「まぁ、そんな感じ。それで、自分も漫画が好きになって、こっちの世界に来たわけ」
「久間先生――」
目尻がジーンとし、感極まっているのが自分でも分かる。
自分の作品、初期のものは読者受けが良くなく、短期連載で終わった。
それを好きだと、その作品がきっかけで、こっちの道に来てくれたというのは、とても自分の中で感動的な出来事である。
「ありがとう、そう言ってくれて――」
彼にそう感謝の言葉を出そうとした時、パソコンのコメント欄が目に入る。
『あー、いつもの嘘だよ』
『嘘だよ』
『久間先生、嘘ぴょん』
『春島先生、騙されないでー』
そんな言葉が目で追えないくらい高速で、並んでいく。
「えっ?嘘?」
「妹が腐女子以外、嘘」
久間は嘘ぴょんと言い、両手を頭の上に付け、ウサギの耳を表現する。
自分は初めて、陽キャの頬を摘まみ、引っ張った。
「いひゃいです――」
「もう――知らない――」
次、配信に誘われたとしても、参加する事は二度とない。
(この人、嫌い――)
自分の感動を返してほしい。
そう思っていると、久間が言う。
「あっ、もう一つ。本当があります」
彼から手を離し、話を聞く。
「先生の漫画が大好きで、自分がこの世界に来たことです」
彼はそう言い、照れくさそうに笑う。
この時、自分は久間の事をずっと誤解していた事に気がついた。
この人は、沢山の人に愛されている人ではなく、沢山の人を愛している人だと。
*
原稿のペン入れをペンタブで行っていると、頭痛がし始める。
(そろそろ、休憩しよう……)
いつの間にか、外も暗くなっており、自分の作業部屋の明かりが外に漏れていた事に気が付く。
慌てて、カーテンを閉めると、先程の頭痛が更に酷くなったように感じた。
どうやら作業中、眉間にしわが寄っていたらしく、しわの跡が付いているのが、触った感触から分かる。
(にしても、片頭痛が酷いな……)
もしかしたら明日は、雨が降るかもしれない。
(鎮痛剤、飲みに行こう……)
リビングに出ると、志摩がリビングのテーブルを枕に眠っているのが目に入る。
「風邪、引くよ」
そう言い、志摩に近づき、彼の肩を揺らすが、目を覚まさない。
テーブルに広がっている書類を見る限り、彼も自分と同じように仕事を持ち帰り、それをしていたらしい。
仕方がないので、ブランケットを持ってきて、彼の肩にかける。
「ガキだなぁ」
キッチン側の明かりを点け、リビングの中心の電気を消す。
ヤカンに水を入れ、コンロの火で温める。
「あんまり体に良くないんだけどな……」
前日、ミルで引いたコーヒーの粉を棚から取り出し、入れる準備をし始める。
粉をマグカップに設置したコーヒーフィルターに入れると、良い香りが鼻に届く。
(あっ、幸せ……)
高級なコーヒー豆というのは、香りですぐ分かるというが、それは本当のようだと実感する。
すると、シンクに置いた自分の携帯が振動し、自分は慌てて着信主を確認した。
着信は恋人である城永で、自分は気持ちが舞い上がり、毛穴が興奮で開く。
舞い上がる気持ちを押さえながら、電話に出ると、甘い声が耳に届いた。
『ごめんね、こんな時間に。寝てた?』
「仕事していて、丁度休憩してたところだから大丈夫」
そう言うと彼は、そっかと声を出す。
「で、どうしたの?何か用事?」
そう訊ねると、彼は言う。
『声が聞きたかったから』
彼にメロメロな自分は、その一言に気持ちが湧く。
『後、また会いたいなって思って、厚かましいかな?』
彼の掌で転がされている感というか、小悪魔に良いように扱われている感が、とても心地がいい。
「そ、そんな事ないよ!すごく嬉しい!」
出かける日、時間、待ち合わせ場所を決めて、電話を切る。
(嬉しい……)
二人きりのデートが初めてなので、気持ちが舞い上がった。
緩んだ口に、コーヒーを淹れたマグカップを運ぶ。
「あちちっ!」
舌を火傷し、少し悶えていると、眠っていた志摩が少し寝言を口にする。
「むに――ゃ――」
それはだたの反応で、決して自分を煽った訳ではない。
(こいつ、よく寝ているな……)
少し志摩に腹が立つも、気持ちよく眠っている彼を起こさなかった。
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