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 第三章『召喚と掃除の憂鬱』③

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 寮の廊下の階段をレインと一緒に上がる。

 その際、会話の流れで理事長の話になる。

「なんか、息子さんが恋愛体質で、前の学校で片っ端から女の子に手を出したらしくて」

「あー、なるほど」

 それが理由ならドンマイとしか言えない。

「まぁ、本人も若い頃片っ端から生徒にちょっかいかけていたそうだから、同族嫌悪って事かな?あっ、この階の一番端だよ」

 それなら自業自得というか、自身の遺伝だろうな。

(性格って、遺伝するんだなぁ……)

 蛙の子は蛙、狐の子は面白。

 そんな事を思っていると、古い部屋の前に辿り付いた。

 レインはそこの扉を開けると、想像通りの物置になっている中が見える。

 やはり中は薄暗く、照明というものは無い。

「ホコリ臭いね、窓を開けようか」

 彼女はそう言い、中の物にぶつからないように、慎重に歩きながら、窓の方向に向かう。

「あ、痛っ――」

 結局彼女は、物にぶつけ、やっとたどり着いた窓を開ける。

 窓が開くと、薄暗い部屋が明るくなる。

「さて、掃除をしようかね」

 窓を開けたレインはそう言い、辺りを見渡す。

「先生いいんですよ?私が掃除も片づけをしますので……」

 そう言うが、彼女は首を振った後言う。

「いや、今回は全部、私の責任だから掃除くらいは私にやらせて……」

「先生……」

 私がじーんと、目頭を熱くしていると、彼女が言った。

「私がちゃんと手伝わないと、今月減給されるんだよ」

 彼女はそう言い、人差し指で棚の縁をなぞる。

「減給されるんだよぉっ!」

 彼女は棚に体を預け、そう叫ぶ。

(あー、給料カットか……どのくらいカットなのだろうか……)

 半分だろうか、三分の一だろうか。

 そう思いながら、廊下に机や棚、古いランプなどを出していく。

「結構あるな……」

 古い蓄音機やラジオ、レコード、そして標本、乗り物や生物の模型など沢山出てきた。

「あの……」

 誰かが声をかけてくるが、それには気がつかず、自分は仕分け作業をしている。

 すると、威勢のいい声で、話しかけてきた。

「あの!」

「はい!何でしょう!」

 驚きながら、振り返ると、学ラン姿の男子高校生がいた。

 見慣れた色素の薄い髪や瞳、人の良さそうな顔立ち、そして話をする度に微かに覗く八重歯。愛おしの大河の姿は、変わらずで、彼を見ていると脈拍が上がる。

「あっ、好きだ――」

「――えっ?」

 彼は驚いた表情で声を漏らす。

「えっ?あっ、な、何でもない……」

 思わず、心の声が出てしまった。

(これからルームシェアするのに、気まずくなったらどうしよう……)

 彼に心の声が漏れてしまった事に後悔しながら、彼に話かける。

「えっと、どうしたの?」

 とりあえず、誤魔化し笑顔を作り、意思の疎通を試みる。

「えっと日本語分かるかな?いや、話していたの日本語だし、通じるか……」

 大河は何かを一生懸命話そうとしている。

 そして深呼吸をし、言葉を整理し、また話を始めた。

「僕、そのこっちに来たばかりだから、その何すればいいか分からなくて……」

「別の世界に飛ばされたんだから、困っちゃうよね。ごめんね、私のせいで……」

 実際、私が魔法石を無くしたのと、それでアーノルドに遠隔操作してもらおうとしていたのが原因なので、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 現在、アーノルドが彼を元の世界に戻す手段を探している最中だ。

(大河君、本当にごめん。元の世界に戻すのもう少し待ってて……)

