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 第五章『陽キャ』③

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 自分の隣で寝転がっている恋人がそう言い、自分の髪を撫でる。

「ねぇ、もう一回しよ」

「これ以上したら、家に帰りたくなくなるからダメ」

 そう言い、彼の額に自分の額をくっ付ける。

(温い……とても……)

 ウキウキしていたデートだったが、アラサー同士のデートというのは、結構冷めたもので――

 お互いの家の中間地点にある喫茶店で待ち合わせをし、食事をした後、彼の家に行き、そこでキスをし、体を合わせている。

(ヤリモクではないんだけどな……)

 そう思いながら、体を動かし、姿勢を変えた。

 しばらくベッドの上で、寝室の天井を眺めていると、城永が自分の口を自身の口で塞ぐ。

「ちゅぷっ――」

「んっ――」

 数分、お互い舌を絡め、体に触れる。

(幸せだなぁ……)

 口づけを彼の口からずらし、耳の後ろ、そこから首にずらしていく。

「くすぐったいよ」

 もう一回はしないが、彼の匂いは甘く、ずっと吸っていたい。

「ふふ、今日、とても良い匂いでしょ?体もフカフカでしょ?」

「うん?」

 確かに彼の体は以前、触れたよりも柔らかく、オメガ特有の匂いも強い気がする。

「自分は番解いてないから、ヒートが来ないけど、排卵の時期が近づくとむくむんだよね」

 そう言われたら、興味が生まれるもので、彼の体を隅々まで撫で、指で軽く押す。

「恥ずかしいから、ぷにぷに突かないでよ」

 皮膚が薄い、顎から首にかけての場所や乳首に触れると、湿っている訳ではないのに、指に吸い付くようだ。

「ちょっ――」

 顔の場所を下げ、彼の乳首に指で触れ、その後、舐める。

(汗の味はしない……)

 汗を掻いている訳でもないし、産後じゃないから母乳が出ている訳でもない。

(不思議だな……)

 後、凄くエッチだ。

「もう、仕方がないなぁ。甘えん坊なんだから――」

 子供をあやすように、自分の頭を撫でる。

(あー、赤ちゃん返りしそう……)

 彼の子供が生を受けた時、とても幸せだっただろう。

「子供にも、こんなペロペロされた事ないよ」

(そうだった。離婚してるんだった――)

 子供に少し申し訳なさを感じ、舐めるのを止め、体勢を直す。

「そういえば来週、子供と久しぶりに会うんだけど、一緒に来る?」

「うん?」

 彼の言っている事が分からず、変な返事が口から出た。

「よかった。いやぁ、結婚は法律上できなくても、一緒に住んで、死ぬまで寄り添うのなら、挨拶ぐらいしておかなきゃかなって――」

 何故、彼はこんなに急ぐのだろう。

 特急列車、いや新幹線くらい早い気がする。

「そうは言うけど、子供にいきなりって、ほらデリケートな時期じゃない?」

「ほら、親よりもハードル低いし」

(それは低いけどさ……)

「じゃあ、親に挨拶に行く?」

 彼の両親は、小学生の頃、発表会で顔を合わせた事があるだけに、やはりプレッシャーを感じる。

「ねっ、いいでしょ?うちの子、大人しいタイプだから」

 そう彼に言われ、自分の視線が泳ぐ、だが結局彼の勢いに負け、受け入れてしまった。

 城永の子供に会いに行く日になるが、どのような服を着ていけば印象が良いのか、直前まで悩んでいた。

 シャツは白色より、色がついていたほうが印象いい気もするし、チェックだと少しオタクのような印象な気がする。

 結局、ジーンズ生地の厚手のシャツと、黒いチノパンを選んだ。

「志摩、この服変じゃないかな?」

 リビングにいる休暇中の志摩に印象を訊ねるが、彼は無表情のまま一言口にする。

「変じゃないけど、寒いんじゃないか?」

 志摩はカボチャのスープが入ったマグをスプーンでかき混ぜている。

「流石にコートは着ていくに、決まってるでしょ――」

「でも、寒そう」

「もういい、ニット着ていくよ!」

 そう言い、ニットをタンスから取り出し、シャツの上から着る。

 自室の時計を見ると、待ち合わせの時間が迫っており、自分は焦る。

「やばい、時間――」

 走って駅に向かえば、次の電車に間に合いだろうか。

 財布と携帯を持ち、部屋を飛び出す。

 すると、志摩が何かを思い出したのか、玄関で靴を履く、自分に近寄って来て話しかけてきた。

「そういえば――」

「今、急いでるから!帰ったら聞く!」

 そう言い、使い終えた靴べらを彼に渡し、家を出る。

 自分のいない玄関で、志摩は呟く。

「漆、大丈夫かな?電車、強風で遅延してるんだけど」

 その事実を自分が知ったのは、最寄り駅に到着してからだった。

 ファミレスの窓側の席で、コーヒーを口にする。

 最近、豆から挽いたコーヒーばかり飲んでいた為、不味く感じる訳ではないが、あまり美味しく感じない。

(うーん、舌が肥えるのも問題かなぁ……)

 美味しいコーヒーは時々飲むくらいが、丁度いいのかもしれない。

 そう思っていると、入店のチャイムがファミレスに響き、十数秒後、聞きなれた声が自分の耳に届く。

「ごめんね。電車遅れていて――」

 城永達側も電車の遅延があったらしく、それに巻き込まれ、三十分くらい遅れてファミレスに到着した。

「いいよ。全然」

 その方向を見ると、自分はとても驚いた。

 彼の私服姿も眩しく、素敵だったが、それ以上に、彼の後ろに隠れていた少年に、自分は目を奪われた。

 年齢は小学校の低学年くらいだろうか。

 自分が初めて恋した城永、そのままの見た目だった。

(あっ、可愛い……)

 好きになってしまいそうだ。

「息子君、城永君にとても似てるね」

「そう?自分ではそう思わないけど……」

 そう言い、自身の息子を彼は窓側に座らせる。

 愛らしい顔が自分の真ん前にやってきて、自分は静かに湧く。

「そういえば、反対車線、遅延してなかったの?あっ、もしかして、早いので来させちゃった?申し訳ないな……」

「まぁ、そんなところ――」

 本当はタクシーを捕まえて、ここまで来たのだけど、それは内緒にしておこう。

「ところで、息子君、名前なんていうの?」

「あぁ、そうだね。『アオイ』っていうの」

 彼は自分と一瞬、目を合わせるが、すぐ逸らしてしまう。

 幼少の頃から社交的だった城永と違い、人見知りな様子である。

「アオイ君、良い名前だね。自分は、漆って言うんだ」

「変な名前」

 アオイに話しかけるが、自分に対し、少し警戒しているようで、大きい瞳を鋭くする。「後、自分の名前は良い名前じゃないよ」

 アオイはそう言い、城永の腕を掴んだ。

(これが塩対応ってやつか……)

 知らない中年男性が家族水入らずの空間に乱入して来たら、まぁそうなるだろうな。

「こら、失礼な事言わないの?全く――話は少し変わるけど、春島君、ご飯ここで食べていくよね?」

「あっ、うん。二人がいいのであれば――」

 自分はそう言い、近くにあったメニュー表を取り、二人に見えるように置く。

「アオイもハンバーグ食べたいって言ってたでしょ?注文する?」

 彼はそう言い、テーブルに敷いてあるメニュー表を指差した。

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