「『この間は、ごめんね』よし、言える!」
城永は小声で何度も練習し、暗い夜道を歩く。
(もう許してくれないかもだけど……)
買ってきた惣菜が入ったビニール袋を眺めながら思い出す。
『小学何年生だったか、忘れちゃったけど、城永君に振られちゃった事、今でも思い出すんだ……夢にだって出る事もある……』
子供のように泣きじゃくる姿は、恐らく過去を思い出したからだと、城永は思う。
漆のマンション前まで来ると、その建物の前に自分の息子と、マフラーを巻いた背の高い男性のシルエットが見える。
「あっ!」
城永はそう声を出し、その男性に駆け寄った。
「春島君!」
抱き着き、頬ずりをし、言葉を出す。
「なんか、ごめんね。うちの子が――」
「――俺は漆じゃないぞ」
その人物は志摩で、蔑んだ瞳で城永を見ていた。
「うげっ、志摩――」
お互いの印象は、やはり良いものではなく、混ざり合う事は決してない、水と油のような関係である。
「何だよ。失礼なやつだな」
慌てて離れる城永に、淡々と志摩は声を出す。
「僕もギュウする!」
アオイ少年は、志摩に抱き着き、彼の匂いを吸っている。
「吸っても良い匂いではないぞ」
「煙草の匂いがする。でも、好き」
そうアオイ少年が言い、志摩に微笑んだ。
それを見ていた城永は、自身の息子であるアオイ少年を引き離し、言う。
「というか、何で志摩なの?春島君は?」
「漆は今、洗い物中だ」
志摩はそう言い、自分がしているマフラーをアオイ少年の首に巻く。
だが、それはとても雑で、アオイ少年の首にただ引っかけるだけだ。
それでもアオイ少年は、嬉しそうな表情をし、大事に宝物を扱うように、自分の首に巻きつける。
「あのさ、何で春島君に会わせてくれないの?春島君、怒ってるの?」
「漆は、怒ってない」
アオイ少年の頭を撫でながら、話をする。
「アオイにも、普通に接してたし――」
志摩が自分の息子であるアオイ少年の頭をナデナデしているのが気に入らなかったようで、彼は再び、引き離した。
「あっ、志摩ぁ――」
アオイ少年は、志摩と離れるのが惜しいようで、情けない声を出す。
「そんなに懐いてるのなら、志摩のお家の子になりなさい」
城永は少し苛立った様子で、アオイ少年を窘めた。
「えっ?いいの?」
その一言で、城永は元々機嫌が悪いのに、更に鬼のような形相に変わる。
「だって、志摩のほうがパパよりも色っぽいし、優しいし――むにっ――」
城永は無表情のまま、アオイ少年の頬を摘まむ。
(ませてんなー、今の子供は――)
志摩はそう思いながら、城永が持っているビニール袋が気になった。
「とりあえず、それ。漆に渡せばいいのか」
「うん、まぁ――自分が働いてる弁当屋の惣菜――」
その瞬間、志摩の表情が困惑したものに変化する。
「『お前、料理できたの?』みたいな顔やめろよ。まぁ、料理できないのは本当だけど」
話を聞くと、弁当屋の配送係をしているらしい。
志摩は城永から、その惣菜を受け取り、素っ気なく、マンションに戻ろうとした時、城永が声を上げた。
「いや、待て!待て!」
「何だよ。寒いから戻りたいんだけど」
城永が志摩の腕を掴み、彼の顔をじっと睨み、言う。
志摩が何だよと言葉を出すより先に、彼は言葉を発した。
「春島君に伝えて、僕はまだ好きだからって」
城永は性格が捻くれているが、こういう根性があるところは評価してもいいかもしれないと、志摩は思うのだった。
その場に揚げ物の匂いが広がり、小腹が空いてくる。この緊張感をぶち壊すように、志摩の腹が鳴った。

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