自分『春島 漆(はるしま うるし)』は、かなり拗らせた人間である。
小学一年生の七夕、図工か道徳の授業かは忘れたが、担任の先生から短冊を渡され、好きなお願い事を書いてほしいと言われた。
当時、好きな子がいた。
その子は『城永 真白(しろなが ましろ)』という名前のオメガの男子で、体は小柄だったが、明るく、好奇心が強い子だった。
一方自分は、引っ込み思案で、休み時間は教室の隅で絵を描いているような子で、真逆の性格だった。
初恋というよりは憧れに近かったのかもしれない。
まぁどちらにせよ。小柄な体でも、持った明るさ、社交性で渡っていけている彼に好意があった。
『彼のようになりたい』と書けば良かった話だが、恋愛と憧れの違いが分かっていない少年には少々難しかったようで『結婚したいです』と書いてしまった。
「じゃあ、書いた短冊の内容を発表してもらいます。前から順番に――」
案の定その後、公開処刑された。
そして、その後、階段前に笹が飾られ、そこに晒される。
「結婚したいとかガチじゃん」
「気持ち悪いわ」
面白がってそう揶揄う同級生はいたけれど、仲間外れにされたり、虐められたりという事はなく、八月になる頃には話題に上がらなくなった。
子供なんて飽きっぽくて、想像よりも周囲のリアクションが無ければ、それで終わりである。
一人を除いて。
「実は僕、春島君にさ――」
告白された本人は、定期的に武勇伝のように語った。
それはクラス替えで、自分と別の組になっても、教室の廊下ですれ違った時、たまたま行事で関わる時など、如何にも思い出したように言いふらすのだ。
それが卒業までの、約六年続いたのだから、驚きである。
卒業式後、学区の都合で、小学校のメンバーとは別の中学に通う事になり、七夕の因果から解放されたのだが、それにより拗らせてしまったようで、更に内気な性格になってしまったのと、もう一つ。
中学で出来た唯一の友人が家に来た時、そう言う。
「何で、お前のエロ本、オメガの男なんだ?お前はベータなのに」
「うう……それは……」
性癖がマニアよりに傾いてしまった。
親友はアルファだったが、あまりオメガに興味がないらしく、内容確認をする為だけに、パラパラと自分のエロ本を見ていた。
そして時が更に進み、親友と同じ高校に進学する。
親友は成績、運動神経が良かったのにも関わらず、自分と同じ学校を選んでくれた。
「良かったの?もっと良い所いけたんじゃ?」
「いや、家が徒歩10分」
だとしても、自分の事が理由でと、言ってほしいところなのだが。
校門を潜ると、桜の木が植えられており、自分達を出迎えてくれた。
そして、因縁の相手と再会する。
「あっ、春島くん」
「あっ――城永君……」
七夕の因果が、ブーメランのように戻ってきた。
オメガだから、少々小柄ではあるものの、身長が伸び、男性らしく筋肉がついたという印象である。
「身長、伸びたね」
「う、うん。城永君も……ね」
だが、愛らしい表情や顔は変わらず、拗らせている自分は、因縁の相手だというのに少々照れてしまった。
「誰?知り合い?」
無表情の親友が隣で声を出す。
まぁ、少し気まずかったが、彼とは学部は違ったので、同じクラスになる事は無く、自分は緩い高校生活を過ごしていく。
その中で、少ないが友人も数人でき、何事もなく高校を卒業して、美大に進学した。
親友は、国立大に入学して、連絡は取りつつも、別の道に。
親友のいない大学生活は最初こそ、不安で仕方がなかったが、同じ学部の青年に誘われるまま漫研に入ると、漫画好き、コスプレ好きな生徒が多く、充実した生活を送った。
だが、その幸福を受け入れられない自分がいる。
それは自分の異常性を誰も知らない。
ベータの身で、オメガが恋愛対象だと知らない。
大学二年の初夏、この年は異常気象というやつで、関東圏だというのに、何故か梅雨入りせず、夏がいきなりやってきた。
そんな日に、大学で注文した画材を取りに向かわなければいけなかった。
そもそもの話だ。
授業で使う画材は、大学で注文するというのに、取りに行くのは自分達で、しかも何駅も離れた町の古い画材店というのは、闇や陰謀を感じる。
涼しい駅地下を通り抜け、出口までの階段を上がった。
出口から外に出ると、強い日差しが肌をジリジリと焼く。
(暑い……)
少し先のアスファルトから陽炎が出ているのが見え、喉の水分が蒸発するような感覚を覚える。
(しかも……)
汗の匂いに混じって、色々な人間のフェロモンというのだろうか、匂いとは少し違うものが出ており、それが香っているのを感じる。
(やばい、凄く香る……)
その匂いはアルファ、オメガ、ベータそれぞれ異なっていて、自分は特にオメガの匂いに過敏に反応した。
オメガのそれは、ナッツなどの豆類と、菊系の花の匂いを混ぜたような香りがする。
それはとても性的で、こんな暑い日は特に強く空気を漂う。
それに伴い自分の物も反応する。
(何所かで抜かないとヤバい……)
半勃ちした自分の物を鞄でさり気なく隠しながら歩いていると、後ろから一人の青年が声をかけてきた。
「ちょっと、お時間よろしいですか?」
振り返ると、白いシャツを着たスレンダーな体型のオメガがいた。
背丈は自分と同じくらいで、オメガにしては高身長だと感じさせる。
年齢は自分と同じくらいか、少々年上くらいだろうか。
少し長めの黒髪が、汗で頬にへばり付いており、例の香ばしさが自分の欲を掻き立てる。
「いや、あの……」
「今日、暑いですね。もしよければ、僕がお金出しますので、何処か涼しい場所で休憩しませんか?」
最初はナンパかなと少々照れていたが、自分はベータである。
自分はイケているという見た目でもない。
何故、この人は自分に声をかけてきたのだろう。
そして、彼が大事に抱えているものに気がついた。
それは、カルト宗教の冊子のようで、宗教名だろうか、大きなフォントで『幸福の中の幸福』という文字がある。
その瞬間から、印象が良かった彼の顔や容姿が急に不気味な何かに感じ、恐ろしくなる。
「あ、いや。自分、急いでるんで……」
「じゃあ、この冊子だけでも」
「いや、結構です!」
彼が冊子を一つ渡そうとしたのを両手で拒絶した時、彼が持っている冊子に手が当たり、全部その場にバラまいてしまう。
「す、すみません……ごめんなさい……」
「あー、もう。仕方がないなぁ」
彼はそう言い、撒かれた冊子を拾おうとしゃがむ。
その際彼が、鞄で隠している自分の物に気がついたようで、鞄を力ずく退かす。
「わわっ――ちょっと――」
「へぇ――こっちはその気なのは何で?」
そう言われたが、何も反論できず視線を逸らす。
「一緒にホテル、行こっか――」
いい事してあげると彼は言い、ぺろりと舌を出す。
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