城永との買い物は、案外楽しいものだった。
「まだ、時期早いからかな?マフラー売ってないね」
「うん、そうだね」
ショッピングモールで、服屋を回り、コーヒー専門店を見つけ、二人で一服する。
そのコーヒーが思ったよりも数倍香ばしく、美味な物で、そのコーヒー豆と、手動のコーヒーミルを購入した。
「マフラーは買えなかったけど、来てよかったね」
城永は、そう言う。
「そうだね」
楽しいのだが、ふとした時、肇の事が頭を過り、暗い気持ちになる。
それの繰り返し。
「じゃあ、また今度」
「うん――」
デパ地下で総菜をお互い購入した後、城永と別れ、帰宅する。
電車に乗り、最寄り駅について、帰宅する。
「ただいまー」
志摩はまだ帰宅していないようで、家の電気は消えたままだった。
一人になってホッとしたのか、溜まっていた疲れが溢れ出した。
(病む……)
安心しているはずなのに、落ち着かない。
心と体がバラバラで、自分の体に自分がいない感じがする。
(辛い……)
この場に遊園地で別れた志摩と肇がいて、おかえりと言ってくれたら、この気持ちは晴れたと思うと辛い。
(駄目だ。何か行動しないと、自分は変になる……)
デパ地下で購入した惣菜を大皿に移し、レンジで温める。
(肇君……)
肇は自分のせいで、嫌な思いをしただろう。
そもそもな話、城永が嫉妬深い性格だというのは、分かりきっていた事だろう。
すると、玄関のほうから聞きなれた男性の声が聞こえた。
「ただいまー」
いつもの気怠そうな声に、自分は安堵する。
(いつも通りの志摩だ――)
という事はうまくやってくれたのだろう。
「おかえり」
「あっ、ただいま」
自分のいるリビングに入ってきた志摩は、相変わらずの無表情で、その場で靴下を脱ぎ始めた。
彼は肇の話をせず、洗面所に脱いだ靴下を運ぶ。
「シャワー浴びてくる」
彼なりに気を使っているのかもしれないが、それがとても気まずく、生きた心地がしない。
「あ、あのさ。肇君の事なんだけど!」
我慢できなくなり、自分が声を出すと、少々驚いた様子で、志摩は振り返る。
「ご、ごめん。その、肇君の事なんだけどさ――怒ってた?」
「いや、違ったと思うけど」
志摩は少し考えた顔をした後、真顔で言う。
「でも、過呼吸起こしたじゃん」
「なんか、ご飯食べる時、お祈り忘れちゃったんだってさ」
そう言い、洗面所に歩き出す志摩。
「気にしなくていいよ。気にしないでって、肇が言ってたから」
「そんな訳ないだろう。もう、今度お菓子持ってお詫びしなきゃ……」
「別に要らないと思うけどなぁ」
志摩はそう言い、澄ました顔で笑う。
(よかった、いつもの自分だ……)
この時初めて、志摩が家に居候していてよかったと思った。
志摩が自分を引き戻してくれた。
「志摩」
彼の名前を呼ぶ。
「ん、何?」
「酢豚買ってきたけど、食べる?」
そう言われた志摩は、嬉しそうな顔で頷く。
それは子供のような表情で、自分は今までそんな志摩を見た事が無かったので、とても驚いた。
志摩がリビングに向かった後、数秒間、思考停止していた脳がやっと理性を取り戻す。
(あんな顔。初めて、見た気がする)
いつもの冷たく、機械的な表情ではなく、柔らかいフワフワした顔。
(あれはモテるな……)
志摩がオメガや女性から、チヤホヤされる理由が少し分かった気がした。
(自分も少し照れちゃったもんな……)
反則だよなと、少し考え込んでいると、レンジの惣菜が温まったようで、音が周囲に響く。
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