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 第五章『陽キャ』⑨

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 何で、嫌な事思い出しちゃったんだろう。

 遠すぎて、実際の記憶なのかも危ういのに。

(そろそろ、元に戻らないと)

 リビングの窓を開け、部屋の空気を入れ替える。

(あー寒い。もう冬なんだなぁ……)

 季節はもう十二月上旬、もうすぐクリスマス、そして年が明ける。

 すると、玄関のほうから聞きなれた男性の声が聞こえた。

「ただいまー」

 菓子を買いに行った志摩が戻ってきたのだろう。

(ある時、玄関に迎えに行かなかったら、半泣きで寝転がっていた事があったな……)

 精神が子供なんだよなと思いながら、志摩を迎えに行く。

「おかえり――んん!」

 そこには自分の精神をゴリゴリ削った、小さな怪獣がいた。

「ただいまぁ、なんちゃって――」

「ただいまだって」

 志摩はそう言い、靴を脱ぐ。

「ほら、アオイも上がって」

「うん」

 アオイは背負っていたリュックを下ろし、靴を脱ぐ。

「ちょ、し、志摩さん?」

「なんか、いたから連れてきた。後、これお菓子、落としちゃったから、崩れてるかもだけど――」

 そう言い、ケーキが入った箱を自分に渡し、志摩はアオイと洗面所に移動する。

「手、洗うぞ」

「洗う!」

 自分は状況が読めず、その場に立ち尽くした。

(あ、考えるのやめよう……後で、志摩に理由を訊こう……)

 とりあえず、渡されたお菓子が入った箱をリビングに運ぶ。

 リビングの窓を閉め、暖房のスイッチを入れる。

 箱からケーキを取り出すと、やはりケーキは衝撃で崩れていた。

「アオイ君は何のケーキがいい?」

「志摩と一緒の」

 ジャンバーを脱いだ彼は無地のグレーのパーカー、半ズボンで、小学生らしい恰好だった。

「一個ずつしか買ってなかった気がする」

「じゃあ、志摩と半分こにする」

 そして、志摩が大好きな様子。

(相変わらず、可愛いなぁ……志摩に、すごく懐いてるし……)

 自分と大違い。

 何で自分には、懐いてくれなかったんだろう――

 アオイ少年は、リビングのテーブル前に胡坐で座っている彼の背中に抱き着いていた。

「志摩、チュウしていい?」

「駄目」

 アオイ少年は、提案を断った志摩の背中に顔を押し付け、香りを吸う。

(あっ、懐いているんじゃなくて、恋しちゃっているんだ――)

 志摩のほうは淡々とした様子で、煙草を取り出し、ライターで火を付ける。

「揺らすなよ。煙草吸うから」

「うん――」

 アオイ少年は頬を赤らめ、志摩の背中に頬ずりしていた。

(あー、性癖が歪む……)

 彼は、これから沢山の苦労をする事だろう。

(だって初恋の相手が親と同い年だよ……歪むって……)

 志摩は今のところ浮いた話は無いが、彼に好意がある人間は沢山いる。

 いつもは換気扇の前で煙草を吸えというところだが、そんな状況ではない為、そのままキッチンにある灰皿を持ってきた。

「ありがとう。自分はケーキよりもこれだな」

「アオイ君の前じゃなかったら、殴ってた」

 そう彼に言う。

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