自分の隣で寝転がっている恋人がそう言い、自分の髪を撫でる。
「ねぇ、もう一回しよ」
「これ以上したら、家に帰りたくなくなるからダメ」
そう言い、彼の額に自分の額をくっ付ける。
(温い……とても……)
ウキウキしていたデートだったが、アラサー同士のデートというのは、結構冷めたもので――
お互いの家の中間地点にある喫茶店で待ち合わせをし、食事をした後、彼の家に行き、そこでキスをし、体を合わせている。
(ヤリモクではないんだけどな……)
そう思いながら、体を動かし、姿勢を変えた。
しばらくベッドの上で、寝室の天井を眺めていると、城永が自分の口を自身の口で塞ぐ。
「ちゅぷっ――」
「んっ――」
数分、お互い舌を絡め、体に触れる。
(幸せだなぁ……)
口づけを彼の口からずらし、耳の後ろ、そこから首にずらしていく。
「くすぐったいよ」
もう一回はしないが、彼の匂いは甘く、ずっと吸っていたい。
「ふふ、今日、とても良い匂いでしょ?体もフカフカでしょ?」
「うん?」
確かに彼の体は以前、触れたよりも柔らかく、オメガ特有の匂いも強い気がする。
「自分は番解いてないから、ヒートが来ないけど、排卵の時期が近づくとむくむんだよね」
そう言われたら、興味が生まれるもので、彼の体を隅々まで撫で、指で軽く押す。
「恥ずかしいから、ぷにぷに突かないでよ」
皮膚が薄い、顎から首にかけての場所や乳首に触れると、湿っている訳ではないのに、指に吸い付くようだ。
「ちょっ――」
顔の場所を下げ、彼の乳首に指で触れ、その後、舐める。
(汗の味はしない……)
汗を掻いている訳でもないし、産後じゃないから母乳が出ている訳でもない。
(不思議だな……)
後、凄くエッチだ。
「もう、仕方がないなぁ。甘えん坊なんだから――」
子供をあやすように、自分の頭を撫でる。
(あー、赤ちゃん返りしそう……)
彼の子供が生を受けた時、とても幸せだっただろう。
「子供にも、こんなペロペロされた事ないよ」
(そうだった。離婚してるんだった――)
子供に少し申し訳なさを感じ、舐めるのを止め、体勢を直す。
「そういえば来週、子供と久しぶりに会うんだけど、一緒に来る?」
「うん?」
彼の言っている事が分からず、変な返事が口から出た。
「よかった。いやぁ、結婚は法律上できなくても、一緒に住んで、死ぬまで寄り添うのなら、挨拶ぐらいしておかなきゃかなって――」
何故、彼はこんなに急ぐのだろう。
特急列車、いや新幹線くらい早い気がする。
「そうは言うけど、子供にいきなりって、ほらデリケートな時期じゃない?」
「ほら、親よりもハードル低いし」
(それは低いけどさ……)
「じゃあ、親に挨拶に行く?」
彼の両親は、小学生の頃、発表会で顔を合わせた事があるだけに、やはりプレッシャーを感じる。
「ねっ、いいでしょ?うちの子、大人しいタイプだから」
そう彼に言われ、自分の視線が泳ぐ、だが結局彼の勢いに負け、受け入れてしまった。
*
城永の子供に会いに行く日になるが、どのような服を着ていけば印象が良いのか、直前まで悩んでいた。
シャツは白色より、色がついていたほうが印象いい気もするし、チェックだと少しオタクのような印象な気がする。
結局、ジーンズ生地の厚手のシャツと、黒いチノパンを選んだ。
「志摩、この服変じゃないかな?」
リビングにいる休暇中の志摩に印象を訊ねるが、彼は無表情のまま一言口にする。
「変じゃないけど、寒いんじゃないか?」
志摩はカボチャのスープが入ったマグをスプーンでかき混ぜている。
「流石にコートは着ていくに、決まってるでしょ――」
「でも、寒そう」
「もういい、ニット着ていくよ!」
そう言い、ニットをタンスから取り出し、シャツの上から着る。
自室の時計を見ると、待ち合わせの時間が迫っており、自分は焦る。
「やばい、時間――」
走って駅に向かえば、次の電車に間に合いだろうか。
財布と携帯を持ち、部屋を飛び出す。
すると、志摩が何かを思い出したのか、玄関で靴を履く、自分に近寄って来て話しかけてきた。
「そういえば――」
「今、急いでるから!帰ったら聞く!」
そう言い、使い終えた靴べらを彼に渡し、家を出る。
自分のいない玄関で、志摩は呟く。
「漆、大丈夫かな?電車、強風で遅延してるんだけど」
その事実を自分が知ったのは、最寄り駅に到着してからだった。
*
ファミレスの窓側の席で、コーヒーを口にする。
最近、豆から挽いたコーヒーばかり飲んでいた為、不味く感じる訳ではないが、あまり美味しく感じない。
(うーん、舌が肥えるのも問題かなぁ……)
美味しいコーヒーは時々飲むくらいが、丁度いいのかもしれない。
そう思っていると、入店のチャイムがファミレスに響き、十数秒後、聞きなれた声が自分の耳に届く。
「ごめんね。電車遅れていて――」
城永達側も電車の遅延があったらしく、それに巻き込まれ、三十分くらい遅れてファミレスに到着した。
「いいよ。全然」
その方向を見ると、自分はとても驚いた。
彼の私服姿も眩しく、素敵だったが、それ以上に、彼の後ろに隠れていた少年に、自分は目を奪われた。
年齢は小学校の低学年くらいだろうか。
自分が初めて恋した城永、そのままの見た目だった。
(あっ、可愛い……)
好きになってしまいそうだ。
「息子君、城永君にとても似てるね」
「そう?自分ではそう思わないけど……」
そう言い、自身の息子を彼は窓側に座らせる。
愛らしい顔が自分の真ん前にやってきて、自分は静かに湧く。
「そういえば、反対車線、遅延してなかったの?あっ、もしかして、早いので来させちゃった?申し訳ないな……」
「まぁ、そんなところ――」
本当はタクシーを捕まえて、ここまで来たのだけど、それは内緒にしておこう。
「ところで、息子君、名前なんていうの?」
「あぁ、そうだね。『アオイ』っていうの」
彼は自分と一瞬、目を合わせるが、すぐ逸らしてしまう。
幼少の頃から社交的だった城永と違い、人見知りな様子である。
「アオイ君、良い名前だね。自分は、漆って言うんだ」
「変な名前」
アオイに話しかけるが、自分に対し、少し警戒しているようで、大きい瞳を鋭くする。「後、自分の名前は良い名前じゃないよ」
アオイはそう言い、城永の腕を掴んだ。
(これが塩対応ってやつか……)
知らない中年男性が家族水入らずの空間に乱入して来たら、まぁそうなるだろうな。
「こら、失礼な事言わないの?全く――話は少し変わるけど、春島君、ご飯ここで食べていくよね?」
「あっ、うん。二人がいいのであれば――」
自分はそう言い、近くにあったメニュー表を取り、二人に見えるように置く。
「アオイもハンバーグ食べたいって言ってたでしょ?注文する?」
彼はそう言い、テーブルに敷いてあるメニュー表を指差した。
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