会った感じ?」

 自分達にそう訊ねる村雲に志摩は即答で答える。

「一緒に住んでる」

 同窓会に来ていた皆の視線が自分達に同時に向いた。

 だが、村雲はそんな事、気に留めなく会話を続ける。

「えー、同棲?」

「ち、違うコイツが自分の家に転がり込んできただけで……」

 言い訳をするが、皆の視線が痛い。

「奥さんとか気にしなかったの?」

「いや、自分も志摩も独身で……」

 そう自分が言うと、何人かの女子とオメガ達が、志摩の元にやってきて、話しかけてくる。

「ねぇ、志摩君。高校の頃、バレンタインチョコ渡したの、覚えてる?」

「あんたは高校の時、彼氏いたじゃない?」

「ねぇ、志摩君。彼女とかいるの?」

 皆、目が真剣で、肉食動物が獲物を捕らえる前のものに似ている。

「というか、この居酒屋、カラオケの機械があってさ。一緒にデュエットしない?」

「志摩君が歌っている所、見たいなぁ」

 そう数人に言われ、志摩は別のテーブルに移動、いや――攫われた。

「あーらら、捕まっちゃったわね」

「ははは……」

 独身とシングル子持ちが志摩に群がるのを見て、自分は血の気が引いていると、村雲が自分にこっそり言う。

「春島君は高校時代に好きだった人とか、憧れだった人いる?」

「いや、そういうのは……」

 恋愛感情とは違うが、憧れの人物が隣に既にいる。

 がっかりというか、変わりように驚いたが。

「じゃあ、小学や中学からの知り合いいる?」

「中学からは志摩くらいで……小学の頃、一緒の学校だったのはその……城永君ぐらいかな……高校で同じクラスになった事ないけど」

「そうなんだ。そういえば、城永君来てるよ」

 自分は彼が来ているとは思わず、動揺する。

「えっ?えっ?」

「城永くーん、こっちにおいで!」

 オネエの行動力は凄い。

 一分もしないうちに、一人の男性が自分達の元に来た。

「どうしたの?」

「春島君が城永君とお話したいって」

「い、いや。彼とは高校時代にあまり接点ないし……彼も今、仲のいい人と話していたはずだから、自分なんかより……元のテーブルに戻ったほうが……」

 かなり拗らせた言い訳をする。

 こういう憧れの人と再会というのは、がっかりするのがオチで、自分は視線を逸らしている。

(実際、村雲もがっかりした訳だし……城永君も……)

 彼の足元が見える。

 灰色の靴下、その下にある小さく細かい足の指から小柄な体格は変わらない事が分かる。

「もう、男らしくないなぁ!はい、視線を上げる!」

 後ろから顎を掴まれ、視線を無理やり、視線を上げられる。

「あっ――」

 そこには、少し大人になったものの高校時代と変わらない愛らしい顔があった。

 自分の心臓が高鳴る。

「お久しぶり」

 彼も大人になったのだろう。

 精神的に成長したのか、高校時代の気まずさは感じていないようで、にこやかに挨拶をする。

「うん、お久しぶり」

 そこから三人で会話をする。

「彼とは科が違うからクラスが一緒になった事は無いけれど、生徒会が一緒でね」

「聞いていたけれど、まさか化け物になっていたとは思わなかったよ」

 そう言う城永は、自分の隣に座り、持ってきたハイボールを飲む。

(良い匂いがする……)

 香水の匂いだろうか、甘い花にスパイシーさがある香りだ。

 そして、体質なのか、酔って頬が少し赤らんでいるのが、とても可愛らしい。

 自分が過去の因縁なんか放り投げ、彼の綺麗な顔に釘付けになっていると村雲が言う。

「もう、何を言うのよ。顔が良い奴は駄目ね、春島君も恋愛する時、気を付けなさいね。人の心とか努力とか、分からないんだから」

「オネエの気持ちは分かりませーん」

 そう言い、近くのメニュー表を手に取る城永は、自分に食べたいメニューはないか、お酒のお代わりは必要かを訊ねてきた。

「そんな生意気言うから、旦那に捨てられるのよ」

「捨てられてない。捨てたの」

 彼は不機嫌そうにそう言うが、その事実に自分は動揺を隠せない。

「城永君、結婚したんだね……」

「二年前に離婚してけどねぇ。私、ハイボール追加したいから、一緒に注文して」

 隣のオネエがそう言う。

「そういえば、首のそれは解除しないの?戸籍上、離婚はしてるのよねぇ?」

 彼の首の後ろには、番の証拠である噛み跡がくっきり付いている。

「子供がもう少し大きくなるまで、このままかな?」

 城永はそう言いハイボールを飲み干す。

そして、たまたま料理を運びにきた店員を呼び止め、追加のハイボールを彼は注文した。

「子供もいるんだ……」

 村雲の件とは違うけれど、城永に少し期待してしまった分、反動でがっかりする。

「再婚なんてされたら、悔しいもんねぇ」

「悔しいとかじゃなくて。解除したらすぐ彼女や嫁作るでしょ?親権はあっちだし、新しいパートナーが子供に優しいかなんて分からないから」

 そうベラベラ話す彼は、村雲の事を信頼しているのであろう。

「後、悔しくなんかない!」

 後、結構酔っているかなと思う。

 追加のハイボールよりも、お冷やお茶でクールダウンしたほうが良いのではなかろうか。

「城永君、お冷注文しようか?」

 そう隣の彼に言うと、城永は気に入らない顔をし、自分の頬を摘まむ。

「お前、生意気だぞ。好きに飲ませろよ」

「ご、ごめんなひゃい――」

 離婚の理由は、彼の酒癖の悪さなのではないかと、謝りながら思った。

「生意気――」

 そう言い、自分の肩に寄り掛かり、顔をすり寄せる。

(今日、来て良かった……)

 自分が感極まっていると、追加分の唐揚げがテーブルに来た。

「レモンはそれぞれの小皿で、マヨネーズは二度付け禁止ね」

 そう村雲に言われ、自分は唐揚げと最初の生ビールを飲み干し、追加のハイボールを飲む。

 料理はどれも美味しく、酒が進む。

 城永が好きに飲ませろと言うのも分かる気がする。

 すると、無音だった宴会場に志摩の歌声が響き渡った。

 下手でもなく、上手くもない平均的な歌声に、お酒が入っているからか皆、大盛り上がり。

アーティストのライブかなと思うくらいに、歓声が沸く。

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