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 第三章『召喚と掃除の憂鬱』⑤

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 一方、その頃アクア。

 校内の廊下を歩き、呪物らしい人形を持ち運ぶ。

 正確には使い魔を抱っこし、そのケルモドが人形を嬉しそうに口に咥えている。

【ぎぇぇ――】

『なんか、また鳴りましたね。ところでアクア君、何所に行こうとしているんですか?』

 そうセゾンが言い、アクアの隣をふよふよと浮く。

「とりあえず、こういうのが好きな連中の元に行こうと思ってな」

 ここの学園は旧校舎と新校舎があり、今年の初め、そこを行き来できる通路が増築された。

 基本、旧校舎は中等部が使用、新校舎を高等部が使用している。

 高等部一年生で、この間まで中等部だったアクアには、旧校舎の方が長く、親しんでた。

「黒魔術研究会の基地が旧校舎だったから、そこに行くんだ」

 旧校舎までの道を通り、古く重い扉を開けると、じめッとした空気、古い木の匂いが鼻を抜ける。

『相変わらずですね、ここ。ボロいし、汚いし、たまに使いっぱなしの雑巾が落ちているし』

「まぁ、それも味じゃね」

 三階に上がり、一番奥の扉を微かに開け、中を覗く。

 すると、そこにはローブを着た二人の男子生徒がいた。

 赤い着色料で床に書いた魔法陣に、蝋燭を立てている。

 蝋燭の先には、線香花火のような電気の火花が飛んでいる。

「ふふふ、召喚の儀式ですよ……」

「悪魔を今日こそ、召喚しましょう……」

 あの夜、自分が変なテンションでボコボコにしてしまった二年生二人のようだ。

 彼らが呪文を呟いたので、それを見守る。

 だが、悪魔どころか、何も現れない。

「失敗かな?」

「仕方がないよ。魔導書には詳細が書かれてないし、少しずつ調整して頑張ろう」

 二人がそう言い、深くかぶっていたフードを脱いだ。

 銀髪で猫目の美少年と、鷲鼻で瞳が細い狐顔の黒髪の青年だった。

「仕方がない、俺が召喚されてあげよう。なっ?ケルモド」

 ケルモドは人形を咥えているので返事はできない。

その代わり、尻尾をブンブン振り、アクアに答える。

『えっ?』

 セゾンはそのやり取りに戸惑い、声を漏らすが、アクアはバンと堂々と部屋に入る。

「頼もう!」

 アクアはおそらく、歓迎されると思っての行動だったのだが、彼らはそうではない。

 自分らをボコボコにしたアクアをよく思わないというか、恐怖でしかない。

「アクア!何故、お前がここに!」

「ヤダ!困る!またボコボコにされちゃうよぉ!」

 悪魔を見たような形相で、アクアを見ていた。

「きゃん!」

 ケルモドが吠えると、人形が床に落ち、それを拾おうとしてアクアがしゃがむ。

「動かないで、せめて部長が戻ってくるまでの間だけでも!」

 だが、アクアにはそれが聞こえていないらしく、人形を拾い上げる。

「何をする気だ。その人形で、俺達をどうする気だ」

 黒髪狐顔がそう言うと、ケルモドがまた吠え、アクアの腕をすり抜け、彼らの方へ向かい走り出した。

「あっ」

「「うわぁぁぁぁ!」」

 彼らはそれに悲鳴を上げ、テーブルの上に靴のまま上がり、避難する。

 すると、そのタイミングで部長が戻ってきた。

「ただいま、二人共。茶葉とケーキ買ってきたから、食べよう」

 彼はローブを着ておらず、高等部の制服をきっちり着ていた。

 顔のペイントも無いので、最初アクアは誰だか分からず、フリーズする。

「誰だ?」

『アクア君、部長です。顔に化粧してないけど、本人です』

「あー」

 セゾンはそうアクアに言うと、彼は思い出したように声を漏らした。

 彼の方は二人とは違い、アクアの事は歓迎らしく、気さくに話しかけてきた。

「アクア君もいらっしゃい。アクア君もケーキ食べる?」

「食べる」

「後、あの使い魔、抱っこして貰っていいかな?」

