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 第六章『愛』⑩

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 中に入ると、古い病院のような窓が付いたタイプの受付カウンターがあり、そこがガラリと開いた。

 すりガラスの窓が立てる音に驚き、自分の肩が跳ねる。

「だ、大丈夫?先生――」

 自分が驚いたのを心配して、肇が声をかけてきた。

「だ、大丈夫――」

 肇とそういう行為をしようとしているのが、罪悪感というか、自分が悪い事をしようとしているみたいで、脂汗が額から滲み出てしまう。

「ん?」

 その光景を見たカウンターの男性が困惑した声を出すが、肇は構わず、自分の手を引き、彼の方に向かった。

「わっ、ちょっと――」

 受付の男性は、水色のマスクに、ナース服というふざけた格好で、愛想という物が欠如している。

「ここラブホだけど、大丈夫?」

 そして、彼は死んだ魚のような瞳をしており、この世のすべてを見てきた、知っているという顔をしていた。

「オメガのお兄さん、やけに童顔だけど、未成年じゃないよね?生年月日が分かるものだけ、見せてもらっていい?」

「はい」

 肇は財布から、運転免許証を取り出し、受付の彼に見せる。

(――受付の人、ベータだよね?)

 自分は、そんなやり取りを肇としている彼に興味が沸き始めた。

 小柄の体格、酒と煙草で枯れた声。

 一瞬、オメガかベータか、分からなくなるくらい、中性的だった。

(抱けるな……美形だし……)

 オメガが恋愛対象なのだが、抱ける見た目だと思うくらい、顔が整っている。

「お金は先払い、時間はこっちで測って時間になったら、内線電話するから、行為は時間内で済ませるように――」

 お金を二人でそれぞれ払うと、受付の彼は紙コップに小袋に入ったマウスウォッシュを入れたものを渡してきた。

(こういうの、渡してくるって珍しい?)

 自分が困惑した顔をしていると、受付の彼は不愛想に言う。

「歯ブラシと歯磨き粉がいいのなら、それぞれ200円――」

「あっ、はい。これでいいです」

 そして、受付の彼は、使い古されたルームキーを渡してくる。

(昔、ネタの為に行った田舎の古い民宿を思い出すな……)

 鍵を確認するとそれは、棒状のキーホルダーに部屋の番号が刻印されていた。

 だが、番号部分の色が落ちており、手触りで部屋を確認するしかない。

「エレベーターは、点検中で使用不可。隣の階段は、使っていい階段だから」

 そう言うと受付の男性は、受付の扉をピシャンと閉めてしまった。

(変な人、変な場所……)

 二人でエレベーターの場所まで移動すると、エレベーターに点検中と手書きの紙が貼ってあり、その横に階段があった。

 階段を二人で上がり、移動する。

「先生、部屋何回?」

「201かな?」

「それ、凄く古いねー。何番か、ぱっと見分からないよー」

 肇はそう言い、笑う。

「先生からシャワー、どうぞ」

「いや、自分は、出かける直前に浴びてきたから……」

「そっか、なら僕。浴びてきちゃうね」

 シャワーの音が聞こえる。

(受付さんの癖強で、忘れていたけど、肇君と致すんだった……)

『デリヘルも呼べるよ――』

 彼が肇としていた言葉が脳内再生される。

(そんなエロ漫画みたいな……)

 今、自分はとても困惑している。

 エロ漫画家の自分がそう思うのは、変な話なのだろうが――

 自分はベッドの上で正座して、借りてきた猫状態。

(ラブホって、筆おろし以来だな……)

 新宿だもの、こういう場所くらいあるか。

 フルパワーでも薄暗い照明、薄い壁、実にレトロなタイプのラブホテルである。

 天井と床には謎のシミがあるし、後は壁から、喘ぎ声が微かに聞こえる始末。

(もう乗りかかった船だ!全部、ネタにしよう!)

 エロ漫画家らしく、エロいネタ全部持って帰ろう。

 そう思い、先程受付から貰った紙コップを隣の部屋の壁に当て、聞き耳を立てた。

 隣の喘ぎ声が心なしか先程よりも、よく聞こえる。

(これはいいなぁ……よく聞こえる……)

 そう関心していると、シャワーを浴び終わった肇が腰にタオルを巻いて、詩文がいるベッドルームまで来た。

「先生、お待たせ――って、何してるの?」

 自分の奇行を見た肇が、困惑した表情をし、言葉を漏らす。

「そ、そのこれは――」

「もう、好奇心があるのはいいけど、程々にしないと」

 彼は自分にそう言い、少し濡れた髪を掻き上げ、ベッドに上がる。

「ちょっと――」

 彼の肌は、珠のように白く、しなやかで、とても魅力的だ。

「先生、少し照れてる?」

 彼はそう言い微笑み、自分の頬に接吻する。

(あっ、幸せだ――でも――)

「服、脱がすよ?」

 彼が自分の服を丁寧な手付きで、脱がしていく。その指はとても細く、色白だ。

「先生、好きだよ」

 自分の上半身を脱がした後、彼はそう囁き、鎖骨部分に接吻をした。

「自分も大好きだよ……」

 自分もそれに答えるように、そう言葉を発する。

(これでいいのだろうか……)

