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 第五章『陽キャ』⑧

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 数十分前の出来事である。

 一人の少年がスマホの地図アプリと睨めっこしている。

 少年の名前は『アオイ』そう城永の一人息子だ。

(考えが甘かったかな……)

 アオイ少年はあの後、城永にとても怒られた。

 気が動転して、心に無い事を言ってしまい、彼を傷つけてしまった。

(ラジコン、買ってもらったのに……)

 漆の優しく微笑んだ顔がアオイ少年の頭を過る。

(ちゃんと謝らないと……)

 大体の住所は、父親の話や行動範囲から、割り出せたものの、マンションの名前や部屋の番号は分かる訳がない。

(漫画家さんの家ってどこですかって、人に訊く?)

 そもそも、有名な漫画家なのだろうか。

(あの人、近所の人に漫画家していますって、公言しているのかな……)

 漆の事を思い出す。

 大人しくて、そう周囲に言いふらすようなタイプに見えない。

 アオイ少年は悩み、頭を抱えた。

(出直したほうがいいのかなぁ……)

 そう引き返そうとした時、誰かの声が聞こえる。

「君、どうしたの?迷子?」

 その声は男性のもので、どうやらご近所さんが自分の様子を見て、声をかけてきたようだ。

(あー、この人に聞いて、ダメだったら戻ろう……)

「あの、すみません」

 アオイ少年がその声の方向を見ると、そこには小汚いおじさんがいた。

 アオイ少年が高飛車でプライドが高いから、汚い不審者のように感じるわけではない。

 今冬で、アオイ少年がジャンパーで着こんでいるのに対し、そのおじさんは、汗で黄ばんだタンクトップ、短パン、ビーチサンダルのコーディネートだった。

(うわぁ、生理的に無理なタイプだ……)

 禿げているのに全身が毛深いし、太っているし、おまけに脂汗が噴き出している。

(いや、人を見た目で判断しちゃダメ……本当にご近所さんかもだし……)

「君、オメガ?可愛いお顔だね。肌なんてすべすべだぁ」

 この発言で、アオイ少年はこの場を逃げるという決断をした。

(お父さんじゃない――)

 そう思った志摩だったが、その少年は涙目で尋常じゃないと察する。

「やっと――お、追いついた――」

 そう言う声が聞こえ、少年からその人物に視線を向けた。

 季節外れのタンクトップおじさんだった。

(何で、タンクトップ?)

 その声は息を切らしているのか、途切れ途切れだ。

「その子――自分の親戚で――こちらに寄こして貰っていいですか?」

 タンクトップおじさんが、下心があるような表情で、少年に視線を向けている。

 志摩は少年を確認するが、彼は上着を精いっぱいの力で掴んでいた。

「あの、何でタンクトップなんですか?」

 志摩の質問が少し的外れだった為、その中年男性が戸惑った声を出す。

「そ、それは自分が家で着替えている時に、その子が外に出てしまって――」

「苦しい言い訳だなぁ」

 志摩はそう溜息を吐く、そして冷たい視線をその不審者に向ける。

「さっき顔、にやけてたぞ」

 志摩の瞳が大きく開く、その瞳孔が狭く、小さく、その不審者の姿を静かに映すのだった。

 不審者は志摩の顔に怯え、漆の家と反対方向に走り去った。

「「気持ち悪い」」

 志摩と少年は同時に同じ事を口にした。

 少年や少女が性犯罪に巻き込まれるケースは、ニュースで見るが胸糞が悪いものだ。

「驚いた、あの人。結構しつこくて、ダメかと思ったんだ」

「でも、ショックだ――」

 志摩はそう一言口にする。

「何が?」

「自分の顔、怖かったんだと思って」

 彼はそう言い、足元に落ちたケーキの箱を拾おうとしゃがむ。

「でも、おじさん。僕の事守ってくれたじゃない?素敵だったよ」

「えっ?そう?」

 そう言い、志摩は見下ろす少年の顔を見る。

 その瞬間、少年は衝撃を受けた。

(な、何この人――顔が良すぎる――)

 アオイ少年は、顔を赤らめ、視線を逸らす。

(お父さんとか、おじさんとか、言っちゃったけど、何歳なんだろう……)

 年齢不詳の志摩はアオイ少年には、二十代半ばか前半に見えた。

(ダメ、年上の人だよ!恋人とか、いるかもだし!)

 アオイからしたら、父親や同級生じゃないアルファは初めて関わるようなもの。

(キュンキュンが止まらない――これが恋なのかな?)

 そう思っていると、志摩は立ち上がり、アオイ少年に話しかけてきた。

「君、ここら辺で見ない顔だけど、迷子?」

 交番に連れて行こうかと言う志摩に、アオイ少年は首を振る。

「人の家を探してる」

 彼はそう志摩に言う。

「失礼な事というか、傷つける事を言ってしまって、謝りに来たというか……」

「へぇ、その人の家は?名前は?」

 分かれば案内するけどと言う志摩に、アオイ少年は言う。

「知ってるか、分からないんだけど――」

 アオイ少年は、父親の恋人の名前を口にした。

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