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 第五章『陽キャ』②

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「まぁ、そんな感じ。それで、自分も漫画が好きになって、こっちの世界に来たわけ」

「久間先生――」

 目尻がジーンとし、感極まっているのが自分でも分かる。

自分の作品、初期のものは読者受けが良くなく、短期連載で終わった。

それを好きだと、その作品がきっかけで、こっちの道に来てくれたというのは、とても自分の中で感動的な出来事である。

「ありがとう、そう言ってくれて――」

 彼にそう感謝の言葉を出そうとした時、パソコンのコメント欄が目に入る。

『あー、いつもの嘘だよ』

『嘘だよ』

『久間先生、嘘ぴょん』

『春島先生、騙されないでー』

 そんな言葉が目で追えないくらい高速で、並んでいく。

「えっ?嘘?」

「妹が腐女子以外、嘘」

 久間は嘘ぴょんと言い、両手を頭の上に付け、ウサギの耳を表現する。

 自分は初めて、陽キャの頬を摘まみ、引っ張った。

「いひゃいです――」

「もう――知らない――」

 次、配信に誘われたとしても、参加する事は二度とない。

(この人、嫌い――)

 自分の感動を返してほしい。

 そう思っていると、久間が言う。

「あっ、もう一つ。本当があります」

 彼から手を離し、話を聞く。

「先生の漫画が大好きで、自分がこの世界に来たことです」

 彼はそう言い、照れくさそうに笑う。

 この時、自分は久間の事をずっと誤解していた事に気がついた。

 この人は、沢山の人に愛されている人ではなく、沢山の人を愛している人だと。

原稿のペン入れをペンタブで行っていると、頭痛がし始める。

(そろそろ、休憩しよう……)

 いつの間にか、外も暗くなっており、自分の作業部屋の明かりが外に漏れていた事に気が付く。

 慌てて、カーテンを閉めると、先程の頭痛が更に酷くなったように感じた。

 どうやら作業中、眉間にしわが寄っていたらしく、しわの跡が付いているのが、触った感触から分かる。

(にしても、片頭痛が酷いな……)

 もしかしたら明日は、雨が降るかもしれない。

(鎮痛剤、飲みに行こう……)

 リビングに出ると、志摩がリビングのテーブルを枕に眠っているのが目に入る。

「風邪、引くよ」

 そう言い、志摩に近づき、彼の肩を揺らすが、目を覚まさない。

 テーブルに広がっている書類を見る限り、彼も自分と同じように仕事を持ち帰り、それをしていたらしい。

 仕方がないので、ブランケットを持ってきて、彼の肩にかける。

「ガキだなぁ」

 キッチン側の明かりを点け、リビングの中心の電気を消す。

 ヤカンに水を入れ、コンロの火で温める。

「あんまり体に良くないんだけどな……」

 前日、ミルで引いたコーヒーの粉を棚から取り出し、入れる準備をし始める。

 粉をマグカップに設置したコーヒーフィルターに入れると、良い香りが鼻に届く。

(あっ、幸せ……)

 高級なコーヒー豆というのは、香りですぐ分かるというが、それは本当のようだと実感する。

 すると、シンクに置いた自分の携帯が振動し、自分は慌てて着信主を確認した。

 着信は恋人である城永で、自分は気持ちが舞い上がり、毛穴が興奮で開く。

 舞い上がる気持ちを押さえながら、電話に出ると、甘い声が耳に届いた。

『ごめんね、こんな時間に。寝てた?』

「仕事していて、丁度休憩してたところだから大丈夫」

 そう言うと彼は、そっかと声を出す。

「で、どうしたの?何か用事?」

 そう訊ねると、彼は言う。

『声が聞きたかったから』

 彼にメロメロな自分は、その一言に気持ちが湧く。

『後、また会いたいなって思って、厚かましいかな?』

 彼の掌で転がされている感というか、小悪魔に良いように扱われている感が、とても心地がいい。

「そ、そんな事ないよ!すごく嬉しい!」

 出かける日、時間、待ち合わせ場所を決めて、電話を切る。

(嬉しい……)

 二人きりのデートが初めてなので、気持ちが舞い上がった。

 緩んだ口に、コーヒーを淹れたマグカップを運ぶ。

「あちちっ!」

 舌を火傷し、少し悶えていると、眠っていた志摩が少し寝言を口にする。

「むに――ゃ――」

 それはだたの反応で、決して自分を煽った訳ではない。

(こいつ、よく寝ているな……)

 少し志摩に腹が立つも、気持ちよく眠っている彼を起こさなかった。

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