 肇は純粋無垢で、いつも綺麗で、神聖な存在で、この場で自分が彼と致すということは、彼の人生を全部汚すのではないか。

 そう思っていると彼は、自分に抱き着き、その場に押し倒した。

 彼は愛らしい顔のままで、自分の肌に頬ずりしてきたり、体をくっ付けてくる。

 そして、愛らしい顔のまま、自分の腹を舐め、ヘソをチロチロ舐めてきた。

「ちょっ――くすぐったい!」

「先生、いいよね?」

 彼はそう言い、自分のズボンとパンツをずらす。

 自分の物はこの時、この瞬間ばかりは、立たなかった。

「先生――なんか、ごめんね?」

 元気の無い自分の物を見た時の、彼からの可哀そうな物を見る視線が痛い。

 その瞬間、彼のテンションが下がったというか、萎えたというか、しょんぼりした顔をして、その場から風呂場に向かう。

 戻ってきた彼は服をしっかり着ていて、もうそういう気持ちではないのだと、再確認した。

「――先生、もう帰る?申し訳ないなぁ、なんか……」

「いや、違うんだって、そうではなくて!」

 ここまでテンションが下がった彼を自分は見たことが無い。

「肇君、ここにおいで」

 ベッドの上に正座し、目の前をポンポンと叩く。

 彼は困りながら、そこに座る。

「自分は肇君の事、大事に思ってるよ。今回の件だって、正直なところ嬉しかったし」

 自分がそう言うと彼は、パァッと嬉しそうな顔をする。

「でも、こう。順序っていうのがあってね」

「でも、城永さんとは、すぐ付き合ってた」

 やはり、城永と張り合っていたようで、自分は子供みたいで可愛いなと思う。

「彼とは、小学校も高校も同じだから」

 そう言うと彼は、本当かと疑った顔をしたが、自分はそれを無視し、話を進める。

「後、そうだな。肇君はやっぱり自分の中で、神聖な、清い存在というか……」

「それはカルトの人間だから?」

 彼の純粋で大きな瞳が自分を見つめる。

「そうではないけど……」

 それが今回の課題ではないが。

(んー、それも本当……)

 そのうち、付き合っても、お互い幸せになれない訳で。

 だが、自分はその瞳にとても弱く、言葉を詰まらせた。

 すると、彼は何か思ったのか、こんな事を言い出す。

「じゃあ、やめる」

「うん、そうではないんだけど……ん?」

 自分は最初さらりと、それを聞き流してしまうが、彼に訊き返す。

「今、何て言った!」

 目の前のオメガを両手で掴み、グラグラと揺らす。

「カルトやめる――酔うから揺らすのやめて」

 二世の彼には、宗教に対する情熱も何も無かったようである。

「というか、何でそう思ったの?」

「先生が城永さんとお付き合いした時、思ったんだ。『あー、自分のほうが近くて、愛情を注いで貰っていたのにな』『自分がカルトの人間だから選ばれなかった』って――」

 彼はそう言い、自分から顔を背け、自身の鼻の頭を掻く。

(自分はこんな風に思わせていたんだ……)

 多分、自分が思っているよりも、彼は辛かった。

 遊園地で体調を崩した時も、精神的に追い詰めていたのだろう。

(この子を幸せにしよう、甘やかそう)

 自分にできる事はそれしかない。

(恋愛感情が無い訳ではないし、それに可愛いし)

 そう思っていると、彼が何かを思い出し、声を出した。

「あっ、でも。教会で働いているから、無職になるかもな――」

 彼は宗教に対する執着はないようだが、無職になるのは少し不安のようだ。

「やっぱり、やめるのやめ――」

 気持ちが変わらないように、彼を誘う。

「いや、大丈夫。今、借りている部屋を解約して、自分の家に住みなよ」

 カルトから彼を引き離せる機会は、これを逃すと一生無いかもしれないからだ。

「でも、志摩がいるから、家が狭いって――先生、いつも言っていたし……」

「大丈夫、志摩は二人で追い出そう。祖父母の家が少し離れた場所にある」

 そう言い、同棲を餌にカルトから引き離そうとする。

「大丈夫、再就職できなくても、お家の事してくれれば――食事前にテーブルを濡れ布巾で軽く拭くだけでいいんだよ」

「先生、僕の事、やっぱり好きだよね――」

カルトという存在がなくなったら、グイグイだものと、肇は困った顔というか、少し引いた顔で言う。

「お布団、新しいの用意しなきゃだね……」

 自分の家に童顔オメガが住んでくれる。

 自分の時代が来た。

(もう、この子は自分のだ!)

 モコモコの靴下履かせて、布団の枕元には赤ちゃん用のぬいぐるみ置いちゃうぞ。

(彼は二十四時間、可愛いぞ!自宅ワークが捗ってしまう!)

 自分の中のリミッターが解除された瞬間、彼が赤ちゃんのような、愛くるしいものに変化したのだった。

「先生、お顔怖いよ?」

 そんな事知らない彼は、困惑した顔をする。

「というか肇君、今からする?」

「いや、いい。そんな気分じゃないし。本当に先生、カルトだけが引っかかっていた感じだったんだね」

 本当に彼は、引いていた。

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