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 第五章『陽キャ』⑦

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「また、来たんですね」

「見れば分かると思うが」

 志摩はいつものお菓子屋に来ていた。

「そうですね。でも、会えて嬉しいな」

 そして、そこで働いているオメガの青年と会話をする。

 というのも――

 志摩は、一時間前の出来事を思い出す。

 漆はこの間、城永と食事に行ったのだが、その数時間後、泣きながら帰宅してきた。

 志摩が話を聞くと、城永とは別れたというか、一方的に別れを告げ、逃げてきたそうだ。

 そこから漆は、仕事の時以外は無気力で、それ以外の時は、落ち込んでいるか、寝転がって脱力しているかのどちらかだ。

「漆、お菓子食べたい」

 リビングでテレビを見ながら、漆に志摩が言う。

「じゃあ、買ってきたら……」

 漆は憂鬱そうな顔で、部屋の隅で体育座りをしている。

「漆も行こう」

 そう言うが、彼の精神状態はあまり良くないようで、唇はカサカサ、目の下にはクマ、視線は常に下を向いている。

「振ったのは漆なんだろ?何で、ダメージを受けているんだ?」

 志摩が漆に対し、そう言うと彼の肩がぴくりと動く。

「いや、自分の小ささに嫌になっただけ――」

(気にしなくてもいいと思うけどなー)

 志摩はそう思うが、それを口にしたところで、漆の精神が良くならないと判断したのだった。

(そうだ!漆を元気にするのは、愛情と甘いものだ!)

 志摩は思い出す。

 漆の描いていたエロ漫画で、似た内容のものを見た事がある事を。

 とある菓子屋店長のEDが、オメガのバイトの愛と菓子によって治ったという内容だった事(その後、ガンガンやってた)

 志摩は思う。

 内容は少し違うがお菓子で、漆も元気になるはずだと。

「今日はどうします?いつも通りプリンですか?」

 そう彼に言われ、志摩はケーキが入っているショーケースを眺める。

「これは期間限定で、こっちは人気一位で」

 彼は嬉しそうに説明するが、志摩は興味がない為、全く内容が頭に入らない。

「うーん」

「悩んじゃいますよね」

 そう言い、彼は笑い、志摩は少し罪悪感を抱き始めた。

(話が頭に入らなかったって言えないよな)

「そうだ、おすすめを何個か選んでくれる?」

 そう言うと、彼の表情がパァッと明るくなる。

 彼は数個、ケーキ用のトングでおすすめを取り、箱に詰めた。

 志摩が会計を終え、ケーキが入った箱を片手に店を出ると、彼が呼び止めてきた。

「す、すみません」

 志摩が振り返り、彼の方を見ると、その顔は真っ赤に染まっていて、緊張しているのか体も少し震えていた。

「もし、よかったら、これ――」

 そう言い、志摩に差し出したのは手作りの焼き菓子で、可愛らしくリボン付きでラッピングされている。

「専門学校で作ったの、たまたま持っていて、よかったら食べてほしいな、なんて――」

(学生だったんだ――)

 てっきり、フリーターなのかと。

 彼にもフリーターにも、失礼な事を思っている志摩だった。

 わざわざ持ってきてくれたというのに、断るなんて酷い事はできないだろう。

(断ったりしたら、漆が謝りに行けとか、騒ぐだろうな……いや、逆にこのお菓子で元気になるのかも……)

 志摩は想像で、胸を踊らされる。

『オメガが作ったお菓子だぁ!おいちい!』

 喜ぶ漆の姿が思い浮かぶ。

 脱稿した時以上に、喜んでくれるはずだ。

「ありがとう、貰う」

 志摩はそう言い、その手作りお菓子に手を伸ばした。

「あっ――」

 その際、志摩の手が彼の手に触れる。

「ん?」

(変な声出ちゃった……)

 彼はそう思いながら、更に赤面する。

「なんか、申し訳ないな」

「いや、こちらこそというか――その――」

 赤面させた彼は、その場でモジモジと恥ずかしそうにくねられた。

「受け取ってもらえないと思っていたから、とても嬉しい」

 そう言い、微笑む彼に軽く会釈をし、志摩は帰路につく。

(漆に早く食べさせてあげないと……)

 漆の喜ぶ顔が頭に思い浮かび、自然と笑みが零れた。

 横断歩道を渡り、バス停前に着くと、丁度家の近くまでのバスがやってきた。

(早く帰りたいし、バス乗るか……)

 バスに乗り、家の近所まで移動する。

(バスなんて、遊園地の時以来だな……)

 志摩はあの日の出来事を思い出す。

 あれから、肇と会っていない。

 時々、連絡はしているが、仕事が忙しいという理由で誘いも断られてしまう。

(やっぱり、漆と城永が付き合い始めたから、気まずくなったのかな……)

 志摩は溜息を吐き、色々思いはせていると、漆のマンションの近所に景色が変わっており、慌てて降車ボタンを押した。

(危ない、危ない――)

 バスを降り、歩き出すと、何かが目的地の方向から駆け出してくるのが見える。

「ん?何?」

 それは小学生の男の子のようで、彼は志摩の姿を発見すると勢いよく抱き着いた。

 その衝撃で、ケーキを入れていた箱が志摩の足元に落ちる。

「お父さん!助けて!」

「えっ?」

 志摩はそう言われ、困惑するのだった。

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