県営バスで山を登る。
二人席に城永と座ると、その後ろの二人席に志摩と肇が座った。
自分の住んでいる地域は蒸し暑く、まだ残暑という雰囲気だが、山の方は涼しく、木の品種によっては紅葉が始まっていた。
窓側に座っている城永の方を見ると、周りの木々が背景になっており、中年と思えない幼い横顔がとても綺麗に映える。
「春島君」
その綺麗な彼が自分の名前を呼び、話をし始めた。
「遊園地楽しみだね。学生ぶりに来るよ」
「子供とは来た事無いの?」
「無いなぁ。子供も元旦那も、こういうガヤガヤする場所好きじゃなくて――あっ、僕は好きだよ。嫌な事、忘れられるから」
そう言い、自分の肩に頭をすり寄せた。
すると、自分の真後ろの肇が自分に話しかけてきた。
「先生、次のバス停で合ってる?」
「うん、合ってるよ」
そう言うと、彼じゃない誰かが停車ボタンを押したようで、アナウンスがバスの中に響く。
【――次、停まります】
「あっ、押されちゃった――」
その不遇な雰囲気、がっかりした声にキュンと胸がときめく。
自分が自然と笑みを浮かべていると、少し妬いたのだろうか、城永は自分に言う。
「春島君、遊園地楽しみだね。宅飲みを覗いてだと、初デートじゃない?」
自分に引っ付いた城永は、そう自分に話しかけた。
「うん、そうだね」
「僕、幸せだな」
そう言い、誰にも見えない角度で、頬にキスをする。
(自分も幸せだなぁ――)
好きな人がキスしてくれるだけで、どうしてこんなに幸せなのだろう。
自分がそう思っていると、バスが停止する。
*
【ピッ!】
ICカードを通し、会計を済ませる。
遊園地前のバス停を降り、周囲を見渡す。
敷地の広さ、騒音問題からだろうか、周囲は山の木々で囲まれている。
秋の匂いというのだろうか、植えてある金木犀の良い香りがした。
(良い匂い……)
自分の家の近所の金木犀は、まだ咲いていない。一足先に手に入れた事実が、とても優越感があり、とても心地が良い。
(特別感ってやつね……)
来てよかったなぁと思っていると、志摩のはしゃいだ声が耳に届く。
「流石、山!空気が澄んでる!」
隣にいる志摩はそう言い、ラジオ体操ぐらいの大きな深呼吸をする。
「志摩は子供だなぁ」
反対側にいる城永は、冷めた目で志摩を眺め、そう呟く。
そして、自分に話をした。
「そのうち、山でハイキングなんかも楽しそうじゃない?紅葉とか、これから綺麗だよ。春島君と二人で、行けたらいいなぁ」
「そうだね」
年寄りのような会話をしていた時、誰かが自分の腕を掴み引っ張る。
最初は志摩かと思ったが、その人物を見ると彼ではなく、肇だった。
「先生!早く行こうよ!」
のんびりしているアラサー組と対照的に、若い年齢の肇は、ウキウキで落ち着きがないようだ。
自分はそんな彼を見るのは初めてだった為、少し動揺する。
「早く、早く!」
ぴょんぴょんとその場で跳ね、遊園地を指差し、自分の名前を呼ぶ。
そして、自分達を置いて肇は走り出す。
「肇君。ちょっと、待って」
彼の足は意外と速く、足が少しでも縺れようものなら、置いてかれると思った程だ。
肇の後を追いかけ、志摩と城永よりも先に遊園地のゲートに辿り着いた。
インドア派で体力の無い自分は、少し走っただけで息が上がってしまう。
「先生、大丈夫?」
そう言い、数歩前にいた彼は、心配そうに、自分の顔色を窺ってきた。
「だ、大丈夫――」
肇の方を見ると、彼は小柄だが、体力はあるようで、息が上がっていない。
すると、肇はゼェゼェしている自分を見て、ニッコリと純粋な笑みを浮かべた。
純粋無垢とは、残酷である。
子供が興味本位で、アリを潰すようだ。
(恐ろしい子だ……)
そう思っていると、数歩前の彼が自分の元に歩み寄り、顔を近づけ、耳元で言う。
「先生、今日はありがとう。僕、遊園地初めてだから嬉しい」
そして、自分の頬に口づけをする。
それは先程、城永がした頬とは反対側で、自分の体温が少し上がったように感じた。
「ふふ、二人には内緒」
純粋無垢とは恐ろしい。
(いや、純粋無垢なのだろうか?)
今日は城永とのデートなのだと伝えていた為、こっそりとはいえ、この行為は人間関係を掻き回すようなものだろう。
だが、自分は大人、こんな事で動揺はしない。
(子供が悪戯をしたようなものだと思えば、全然気にならない――)
そう自分に言い聞かせるが、自分の心臓がバクバクなっている。
もしかしたら、それは目の前にいる肇に、聞こえているのかもしれない。
「先生、顔真っ赤だよ?」
彼はそう言い、ニコリと微笑んだ。
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