最寄り駅に着き、改札前でアオイ少年と城永と別れの挨拶をする。
「アオイ君、今日はありがとうね。おじさんと会ってくれて」
「おじさんもラジコンありがとう」
アオイ少年は育ちが良いようで、ちゃんと挨拶ができ、いい子だった。
「また、会おうね」
「うん、楽しみにしてる」
そう言った時、いきなり城永が自分の腕を掴み、抱き寄せた。
「ちょっと――城永君、どうしたの?」
「アオイ、聞いてほしい事があるの」
いきなりの事で自分もアオイ少年も驚き、言葉を失う。
「お父さん、今この人。春島君とお付き合いしてるの」
そう言う城永はとても真剣な様子で、真っ直ぐ、アオイ少年の方を見た。
「――嫌、困る――」
少年の顔は、先程の朗らかな笑みから変わり、恐怖そのものに変わる。
それはそうだ。
少年は実の父親と城永との子供。
それ以外の親なんて、親の新しい恋人なんて受け入れられる訳ではない。
まだ、幼い少年なら尚更、変な話ではない。
彼の大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
「ヤダ!ヤダ!ヤダ!!僕は嫌だ!!」
彼は駅の改札前で、泣きながらそう叫んだ。
「アオイ君、ちょっと――」
改札駅の前なのと電車の遅延で、利用している人が多く、その場にいた殆どの人間の視線が自分達に向く。
「ヤダ!ヤダ!」
「アオイ君、ごめんね。驚いたよね?落ち着いて――」
落ち着かせようと少年の肩に触れようとするが、彼は興奮状態で、自分の手を強く払う。
バシンと強く、凛々しい音がその場に反響した。
そして、彼がある言葉を口にする。
「ベータなのに、気持ち悪い!」
その一言で自分の中のある記憶がフラッシュバックした。
(あっ、思い出した――)
それは小学生の記憶で、友人数人と話している幼い城永の姿がある。
放課後の教室、机を椅子にして、愛らしい顔で、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
『春島君って気持ち悪いよね。ベータなのに、僕の事が好きなんだって』
記憶の中の幼い城永は、そう口にする。
(そうだよね。気持ち悪いよね)
それは自分の中のトラウマで、実際の記憶なのか、トラウマが作りだした幻想なのか危ういが、確かに自分の中に存在した。
(そうだ。そうだ――)
気が付くと自分はその場にへたり込み、大粒の涙を流していた。
それを見ていたアオイ少年は、正気を取り戻したのか、驚いた顔をし、自分に声をかけてくる。
「おじさん、ごめんね。僕――」
言葉の途中で、城永はアオイ少年に強いビンタをした。
アオイ少年が大事に抱いていたラジコンがその場に落ち、少し転がる。
「何失礼なことを言ってるの!なんで、お父さんの邪魔ばかりするの!」
音と城永の怒声が改札周辺に響き渡り、周囲の人間、その空間が凍り付く。
「ご、ごめんなさい」
アオイ少年はそう城永に謝るが、それを無視し、城永は自分のほうに駆け寄ってきた。
「春島君、ごめんね。アオイが失礼な事言ってしまって――」
彼はそう言い、自分の口に接吻しようと顔を近づける。
「っ――」
自分は彼を突き放し、言葉を口にした。
「別れる」
いきなり放った自分の言葉に城永は驚き、言葉を詰まらせた。
「えっ?何で?」
「別れる――別れる、別れる!」
大粒の涙が止まらず、そう言い、自分は急ぎ足で、改札を抜ける。
「待って!行かないで!」
城永の悲痛な叫びがその場に響いた。
自分は耳を塞ぐが、その声が脳内に残り、罪悪感が心を締め付ける。
(自分は悪くない。これでいい)
今の城永君に不満がある訳ではないけど。今、それ以外思わない。
(本当はベータが嫌いだったんでしょ?)
幼い自分が今の城永に語り掛けてくるような感覚があった。
(自分なんか、陰気なやつだって、馬鹿にしていたんでしょ?)
歩く度に足元に涙が落ちる。
(自分って、何者なんだろう……)
今の彼が不満だった訳でも愛してなかった訳でもない。
愛おしさを感じていたのは本当だ、嘘じゃない。
でも、自分は捨ててしまった。
幸せを自らの手で手放してしまった。
(城永君、ごめんね。過去を受け入れられなくて――)
城永は悪くない。
昔の幼い城永もだ。
ただ、自分が優れているとアピールしたくて、精神が幼くて、少し他人を批判してしまっただけだ。
(あぁ、自分はゴミだ――)
なんで、昔の事だからいいと、今幸せだからいいと、笑って許せないのだろう。
電車がそろそろホームに来る。
そのアナウンスがその場に響いた。
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