「また、来たんですね」
「見れば分かると思うが」
志摩はいつものお菓子屋に来ていた。
「そうですね。でも、会えて嬉しいな」
そして、そこで働いているオメガの青年と会話をする。
というのも――
志摩は、一時間前の出来事を思い出す。
漆はこの間、城永と食事に行ったのだが、その数時間後、泣きながら帰宅してきた。
志摩が話を聞くと、城永とは別れたというか、一方的に別れを告げ、逃げてきたそうだ。
そこから漆は、仕事の時以外は無気力で、それ以外の時は、落ち込んでいるか、寝転がって脱力しているかのどちらかだ。
「漆、お菓子食べたい」
リビングでテレビを見ながら、漆に志摩が言う。
「じゃあ、買ってきたら……」
漆は憂鬱そうな顔で、部屋の隅で体育座りをしている。
「漆も行こう」
そう言うが、彼の精神状態はあまり良くないようで、唇はカサカサ、目の下にはクマ、視線は常に下を向いている。
「振ったのは漆なんだろ?何で、ダメージを受けているんだ?」
志摩が漆に対し、そう言うと彼の肩がぴくりと動く。
「いや、自分の小ささに嫌になっただけ――」
(気にしなくてもいいと思うけどなー)
志摩はそう思うが、それを口にしたところで、漆の精神が良くならないと判断したのだった。
(そうだ!漆を元気にするのは、愛情と甘いものだ!)
志摩は思い出す。
漆の描いていたエロ漫画で、似た内容のものを見た事がある事を。
とある菓子屋店長のEDが、オメガのバイトの愛と菓子によって治ったという内容だった事(その後、ガンガンやってた)
志摩は思う。
内容は少し違うがお菓子で、漆も元気になるはずだと。
*
「今日はどうします?いつも通りプリンですか?」
そう彼に言われ、志摩はケーキが入っているショーケースを眺める。
「これは期間限定で、こっちは人気一位で」
彼は嬉しそうに説明するが、志摩は興味がない為、全く内容が頭に入らない。
「うーん」
「悩んじゃいますよね」
そう言い、彼は笑い、志摩は少し罪悪感を抱き始めた。
(話が頭に入らなかったって言えないよな)
「そうだ、おすすめを何個か選んでくれる?」
そう言うと、彼の表情がパァッと明るくなる。
彼は数個、ケーキ用のトングでおすすめを取り、箱に詰めた。
志摩が会計を終え、ケーキが入った箱を片手に店を出ると、彼が呼び止めてきた。
「す、すみません」
志摩が振り返り、彼の方を見ると、その顔は真っ赤に染まっていて、緊張しているのか体も少し震えていた。
「もし、よかったら、これ――」
そう言い、志摩に差し出したのは手作りの焼き菓子で、可愛らしくリボン付きでラッピングされている。
「専門学校で作ったの、たまたま持っていて、よかったら食べてほしいな、なんて――」
(学生だったんだ――)
てっきり、フリーターなのかと。
彼にもフリーターにも、失礼な事を思っている志摩だった。
わざわざ持ってきてくれたというのに、断るなんて酷い事はできないだろう。
(断ったりしたら、漆が謝りに行けとか、騒ぐだろうな……いや、逆にこのお菓子で元気になるのかも……)
志摩は想像で、胸を踊らされる。
『オメガが作ったお菓子だぁ!おいちい!』
喜ぶ漆の姿が思い浮かぶ。
脱稿した時以上に、喜んでくれるはずだ。
「ありがとう、貰う」
志摩はそう言い、その手作りお菓子に手を伸ばした。
「あっ――」
その際、志摩の手が彼の手に触れる。
「ん?」
(変な声出ちゃった……)
彼はそう思いながら、更に赤面する。
「なんか、申し訳ないな」
「いや、こちらこそというか――その――」
赤面させた彼は、その場でモジモジと恥ずかしそうにくねられた。
「受け取ってもらえないと思っていたから、とても嬉しい」
そう言い、微笑む彼に軽く会釈をし、志摩は帰路につく。
(漆に早く食べさせてあげないと……)
漆の喜ぶ顔が頭に思い浮かび、自然と笑みが零れた。
横断歩道を渡り、バス停前に着くと、丁度家の近くまでのバスがやってきた。
(早く帰りたいし、バス乗るか……)
バスに乗り、家の近所まで移動する。
(バスなんて、遊園地の時以来だな……)
志摩はあの日の出来事を思い出す。
あれから、肇と会っていない。
時々、連絡はしているが、仕事が忙しいという理由で誘いも断られてしまう。
(やっぱり、漆と城永が付き合い始めたから、気まずくなったのかな……)
志摩は溜息を吐き、色々思いはせていると、漆のマンションの近所に景色が変わっており、慌てて降車ボタンを押した。
(危ない、危ない――)
バスを降り、歩き出すと、何かが目的地の方向から駆け出してくるのが見える。
「ん?何?」
それは小学生の男の子のようで、彼は志摩の姿を発見すると勢いよく抱き着いた。
その衝撃で、ケーキを入れていた箱が志摩の足元に落ちる。
「お父さん!助けて!」
「えっ?」
志摩はそう言われ、困惑するのだった。
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