 ケルモドの方に視線を戻すと、彼らは怯えながら、黒髪狐顔は薬草を投げつけているし、銀髪美少年は大きな黒い鍋で攻撃されないようにガードしていた。

 狐顔はお茶の準備をし、美少年のほうはケーキを乗せた皿をテーブルに乗せる。

 アクアは席に座りながら、ケルモドのフワフワな体毛に付着した薬草を指で取っている。

「ごめんね、二人共。犬系の使い魔、苦手で」

 そう言う部長は鏡を見ながら、顔面ペイント用のペンで化粧をする。

 二人はケルモドよりも、アクア本人に怯えているのではないかと、セゾンは思ったが、それはアクアに言わない。

「それでアクア君は、何をしにやって来たの?」

「あぁ、今。ポアリに頼まれて物々交換をしてて、最初がこの呪物っぽい人形だったから、ここに来たんだ」

 ケルモドのよだれで、ベチャベチャしている呪われた人形をテーブルの上に置く。

「あー、呪物がよだれでこんなに。だけれど、今交換できそうなものなくてさ。黒魔術研究会の部費からお金なら出せるけれど、物々交換なら物じゃなきゃダメだもんね」

 彼曰く、呪物とそれを研究するものしか置いていないらしい。

「二人共、何かある?」

 部長が二人に訊ねると、彼らは薬草と鍋を手にした。

「その二つはいらない」

 アクアはそう断ると、思い出したように部長が言った。

「そうだ、それならこれは?」

 それは食堂の食券だった。

「ケーキと茶葉を買いに購買部に行ったら、拾っちゃって。生徒会に届けようと思ったんだけど。今日までなんだよね、使用期限」

 アクアはそれを受け取る。

 最初の物々交換は、こうやって成立した。

 一回目『呪物っぽい人形』から『食堂の食券』

 二回目の物々交換をする為にアクアは再び歩き出す。

 そんな会話をしながら、食券を眺める。

「ケーキ、美味しかったな」

「きゃん!」

『私は食べてないですけど、君達が満足なら満足です。で、アクア君は何処に行こうとしているんですか?』

 セゾンはそうアクアに話しかける。

「食券を貰ったので、食堂に向かう。食券を買おうとしている人に声をかけ、持っているのを渡すじゃん、そしてその人から物を貰う」

 単純だけど理にかなっている発想で、セゾンは感動する。

『おお――』

「えっ?何だ?」

 アクアは戸惑いながら、そう返す。

『いつも、無茶とか訳の分からない行動をしていたので、感激してしまって……』

「怒るぞ」

 ケルモドを抱っこし、撫でながら、一番下の階まで階段で降りる。

 そして、中等部と高等部の間の食堂フロアに向かう。

 辿り着くと、そこはフードコート顔負けの椅子とテーブルの数があり、食券さえ頼めば、全部自由に使えるのだ。

 だから、勉強や読書をする為に、食券だけ買う生徒も多い。

 それがあるから、黒魔術研究会の部長は、落とし物として届けなかったのかもしれない。

 周囲を見渡すと、食券を買おうとしている同級生が目に入る。

 その男子は食券を買おうと財布片手に、中年の女性に声をかけていた。

「ちょっと!待ったぁぁぁぁぁっ!フロートぉぉぉっ!」

 同級生の名前を食堂のフロアに響き、そこにいた生徒皆が視線を向ける。

 同級生フロートに近寄ると、その場に固まっていた。

「良かった、間に合った。セーフ、セーフ」

 食券をまだ買っていない事を確認し、彼の顔を覗き込むと顔を真っ赤にし、小刻みに震えているのが分かる。

 すると、彼の上着から、一匹のサラマンダーが肩に上がってきて乗った。

 サラマンダーは、ケルモドを見て、舌をチロチロと出している。

「きゃん!」

「きゅうるぅ」

 ケルモドが挨拶をすると、サラマンダーの方も挨拶をする。

 フロートと呼ばれた同級生は、黒髪で青がほんの少し混ざった灰色の瞳が特徴で、髪の隙間から見える耳たぶには、水色の魔法石でできたピアスをしている。

「もう!何でそう言う事をするんだ!」

 そうフロートがアクアに質問すると、彼は首を傾げながら言う。

「嫌いだから?」

「はいはい、俺もお前が嫌いだよ!」

