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 第四章『覚悟』④

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 四人でアトラクションを堪能していると、時刻は午後一時。

 志摩の腹が頻繁に鳴り始め、皆で昼食を取ろうという話になった。

「志摩お前、クレープの後に、チェロスとか、沢山食べてたじゃん」

「お腹空いた――」

「もう――情けないなぁ――」

 呆れた反応の漆は、受付した際に貰った地図を確認する。

「数メートル先にフードコートあるんだけど、そこ寄ってもいいかな?」

 漆は城永と肇にそう言い、確認する。

「うん。僕も何か食べたいな」

「自分は春島君が何か食べるなら――」

 そう言い、城永は漆の傍に駆け寄り、腕を組んだ。

「春島君は何食べる?」

「そうだなぁ、気分的にはハンバーガーかな」

 マップを見ながら漆は、そう呟く。

「それは二人が食べてたからかな?」

「えっ、いや――その」

 彼は慌てた様子で、むすっとした城永に言い訳をした。

「城永君と食べたいなって思っただけで――」

 苦笑いし、城永を腕から剥がし、今度は漆から手を握る。

(いいなぁ)

 肇の瞳に幸せそうに笑う二人が映りこむ。

 それが非常に羨ましく、二人を見ていると、視線に気がついた城永が反応を示す。

「何?」

「な、何でもないよ」

 肇は慌てながら言うが、城永は少し神経質な様子で、見世物じゃないよと小声で呟く。

「城永君、そんな事言っちゃ駄目だって。肇君、ごめんね」

 漆は板挟み状態で、どうすればいいか分からずにクヨクヨしていた。

 すると、その険悪な雰囲気の状況で、志摩が空気を読まずに言う。

「城永は、ピチピチで若い肇に妬いてるんだ。自分はピチピチじゃないから」

 それは嫌味とかではなく、普通に思った事を口にしただけという表情で、その発言に城永は顔を真っ赤にする。

「言っとくけどね。僕、志摩よりは、見た目若いからね!」

「いやいや、それはない。そう思わない?」

 志摩は笑いながらそう言い、隣にいた肇に同意を求める。

「ノーコメントで――」

 肇はそう言い、気まずそうに視線を逸らす。

 確かに肇はニ十歳前半で、肌の艶、きめ細かさから違う。

 誰もが見ても、アラサー三人と若者一人に見える。

 志摩だけ自信満々に、若者ズラしていた。

「はいはい、やめやめ。年齢の話はしない。ほら、みんな。ご飯行くよ」

 変な雰囲気になってしまった為、空元気な表情を作り、漆は城永の手を引いた。

 その際、ほうれい線と目尻の小じわがくっきりと出るのが、漆自身も感じ取る。

(あー、もう自分はおじさんなのか……)

 漆はそう思いながら、城永の手を引いて歩き出した。

「志摩、マジで信じられない。僕、年齢よりも若く見られるもん」

「はいはい、城永君は可愛いよ」

 そう漆は言い、城永を宥める。

「もう、適当な事言って――」

「城永君が一番だよ、ね?」

 漆はそう城永の機嫌を取りながら、頭を撫でる。

(いいなぁ、幸せそう……)

 本当は自分がそこにいたかった。

 肇は思う。

 キスをした時の漆の赤く染まった顔、頬、表情から分かった。

 脈は、十分あったはずだ。

(自分がカルトの人間だから……)

 肇は過去を思い出し、首の後ろ部分を触る。

 深い傷跡は表面がボコボコしており、自然に消える事はない。

 番が死ぬか、そのアルファが解除するまで続くそれを思い出し、運命を呪ってきた。

(お母さんはお父さんに捨てられて、宗教にハマった。救いを求めた)

 でも、結局は売春をしながら、それで得た金を宗教に注いだ。

 肇はそれの巻き添えで首を噛まれ、人生が狂った。

(幸せになる事を望んで、皆入信するのに、幸せからほど遠い……)

 どれだけ祈って、働いて作った金を注いでも、望んでいる幸福はやって来ない。

(高望みなのだろうか……)

 億万長者になりたい訳でも、芸能人と結婚したい訳でもない。

 ただ、好きになった人と、結ばれたい。

 決して幸せになれない、空っぽの日々を過ごしている最中、漆が現れた。

 初めて会った時、扉が開いた瞬間、自分の元に倒れ込んできた為、肇はとても驚いた。

(ベータの体って、意外と大きいし、筋肉質なんだなぁ)

 匂いはアルファ程、癖が無く、湿布の匂いに少々汗の香りが混じっているだけ。

(少し汗くさい?もしかして、熱がある?)

 体が熱い気がする。

(看病しないと……)

 その時、肇は自分が空っぽの人間ではなく、自分は人を愛せる人間だと思い出した。

 その後、一緒に過ごしていくうちに。

 彼から愛情をいっぱい貰った。

 料理も作ってくれた。

 お菓子も買ってきてくれた。

 頭を撫でてくれた。

 宗教とは関係なく、いっぱい、いっぱい。

(でも、今。それを自分から、取り上げようとしてくる人がいる)

 いつの間にか、城永を見る目がとても冷たいものに変わっていく。

(自分は幸せになりたいだけなのに、何で取り上げるの?奪うの?)

 その肇が抱いたモヤモヤした感情は、一般的な嫉妬を超え、醜いものへと変化する。

(神様――)

 肇は両手を合わせ、握る。

 無意識に食事の前にする祈りと同じように。

(この男を早く、消してください)

 それは、自身の首を噛んだ男にも、湧いた事がないもので、肇は無意識に思ってしまった。

「肇、どうしたんだ?」

 肇の異変に気がついたのは、隣にいた志摩で、心配して彼に声をかけた。

「あっ、ヤダ。違う――」

 自身の恐ろしさに気がつき、我に返る。

「んー?」

 志摩は変なものを見る目で、肇を眺めている。

「もう、何でもないってば――行こう、早く」

 そう言い、志摩の後ろに回り、彼の背中を押し、足を無理やり進ませる。

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