 そう思いながら私が彼に謝ると、彼は困り笑顔で言う。

「そんな、大丈夫だから、謝らないでいいよ」

 そう言い、優しい笑顔を向けてくる大天使大河に自分は心躍らせる。

「後、君ぐらいしか、話せる人いないし。よかったら、一緒に行動していい?」

何か作業をしていたのなら手伝うよと彼が言ってきた。

 自分はそんな悪いよと言いながら、ちゃっかり作業の内容について話す。

「今、物置になっている屋根裏部屋の掃除を、レイン先生としていて」

 二人で部屋の中を覗くと、レインはひたすら濡れ雑巾で、古い家具を拭いていた。

 しかもかなり集中しているというか、もう何かに憑りつかれたのではないかと思うくらい、掃除をしている。

「拭き掃除は彼女に任せていて、自分は廊下に出した、ガラクタ達を捨てる係に任命されたのだけれど」

 ただ、物を廊下に出してみると、意外にも結構良質な物たちで、アンティークのような価値が期待できた。

 それをゴミにしてしまうのは、物にも環境にもよくないので、それをお金に変えていこう。

 その売り上げを大河の日常品や生活費にしようと、先程思いついたのだ。

「大河君、この世界は君の世界と同じで、全部お金で回っているんだ」

「う、うん」

 大河に説明をする。

「大河君のお財布には何円入ってる?」

「二千五百円くらいかな?」

「でも、それは使えないお金なので、大河君は稼がなきゃいけません。ここにあるゴミ、いやガラクタを寮の皆や生徒達に売り、大河君貯金を増やさないといけないのです!」

「た、大河君貯金!?」

 大河はそのパワーワードに驚き、声を出す。

「私は大河君が自分の使い魔だとしても、甘やかしません。絶対!」

 自分はそう心を鬼にして、彼に言う。

(本当は凄く甘やかしたいけれど、自分も人の金で生活しているからな……)

 パトロンおじさんの顔や姿を思い出す。

『おじさんの事をいっぱい頼っていいんだよ?これから、家族になるんだからね……』

 それと同時に、彼が言っていた言葉も思い出す。

「タダより怖いものは無いんだよ」

「――君は何に怯えているの?」

 彼は戸惑いながら、そう私に言う。

 ガラクタを大き目の箱に入れて、それを数個積み上げる。

「じゃあ、大河君はこの箱を」

 彼に渡したのは、ガラクタ達と一緒に物置から発掘されたブリキ缶で、それに回収したお金を入れて貰う事にする。

 物置部屋の中にいるレインに、この場を離れる事を報告する。

「先生、行ってくるよ」

 その三個ほど重ねた箱を持ち上げようとしゃがんだ時、彼が静かに言う。

「僕も持とうか?」

「えっ?いいの?じゃあ、一個だけ……」

 一つ箱を持ってもらう事になったが、その中でも軽そうなものを渡した。

「いや、いいよ。一番、重いので……それか、もう一箱貰うか……」

「えっ?いや、そんな事をさせられないよ」

 そんなやり取りをしていると、誰かが走ってくる足音がする。

「本当にいいってば……ぎゃっ!」

 自分がその方向を確認する前に、その人物がタックルを決める。

 背中、脊髄に響く音、そして鈍い痛みが走る。

「だっ、大丈夫!?」

 痛む背中を押さえ、涙を堪える私に、彼が心配そうな声を出した。

 その方向を殺意で満ちた目で、見ると赤毛の生徒アクアの姿があった。

 しかも、先程召喚したポメラニアンみたいな生き物を抱いている。

(コイツ、犬を抱いた状態で、タックルしてきたのか……)

 自分はそう思いながら、彼に言う。

「アクア!お前さては、サイコパスだな!」

 すると、彼は傍にいる光の球に話しかける。

「セゾン、サイコパスって何だ?」

『知っているけれど、喧嘩になりそうなので教えられません……』

 そういえば、コイツ教養皆無だったと思いながら、話をする。

「そうだ、アクア。一応、挨拶するよ。この子は大河君、多分教養の無い君とは、仲良くなれないと思うけれど、よろしくね。後、大河君にタックルしたら、許さないからね」

「あー、俺はアクア。ポアリと同じく転生者だ」

「えぇっ!ちょ、アクア!それは内緒にぃっ!」

 私は大河に自分が転生する前、幼馴染であった歩有だったという事を話してなかったので、焦る。

 自分の知り合いや友人が転生者だと分かったら、生きていた年号や年齢、地域、学校名、全部訊くことだろう。

(どうしよう。絶対、特定しようとするよ……)

 私は頭を抱え、悩むが、アクアはどうして私がそんな反応なのか分からない顔をした。

 嘘を吐くべきなのか、年号訊かれたら適当な時代を言うべきか。

 私は歴史の成績は悪くはなかったが、教科書の内容しか把握していないので、興味を持たれて、掘り出されたら厄介だ。

(飛鳥時代とか言う?それとも古代文明とか?)

