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 第七章『君の最後』③

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 北海道、函館。

 雪が今日も降り積もっていて、気温が氷点下は、当たり前である。

 そんな土地にある孤児院の一室、現在朝の五時、目覚ましが鳴った。

 一人の男性が気怠そうに体を起こし、背伸びをする。

(老人は朝早いというが、体内時計ぶっ壊れているだろ……)

 中年になった今でも、彼は早起きが苦手だった。

 白髪を誤魔化す為に染めた髪を掻き、眼鏡を探す。やっと見つけた眼鏡をかけ、支度をし、部屋を出る。

 急ぎ足で冷たい廊下を通る。

 室内だというのに、吐く息が白い。

(寒い、寒い……)

 その際、子供部屋を覗き込むと、スヤスヤと彼らは眠っていた。

 本能なのだろうか、寒い部屋でお互いの体をくっ付け、暖を取っている。

(可愛いな、この仕事していてよかったな)

 そう男性は思いながら、リモコンで子供部屋の暖房を付けた。

(雪かきしないと……)

 寝間着から服に着替え、下の階にあるリビングに降りると、キッチン部分で一人の少女が大きな業務用の鍋で、みそ汁を作っていた。

「あっ、尾崎先生。おはようございます」

「あぁ、おはよ」

 彼女は温かい味噌汁を彼の器に注ぎ、席に置いた。

「なんか、申し訳ないな。早起きさせてしまって」

「私、この時間が好きだから」

 尾崎が自分の席に座ると、彼女は少し屈み彼の頬に口づけをした。

 リップ音が温かいリビングに響く。

「はぁ……」

 彼は、彼女の行動に溜息を吐いた。

「先生、いつ私と番になってくれるの?私、もう十六歳になったし。そろそろ付き合ってもいいのかなって」

「あのなぁ。俺はもう番がいるんだ。後、若作りしてるけど、結構歳だし」

 諦めなさいと尾崎が言い、彼女の頭を撫でた。

「だって、先生。優しいし、素敵だし――」

 彼女が自分の良いところをツラツラ話し出すが、尾崎はそれを聞こえないフリをし、テレビの電源を付ける。

「先生」

「んー」

 適当な返事をすると、彼女は微笑み言う。

「私は先生が自分の運命の人だって、知ってるよ。分かるもの」

 そう言われて少し照れる。

 正直、彼女の好意は満更ではなく。

 彼女がオメガじゃなかったら、ベータの女性であれば、大人になるのを待って、まだ好きなら付き合うのになと。

 そう思いながら、みそ汁を啜る。

 しばらくすると、子供たちが起きたようで、階段の方がドタバタ騒がしい。

「先生、おはよー」

 眠気眼の子供達がリビングに集まってくる。

「ちょっと、場所取らないでよ」

「むぐ、もう口から出そうなんだって」

 食事を終え、歯磨きを皆でする。

 学校にあるような長い洗面台だが、子供が多い為、場所を取り合っていた。

(時間分けた方がいいのかな……)

 そう思いながら、こっそりキッチンのほうに移動し、口を濯ぐ。

 その際、何故か歯茎がムズムズと疼く。

(なんか変だな……)

 指で歯茎を触り、確認するが、口内炎どころか、出血もしていない。

 すると、歯磨きを終えた背の低い少年が、自分の元へやってくる。

「先生、どうしたの?」

「いや、歯茎が疼くてさ――」

 そう彼に言うと、少年は悪意のない表情で言葉を出した。

「歯槽膿漏か、歯周病じゃない?」

 彼の頭をグシャグシャに撫でる。

「あー、先生が生徒に意地悪するぅ」

 その声は満更ではないというか、この触れ合いを楽しんでいるようなもので、その証拠にその子は、主人とじゃれている時の犬のような顔をしていた。

 すると、皆が急いで歯磨きを済ませ、自分の元に集まってきた。

「先生、遊んで」

「遊んで、遊んで」

 仕方がないなと溜息を吐く。

 それは嫌な時の溜息ではなく、穏やかなものだった。

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