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 第四章『覚悟』⑧

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 城永との買い物は、案外楽しいものだった。

「まだ、時期早いからかな?マフラー売ってないね」

「うん、そうだね」

 ショッピングモールで、服屋を回り、コーヒー専門店を見つけ、二人で一服する。

 そのコーヒーが思ったよりも数倍香ばしく、美味な物で、そのコーヒー豆と、手動のコーヒーミルを購入した。

「マフラーは買えなかったけど、来てよかったね」

 城永は、そう言う。

「そうだね」

 楽しいのだが、ふとした時、肇の事が頭を過り、暗い気持ちになる。

 それの繰り返し。

「じゃあ、また今度」

「うん――」

 デパ地下で総菜をお互い購入した後、城永と別れ、帰宅する。

 電車に乗り、最寄り駅について、帰宅する。

「ただいまー」

 志摩はまだ帰宅していないようで、家の電気は消えたままだった。

 一人になってホッとしたのか、溜まっていた疲れが溢れ出した。

(病む……)

 安心しているはずなのに、落ち着かない。

 心と体がバラバラで、自分の体に自分がいない感じがする。

(辛い……)

 この場に遊園地で別れた志摩と肇がいて、おかえりと言ってくれたら、この気持ちは晴れたと思うと辛い。

(駄目だ。何か行動しないと、自分は変になる……)

 デパ地下で購入した惣菜を大皿に移し、レンジで温める。

(肇君……)

 肇は自分のせいで、嫌な思いをしただろう。

 そもそもな話、城永が嫉妬深い性格だというのは、分かりきっていた事だろう。

 すると、玄関のほうから聞きなれた男性の声が聞こえた。

「ただいまー」

 いつもの気怠そうな声に、自分は安堵する。

(いつも通りの志摩だ――)

 という事はうまくやってくれたのだろう。

「おかえり」

「あっ、ただいま」

 自分のいるリビングに入ってきた志摩は、相変わらずの無表情で、その場で靴下を脱ぎ始めた。

 彼は肇の話をせず、洗面所に脱いだ靴下を運ぶ。

「シャワー浴びてくる」

 彼なりに気を使っているのかもしれないが、それがとても気まずく、生きた心地がしない。

「あ、あのさ。肇君の事なんだけど!」

 我慢できなくなり、自分が声を出すと、少々驚いた様子で、志摩は振り返る。

「ご、ごめん。その、肇君の事なんだけどさ――怒ってた?」

「いや、違ったと思うけど」

 志摩は少し考えた顔をした後、真顔で言う。

「でも、過呼吸起こしたじゃん」

「なんか、ご飯食べる時、お祈り忘れちゃったんだってさ」

 そう言い、洗面所に歩き出す志摩。

「気にしなくていいよ。気にしないでって、肇が言ってたから」

「そんな訳ないだろう。もう、今度お菓子持ってお詫びしなきゃ……」

「別に要らないと思うけどなぁ」

 志摩はそう言い、澄ました顔で笑う。

(よかった、いつもの自分だ……)

 この時初めて、志摩が家に居候していてよかったと思った。

 志摩が自分を引き戻してくれた。

「志摩」

 彼の名前を呼ぶ。

「ん、何?」

「酢豚買ってきたけど、食べる?」

 そう言われた志摩は、嬉しそうな顔で頷く。

 それは子供のような表情で、自分は今までそんな志摩を見た事が無かったので、とても驚いた。

 志摩がリビングに向かった後、数秒間、思考停止していた脳がやっと理性を取り戻す。

(あんな顔。初めて、見た気がする)

 いつもの冷たく、機械的な表情ではなく、柔らかいフワフワした顔。

(あれはモテるな……)

 志摩がオメガや女性から、チヤホヤされる理由が少し分かった気がした。

(自分も少し照れちゃったもんな……)

 反則だよなと、少し考え込んでいると、レンジの惣菜が温まったようで、音が周囲に響く。

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