 メソポタミア文明とか、シュメール人とか言っておくべきか。

「アーノルドさん、私が文明で困ったら、こっそり教えてくださいね」

『ポアリさん、文明で困るとは何です?』

 話しかけられたのでアーノルドがそっと出てきて、自分にそう質問をする。

 私はそう悩んだが、彼の方はそうでもなかったようで。

「そうなんだね」

 アクアのそれに対して、大河は相槌を打っただけで、思ったよりも反応がない。

 彼は興味がないというか、転生者というものを理解していない反応だった。

「そうなんだ、ポアリとは悪友って感じ?」

 悪友(意味 悪い事を一緒にする友人、または遊び友達)

(コイツの中で、私が友達だったのか……)

 自分は彼のその発言に驚いて、口を開けていると、アクアがセゾンの事も紹介する。

「この光の球みたいなのは、セゾン」

 よろしくとセゾンが言うと、大河も光る球が見えているようで、挨拶をし返した。

『私は、ここと君の世界とは別の人類で、この光で君達とコンタクトを取っています』

 彼女が丁寧にそう自分の立場を教えるのだが、彼はよく分かっていないような顔をする。

(そりゃそうか……)

 彼からしたら、何故自分がここにいるのか分からないのに、更に何故ここにいるか分からないものが話しかけてきたのだから。

「そして、コイツはケルベロスモドキという種類だから、ケルモドと名付けた」

「きゃん!」

 アクアの使い魔、ポメラニアンにも似たその犬は、私が生徒指導室に行っている間、サモエドのような名前を付けられていた。

「それで、二人は何しているんだ?楽しい事なら、俺も手伝うぜ」

 そうアクアは機嫌よく言う。

 だが、私は大浴場でブチ切れ、壊れそうな建物の中で大技を出そうとしていたのを知っているので、遠慮したいなと思った。

「いや、いらない」

 アクアにそう言ったのは私ではなく、大河だった。

 自分はそんな大河を見たことがなかったので、その場で固まる。

「そもそも、人にタックルする時点で引くし。今、自分がコミュニケーションを取ろうとしている時に邪魔されちゃうと、困るというか。仲のいい友達なら、別に後でもよくないかな?僕が今、急にこっちの世界にやってきて不安なの分かるよね?だったら――」

 彼はそうアクアに、長々と思った事を口にする。

 アクアは典型的、不良特有のとても低い沸点なので、彼に言い返し、胸倉を掴む。

「はぁ?何言ってんだ、ゴリラ」

「僕はゴリラじゃない!」

『アクア君、駄目だよ。人に掴みかかっちゃ……』

 その光景を黙って眺めていたというか、驚きフリーズしていると、アーノルドが私に声をかけた。

『ポアリさん、ポアリさん!』

「あっ、わ、分かってる』

 私は彼の声で我に返り、二人の間に入る。

「二人共、駄目だって。ね?」

 そう誤魔化し笑いをすると、二人は渋々離れ、距離を取った。

「じゃあ、予定通り、大河君と私は挨拶回りを兼ねて、ガラクタを売って回る」

 そう大河に説明をすると、アクアが言う。

「俺は?」

「えっ?」

 私は彼の言葉に驚いて、声を漏らした。

(お前は最初から予定に入ってないが……)

 そう思ったのだが、先程のは大河が引っかかるような事を言ったのも事実なので、冷たく追い払う訳にはいかないだろう。

「はい、アクアには特別任務。呪物品を思わせる人形。定期的にぐぇって、音が鳴る」

 それは布製で、頭のワタが重いのか後ろに重心が逸れている女の子のお人形だった。

 着せられている洋服のワンピースには、煤なのか黒い汚れが付いている。

 後、少々焦げ臭いようにも感じる。

【ぐぇ――】

 そう説明をし、そのくたびれた人形を渡すと、それがタイミングよくそれがなった。

「ほらね。それをわらしべ長者のように、高価のある品にしてください」

「俺だけ、ミッション違くねぇか?」

 別行動して貰わないと、また喧嘩が始まりそうで嫌なのだ。

 だが、彼は仕方がないと少し機嫌を直し、言う。

「まぁ、面白そうだし、いいか。じゃあセゾン、頑張ってみようぜ」

『えっ?私も協力するんですか?』

 困ったなと言いながらも、心なしかセゾンは嬉しそうな声に聞こえた。

「で、セゾン。わらしべ長者って何だ?」

『んー、えっと――』

 セゾンは少々困ったような声を出した。

 このセゾンの反応から察すると、わらしべ長者を知らないのではなく、彼の教養がない事に困っているのだろう。

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