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 第七章『君の最後』⑧

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 話を終え、遺骨がある場所に移動する。

 冷たい廊下では、息が白く、歩く度、手先と足先が痺れた。

「肇はこの部屋にいるよ」

 そう言い、扉を開くと、幼稚園児達が自分達に近寄ってきて甘えてくる。

(可愛い、一人くらい連れて帰れないかな)

 まさかの遺骨を置いている所は、子供達の遊び部屋だった。

「窓の前に置いているのが、肇」

 扱いが雑なのか、窓の前のスペースに遺骨を入れた箱を置いていた。

(子供達はいいの?死んだ人間の骨があるんだよ?)

 正気になり、肇が入っている箱に近づく。

 白い無機質の箱には、お花の絵を切ったものを貼ってあった。

「いやぁ、悩んだんだけど。賑やかな場所のほうが、肇も嬉しいかなって」

 そう言い、彼は肇の箱を抱き上げ、自分に渡してきた。

(肇君、また会えたね)

 涙がボロボロと落ち、その場にいた子供が心配そうな顔をする。

「お兄さん、大丈夫?」

「大丈夫?」

 幼稚園児達がそう言い、自分と肇を取り囲んだ。

「大丈夫だよ。ごめんね」

 すると、それを見た志摩が子供達に言う。

「皆、俺と遊ぶか」

「えっ、いいの?遊ぶ!」

 そう言い、志摩は子供達に囲まれながら、部屋の外へ連れてかれた。

「ここ、自分以外のアルファはいないから。皆、盛り上がってるね」

 楽しそうだと彼がしみじみ言った後、自分を見て言った。

「ねぇ、君。ちょっと話そうか」

「はい」

 そう言い、今いる部屋の椅子に二人で座る。

「ここは何の施設だと思う?」

「孤児院ですよね?」

「そうなんだけど、普通の孤児院と少し違うんだ」

 彼が説明をし始める。

「ここはね。養護施設の手違いで、合わない里親に渡った子が傷を癒し、大人になる施設」

 ここは里親への譲渡は行わず、教育と生活をする施設との事だった。

「皆、心や体に傷がある。殴られた子、性対象にされた子、事故や病気が原因で、再び手放された子」

 彼はそう言い、自分に微笑みかける。

「大人になっても教団から逃げ続けて、ここに落ち着いた。教団の相続権を降りる事で、援助してもらって、ここを運営してる」

「そうなんだ……」

 自分が返事をすると、彼は真っ直ぐ、視線を入り口に向ける。

 そこを見ると、先程お茶を淹れた少女が通りかかった。

「実はね。あの子が運命の相手だと気がついた時、肇の事が頭を過ったんだ。でも、あの子を選んだ」

 君はベータだから分からないかもだけど、と彼は言う。

「自分はそれが肇君でした」

「そっか。肇は幸せだね」

 彼はそう言い、微笑む。

「そういえば、肇君に『自分のようになるな』って言ったことがある?」

「言ったような、言ってないような……」

 彼はもう肇の事、あまり覚えていない。

 大事に思っていたかもしれないけれど、それは思いやりと、どうしようもない父親によって作られた罪への意識で、愛情ではない。

 この施設にいる子の方が、愛情を注いでもらっている気がする。

「そういえば。その遺骨、持って帰ってどうするの?」

「えっ?」

 予想外の事を言われて、声を漏らす。

「いや、君の家族は、彼をお墓に入れる事とかどう思っているのかって……」

 この後の事、何も考えてなかった。

「やっぱり、施設の墓に入れる?」

 話を聞くと、母親のは、都内の教会の墓に、納骨済みらしい。

 自分は目の前の彼が悪い奴だと思っていたが、そうではなく。

 犯人と一緒だと、安らげないだろうとの事で、離れた場所である函館に移動させたとの事。

「さっき言った事故や病気で、うちで看取った子供達の墓なんだけど、肇なら一緒に入っても仲良くできると思う」

 そう言い、彼は自分の携帯で、墓の画像を探した。

 何故、墓の画像が携帯に入っているのかというと、やはり亡くなってしまった子が、忘れられないという。

「ほら、行事で遠足とか行った時、置いていくと可哀そうじゃないか?」

 そう言い、自分に見せてくる。

 教団から援助を受けているとは聞いていたが、かなり立派な墓だった。

 とてもいい提案なのだが、正直なところ、とても悩んだ。

 このまま、肇を置いて東京に帰るか、それとも親に事情を話し、一族の墓に入れてもらうか、それか墓を購入するか。

 彼の案以外は、非常に非現実的で、実現が難しそうだ。

 墓の写真を見て凄く悩んでいると、墓の片隅に青色の小さい花が咲いているのが見えた。

「この花……」

「あー、この花。確か勿忘草だったかな?種を町内会から貰ったんだけど、よく分からなくて、ふりかけみたいに、蒔いたんだんだ」

 一緒に見た映画に出てきた青い小さな花。

 やっと、名前を知れた。

『先生、僕ね。今ならね、神様を信じていいと思うんだ』

 彼の言葉が、あの時言った言葉が、その場に振ってくる気がした。

『ねぇ、先生。僕の宗教上のお名前。本当の名前教えてあげるね』

 そうだね、自分が寂しくならないように、君がくれたもんね。

「肇君をよろしくお願いします」

「いつでも、会いにおいで。夏とか秋とかなら、こんなに雪は積もってないからさ」

 そう彼は冗談を言いながら、骨が入った箱を受け取る。

 自分達が帰る頃、日は落ちていたが、雪は降ってなかった。

「じゃあ、二人共、帰り道気を付けてね」

 そう言い、彼は自分達をタクシーまで見送った。

「よろしくお願いします」

「ん――」

 隣に座った志摩は相変わらず愛想が無く、彼に返事をする。

 彼はにこやかに笑み、手を振る。

 それは坂を下り、お互いが見えなくなるまでで、彼の人の良さを感じる。

「うっ――えっぐ――」

 ただ、自分は怒りの矛先が無くなった事で、肇がいない現実に意識が向き、子供のように泣いた。

 彼が悪い人間なら、どんなによかったか。

 悪い人間に奪われるほうが、まだよかった。

 受け入れられたのに。

 泣いていると、志摩が自分の頭に手を伸ばし、ポンポンと軽く叩く。

 励ましているつもりのようだが、視線は窓の方で、自分を見ていない。

 そして、言葉を出す。

「運転手さん、美味しいご飯屋さんとか知りませんか?」

「あっ、あぁ――それなら――」

 行きのタクシーとは違う中年男性が、志摩におすすめの店を教えた。

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