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 第六章『愛』⑤

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「これで大丈夫」

 リビングで、アオイ少年の頭に大き目の鍋を被せ、紐で括る。

「なんか変、落ち着かない」

 そう呟く少年に、ジャンバーを着せ、ファスナーを閉めた。

 城永も傍におり、その様子を微笑ましく、見守っている。

「もし、ここにいる大人がみんな倒れても、君は生き残るんだよ」

「そんな大げさな」

 自分が言った言葉に城永は、少し微笑むが、彼自身元旦那に半監禁されていた。

 自分はとりあえず、フライパンを持ち、志摩と肇が敗れても二人を逃がせるように準備を整えた。

(せめて、金属バットでも家にあればよかったのにな……)

 そう思いながら、フライパンをその場で振ると、空気を切る音が耳に届いた。

(オメガ二人を傷つけたんだもの、力加減はできないな……)

 自分は、覚悟を決める。

『漫画家【春島 漆】氏が逮捕されました。編集部ではこの事態を重く【中略】非常に残念でなりません。○○号を持ちまして連載終了致します』

 その文面が月刊誌に乗る想像が、脳内で過るが、そんな事は、今の自分には、どうでもいい事だ。

「春島君、なんかごめんね。自分の家の事情に巻き込んで……」

「いいよ、全然。自分の私情で、見捨てるほうが嫌だし……別れちゃったけど、大事に思っているのは本当だから……」

「春島君――」

 城永は自分の頬に自身の手を伸ばし、優しく触れる。

 自分は城永にキスされるのではないかと、ときめいたが、その瞬間玄関から叫び声が聞こえる。

「先生助けて!押し切られる!」

「絶対、許さない!こんな不愛想な男なんて!」

 知らない男性の声も聞こえる。

 この男性が、城永の番、元夫なのだろう。

「肇君!」

 自分は彼の事が心配になり、城永とアオイ少年をその場に残し、玄関に向かう。

 そこには志摩と肇に抑えられ、振り払おうとしている眼鏡をかけた神経質そうなアルファの男性がいた。

(この人が城永君の運命の人だった人?)

 そうは思えない程、精神がおかしくなっているように感じる。

「お前!何だよ!ベータの癖に!」

 自分の事をベータと呼ぶという事は、何かベータに対して思うところがあるのだろう。

「あの――」

「ベータは大人しく、ベータ同士で友達ごっこしていればいい!」

 自分の言葉は、彼には届いておらず、ただ喚いて、暴れてを、繰り返す人という印象だった。

(何で、城永君はこの人を選んだんだろう?)

 何が運命の人だよ。

 そんなの遺伝子の相性じゃないか。

「帰って下さい。二人は貴方と会って、話ができる精神状態ではないですよ」

 家に入って来られると二人が危ないので、自分が外に出て、対応する事にした。

 玄関の扉を閉めて、男性に顔を向けた時、男性は志摩と肇を振り解き、自分の胸倉を掴んだ。

「お前に俺の何が分かる!」

 彼が大声をその場で出す。

「何がアルファだ!」

 それは鬼のような形相で、フライパンで殴ろうとしていた自分の気持ちを揺らがすくらいだ。

「周囲がアルファだって、チヤホヤするから、こんな風に自分は育った!」

 彼は自分の話をする。

「いざ、社会に出て、アルファ同士の争いになった時、自分が負けた時、落ちぶれた時、今までチヤホヤしてきたベータが自分の元を去った!皆だ!」

 それは支離滅裂で、自分は気がついた。

 瞳は少々虚ろで、自分を睨んでいるはずなのに、視線が上手く合っていない気がする。

 自分以外の誰かに、語りかけているようで、その事から、おそらく彼は正気ではなく、精神を犯されていると感じた。

 実際今、アルファの世界人口は増えているという。

 それがどういう事かというと、企業や社会が必要としているアルファの人数よりも、実際の数が多く、失業率が高くなる。

 アルファの特性がベータの統率だとしたら、アルファが増えた場合、複数グループが存在する訳で、同じ会社、学校で争いが生まれるだろう。

(この人はもう……)

 争いに敗れたアルファの人生は、何となく想像がつく。

 平凡に生きているベータより、生まれつき社会的リスクがあるオメガよりも、悲惨な人生なはずだ。

 肇の父親も蒸発したというが、そういう事なのだろう。

「――――」

 自分は彼に何て言えばいいのか分からず、言葉を詰まらせていると、胸倉を掴んでいた彼の手が離れた。

「なんで、誰も俺の味方をしてくれないの」

 すると、彼は子供のような口調でそう言い、自分の両肩に両手を置き、その場に項垂れる。

「君は助けてくれないの――分かってよ――」

 自分の両手は、自然と彼の両腕の傍まで伸びていた。

 触れようとしていた時、サイレンの音が響き渡る。

 マンションの誰かが、異変に気がつき、警察に通報したようだった。

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