 フロートはそう言うと、アクアに何の用か訊ねてくる。

「今、ポアリに物々交換をする任務を頼まれていて――それが今、この今日、使用期限の食券なんだ」

 アクアはズボンのポケットから、食券を取り出すが、フロートはそんなのどうでもいいようだった。

「えっ!ポアリ先輩に!」

 アクアが事情を話すと、彼が思っていたよりも食いついてくる。

「そうだけど」

「そもそも、なんでポアリ先輩とお知り合いなんだよ。召喚の授業の時も仲良さげに、話をしていたし」

 そうフロートが言ったので、アクアは召喚の授業の光景を思い返してみる。

 確かに、フロートはポアリに何を話していたかは分からないが、沢山話しかけていた。

(ポアリに気があるのだろうか……)

 そう思ったアクアは、彼に訊ねる。

「ポアリの事好きなの?でもお前、前の学校で彼女何人かいただろ?」

「別れたよ、というか何となく付き合っていただけだし」

 何となくで付き合えるものなのかと、アクアは思っていると彼がポアリの話を聞いても無いのに長々と話し出した。

「先輩はそうだな。まぁ憧れというか……元々、夏休み帰省した時に兄と話をしたら、沢山彼女の話をするから、ずっと気になっていて。いつも男といるから、男遊びするのかなって話をしてみたら、思ったよりも清楚でガードが固くて……」

 照れながら、フロートはアクアにそう話す。

 そして、彼はアクアに話をしている時に、ある事に気がついた。

「今考えたら、これって恋じゃん。先輩の事、好きじゃないか……」

 フロート以外、この場にいた皆知っていた。

 何なら、よく事情を知らない食券のおばちゃんや、人の言葉やルールを知らない使い魔達も、察していたと思う。

「で、どんな手を使って、お前は仲良くなったの?」

 彼はジトッとした目で、アクアの方を見てそう質問をする。

 アクアは特別何かをしていた訳ではないので、理由を訊かれても答えようがない。

 というか、ポアリからしたら仲が良いとは思っていないが。

「いや、なんか仲良くなって」

 アクアは、無難にそう言う。

「なんかって何だよ!一年生と二年生って、接点ないじゃないか!寮の建物も別だし!」

 そう言うフロートに胸倉を掴まれて、アクアはグラグラと揺らされる。

「あの……食券は……」

 それを止めようと思ったのか、いい加減にしてほしいと思ったのかは分からないが、女性はフロートに話しかけてきた。

「あぁ、すまない。単品で一番高いものをお願いしよう」

「あぁ!ちょっと!」

「おつりは貰ってくれ。後、この事はママ……いや、お袋に黙っててほしい」

 フロートはそう言い、一番高い紙幣を一枚、女性に出してしまう。

「あぁ、セゾン。物々交換が成立しなかったよ……」

『アクア君、大丈夫だよ。別の方法を考えようね』

 食券を受け取ったフロートを見ながら、アクアはセゾンに話しかける。

「それ、一番安い500ウェルトンランチの食券だし、誰も交換しないだろう。寮生は食事代、一年分進級の時に納めているはずだ。俺も勉強で席使いたいから買っただけだし」

 アクアはフロートに長々言われて、少し苛ついたのか、彼の肩、サラマンダーがいないほうに、頭突きをする。

「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ!」

 そして、そうフロートに言うと、また食堂の生徒の視線が二人に向く。

「仕方がない、先輩との仲を取り持てよ」

 彼が自分のピアスを両方外し、アクアに渡す。

「これをママに拾った演技をして渡せ、そしたら報酬くらい寄こすはずだ」

「おおっ、ありがとう!」

 アクアはフロートにお礼を言い、それを使い道が無くなった食券で包む。

「それ、とても高いから、貴重な物だから、絶対無くすなよ」

「それはフリか?」

「無くしたら、俺はお前と死ぬ」

 それは鬼の形相で、言った言葉はフリではないようである。

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