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 第四章『覚悟』②

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 県営バスで山を登る。

 二人席に城永と座ると、その後ろの二人席に志摩と肇が座った。

 自分の住んでいる地域は蒸し暑く、まだ残暑という雰囲気だが、山の方は涼しく、木の品種によっては紅葉が始まっていた。

 窓側に座っている城永の方を見ると、周りの木々が背景になっており、中年と思えない幼い横顔がとても綺麗に映える。

「春島君」 

 その綺麗な彼が自分の名前を呼び、話をし始めた。

「遊園地楽しみだね。学生ぶりに来るよ」

「子供とは来た事無いの?」

「無いなぁ。子供も元旦那も、こういうガヤガヤする場所好きじゃなくて――あっ、僕は好きだよ。嫌な事、忘れられるから」

 そう言い、自分の肩に頭をすり寄せた。

 すると、自分の真後ろの肇が自分に話しかけてきた。

「先生、次のバス停で合ってる?」

「うん、合ってるよ」

 そう言うと、彼じゃない誰かが停車ボタンを押したようで、アナウンスがバスの中に響く。

【――次、停まります】

「あっ、押されちゃった――」

 その不遇な雰囲気、がっかりした声にキュンと胸がときめく。

 自分が自然と笑みを浮かべていると、少し妬いたのだろうか、城永は自分に言う。

「春島君、遊園地楽しみだね。宅飲みを覗いてだと、初デートじゃない?」

 自分に引っ付いた城永は、そう自分に話しかけた。

「うん、そうだね」

「僕、幸せだな」

 そう言い、誰にも見えない角度で、頬にキスをする。

(自分も幸せだなぁ――)

 好きな人がキスしてくれるだけで、どうしてこんなに幸せなのだろう。

 自分がそう思っていると、バスが停止する。

【ピッ!】

 ICカードを通し、会計を済ませる。

 遊園地前のバス停を降り、周囲を見渡す。

 敷地の広さ、騒音問題からだろうか、周囲は山の木々で囲まれている。

 秋の匂いというのだろうか、植えてある金木犀の良い香りがした。

(良い匂い……)

 自分の家の近所の金木犀は、まだ咲いていない。一足先に手に入れた事実が、とても優越感があり、とても心地が良い。

(特別感ってやつね……)

 来てよかったなぁと思っていると、志摩のはしゃいだ声が耳に届く。

「流石、山!空気が澄んでる!」

 隣にいる志摩はそう言い、ラジオ体操ぐらいの大きな深呼吸をする。

「志摩は子供だなぁ」

 反対側にいる城永は、冷めた目で志摩を眺め、そう呟く。

 そして、自分に話をした。

「そのうち、山でハイキングなんかも楽しそうじゃない?紅葉とか、これから綺麗だよ。春島君と二人で、行けたらいいなぁ」

「そうだね」

 年寄りのような会話をしていた時、誰かが自分の腕を掴み引っ張る。

 最初は志摩かと思ったが、その人物を見ると彼ではなく、肇だった。

「先生!早く行こうよ!」

 のんびりしているアラサー組と対照的に、若い年齢の肇は、ウキウキで落ち着きがないようだ。

 自分はそんな彼を見るのは初めてだった為、少し動揺する。

「早く、早く!」

 ぴょんぴょんとその場で跳ね、遊園地を指差し、自分の名前を呼ぶ。

 そして、自分達を置いて肇は走り出す。

「肇君。ちょっと、待って」

 彼の足は意外と速く、足が少しでも縺れようものなら、置いてかれると思った程だ。

 肇の後を追いかけ、志摩と城永よりも先に遊園地のゲートに辿り着いた。

 インドア派で体力の無い自分は、少し走っただけで息が上がってしまう。

「先生、大丈夫?」

 そう言い、数歩前にいた彼は、心配そうに、自分の顔色を窺ってきた。

「だ、大丈夫――」

 肇の方を見ると、彼は小柄だが、体力はあるようで、息が上がっていない。

 すると、肇はゼェゼェしている自分を見て、ニッコリと純粋な笑みを浮かべた。

 純粋無垢とは、残酷である。

 子供が興味本位で、アリを潰すようだ。

(恐ろしい子だ……)

 そう思っていると、数歩前の彼が自分の元に歩み寄り、顔を近づけ、耳元で言う。

「先生、今日はありがとう。僕、遊園地初めてだから嬉しい」

 そして、自分の頬に口づけをする。

 それは先程、城永がした頬とは反対側で、自分の体温が少し上がったように感じた。

「ふふ、二人には内緒」

 純粋無垢とは恐ろしい。

(いや、純粋無垢なのだろうか?)

 今日は城永とのデートなのだと伝えていた為、こっそりとはいえ、この行為は人間関係を掻き回すようなものだろう。

 だが、自分は大人、こんな事で動揺はしない。

(子供が悪戯をしたようなものだと思えば、全然気にならない――)

 そう自分に言い聞かせるが、自分の心臓がバクバクなっている。

 もしかしたら、それは目の前にいる肇に、聞こえているのかもしれない。

「先生、顔真っ赤だよ?」

 彼はそう言い、ニコリと微笑んだ。

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