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 第五章『陽キャ』⑥

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 最寄り駅に着き、改札前でアオイ少年と城永と別れの挨拶をする。

「アオイ君、今日はありがとうね。おじさんと会ってくれて」

「おじさんもラジコンありがとう」

 アオイ少年は育ちが良いようで、ちゃんと挨拶ができ、いい子だった。

「また、会おうね」

「うん、楽しみにしてる」

 そう言った時、いきなり城永が自分の腕を掴み、抱き寄せた。

「ちょっと――城永君、どうしたの?」

「アオイ、聞いてほしい事があるの」

 いきなりの事で自分もアオイ少年も驚き、言葉を失う。

「お父さん、今この人。春島君とお付き合いしてるの」

 そう言う城永はとても真剣な様子で、真っ直ぐ、アオイ少年の方を見た。

「――嫌、困る――」

 少年の顔は、先程の朗らかな笑みから変わり、恐怖そのものに変わる。

 それはそうだ。

 少年は実の父親と城永との子供。

 それ以外の親なんて、親の新しい恋人なんて受け入れられる訳ではない。

 まだ、幼い少年なら尚更、変な話ではない。

 彼の大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

「ヤダ!ヤダ!ヤダ!!僕は嫌だ!!」

 彼は駅の改札前で、泣きながらそう叫んだ。

「アオイ君、ちょっと――」

 改札駅の前なのと電車の遅延で、利用している人が多く、その場にいた殆どの人間の視線が自分達に向く。

「ヤダ!ヤダ!」

「アオイ君、ごめんね。驚いたよね?落ち着いて――」

 落ち着かせようと少年の肩に触れようとするが、彼は興奮状態で、自分の手を強く払う。

 バシンと強く、凛々しい音がその場に反響した。

 そして、彼がある言葉を口にする。

「ベータなのに、気持ち悪い!」

 その一言で自分の中のある記憶がフラッシュバックした。

(あっ、思い出した――)

 それは小学生の記憶で、友人数人と話している幼い城永の姿がある。

 放課後の教室、机を椅子にして、愛らしい顔で、意地悪そうな笑みを浮かべていた。

『春島君って気持ち悪いよね。ベータなのに、僕の事が好きなんだって』

 記憶の中の幼い城永は、そう口にする。

(そうだよね。気持ち悪いよね)

 それは自分の中のトラウマで、実際の記憶なのか、トラウマが作りだした幻想なのか危ういが、確かに自分の中に存在した。

(そうだ。そうだ――)

 気が付くと自分はその場にへたり込み、大粒の涙を流していた。

 それを見ていたアオイ少年は、正気を取り戻したのか、驚いた顔をし、自分に声をかけてくる。

「おじさん、ごめんね。僕――」

 言葉の途中で、城永はアオイ少年に強いビンタをした。

 アオイ少年が大事に抱いていたラジコンがその場に落ち、少し転がる。

「何失礼なことを言ってるの!なんで、お父さんの邪魔ばかりするの!」

 音と城永の怒声が改札周辺に響き渡り、周囲の人間、その空間が凍り付く。

「ご、ごめんなさい」

 アオイ少年はそう城永に謝るが、それを無視し、城永は自分のほうに駆け寄ってきた。

「春島君、ごめんね。アオイが失礼な事言ってしまって――」

 彼はそう言い、自分の口に接吻しようと顔を近づける。

「っ――」

 自分は彼を突き放し、言葉を口にした。

「別れる」

 いきなり放った自分の言葉に城永は驚き、言葉を詰まらせた。

「えっ?何で?」

「別れる――別れる、別れる!」

 大粒の涙が止まらず、そう言い、自分は急ぎ足で、改札を抜ける。

「待って!行かないで!」

 城永の悲痛な叫びがその場に響いた。

 自分は耳を塞ぐが、その声が脳内に残り、罪悪感が心を締め付ける。

(自分は悪くない。これでいい)

 今の城永君に不満がある訳ではないけど。今、それ以外思わない。

(本当はベータが嫌いだったんでしょ?)

 幼い自分が今の城永に語り掛けてくるような感覚があった。

(自分なんか、陰気なやつだって、馬鹿にしていたんでしょ?)

 歩く度に足元に涙が落ちる。

(自分って、何者なんだろう……)

 今の彼が不満だった訳でも愛してなかった訳でもない。

 愛おしさを感じていたのは本当だ、嘘じゃない。

 でも、自分は捨ててしまった。

 幸せを自らの手で手放してしまった。

(城永君、ごめんね。過去を受け入れられなくて――)

 城永は悪くない。

 昔の幼い城永もだ。

 ただ、自分が優れているとアピールしたくて、精神が幼くて、少し他人を批判してしまっただけだ。

(あぁ、自分はゴミだ――)

 なんで、昔の事だからいいと、今幸せだからいいと、笑って許せないのだろう。

 電車がそろそろホームに来る。

 そのアナウンスがその場に響いた。

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