北海道、函館。
雪が今日も降り積もっていて、気温が氷点下は、当たり前である。
そんな土地にある孤児院の一室、現在朝の五時、目覚ましが鳴った。
一人の男性が気怠そうに体を起こし、背伸びをする。
(老人は朝早いというが、体内時計ぶっ壊れているだろ……)
中年になった今でも、彼は早起きが苦手だった。
白髪を誤魔化す為に染めた髪を掻き、眼鏡を探す。やっと見つけた眼鏡をかけ、支度をし、部屋を出る。
急ぎ足で冷たい廊下を通る。
室内だというのに、吐く息が白い。
(寒い、寒い……)
その際、子供部屋を覗き込むと、スヤスヤと彼らは眠っていた。
本能なのだろうか、寒い部屋でお互いの体をくっ付け、暖を取っている。
(可愛いな、この仕事していてよかったな)
そう男性は思いながら、リモコンで子供部屋の暖房を付けた。
(雪かきしないと……)
寝間着から服に着替え、下の階にあるリビングに降りると、キッチン部分で一人の少女が大きな業務用の鍋で、みそ汁を作っていた。
「あっ、尾崎先生。おはようございます」
「あぁ、おはよ」
彼女は温かい味噌汁を彼の器に注ぎ、席に置いた。
「なんか、申し訳ないな。早起きさせてしまって」
「私、この時間が好きだから」
尾崎が自分の席に座ると、彼女は少し屈み彼の頬に口づけをした。
リップ音が温かいリビングに響く。
「はぁ……」
彼は、彼女の行動に溜息を吐いた。
「先生、いつ私と番になってくれるの?私、もう十六歳になったし。そろそろ付き合ってもいいのかなって」
「あのなぁ。俺はもう番がいるんだ。後、若作りしてるけど、結構歳だし」
諦めなさいと尾崎が言い、彼女の頭を撫でた。
「だって、先生。優しいし、素敵だし――」
彼女が自分の良いところをツラツラ話し出すが、尾崎はそれを聞こえないフリをし、テレビの電源を付ける。
「先生」
「んー」
適当な返事をすると、彼女は微笑み言う。
「私は先生が自分の運命の人だって、知ってるよ。分かるもの」
そう言われて少し照れる。
正直、彼女の好意は満更ではなく。
彼女がオメガじゃなかったら、ベータの女性であれば、大人になるのを待って、まだ好きなら付き合うのになと。
そう思いながら、みそ汁を啜る。
しばらくすると、子供たちが起きたようで、階段の方がドタバタ騒がしい。
「先生、おはよー」
眠気眼の子供達がリビングに集まってくる。
*
「ちょっと、場所取らないでよ」
「むぐ、もう口から出そうなんだって」
食事を終え、歯磨きを皆でする。
学校にあるような長い洗面台だが、子供が多い為、場所を取り合っていた。
(時間分けた方がいいのかな……)
そう思いながら、こっそりキッチンのほうに移動し、口を濯ぐ。
その際、何故か歯茎がムズムズと疼く。
(なんか変だな……)
指で歯茎を触り、確認するが、口内炎どころか、出血もしていない。
すると、歯磨きを終えた背の低い少年が、自分の元へやってくる。
「先生、どうしたの?」
「いや、歯茎が疼くてさ――」
そう彼に言うと、少年は悪意のない表情で言葉を出した。
「歯槽膿漏か、歯周病じゃない?」
彼の頭をグシャグシャに撫でる。
「あー、先生が生徒に意地悪するぅ」
その声は満更ではないというか、この触れ合いを楽しんでいるようなもので、その証拠にその子は、主人とじゃれている時の犬のような顔をしていた。
すると、皆が急いで歯磨きを済ませ、自分の元に集まってきた。
「先生、遊んで」
「遊んで、遊んで」
仕方がないなと溜息を吐く。
それは嫌な時の溜息ではなく、穏やかなものだった。

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