洗い物を終え、リビングのカーペットを掃除用の粘着ローラーで綺麗にしていると、玄関から志摩の声が聞こえた。
自分が玄関まで迎えに行くと、志摩の耳は寒さからか赤く、巻いていたマフラーをしていない。
おそらく、アオイ少年に与えたのだろう。
「いやぁ、参った。すげー、話長いんだもの」
「おかえり、色々ごめん」
彼はそう言い、靴を脱ぐ。
「いい。アオイ、漆よりも自分に懐いていたし――」
「うっ――」
そうではあるが、ハッキリ言われると辛いものがある。
「アオイさ。城永に渡すとき、自分にベッタリだった」
「アオイ君を物みたいに言うのやめなよ――」
おそらく、志摩はアオイ少年を近所の犬とか、猫だと思っているのかもしれない。
「後、これ。漆にだって」
城永から貰ったというビニール袋を、志摩が渡してきた。
「働いている弁当屋のやつだって」
「えっ?城永君、料理できないでしょ?」
志摩は少し嬉しそうな顔をし、同じこと思ったと口にする。
「後、城永からの伝言。まだ好きだって」
それを聞いて、自分は胸が締め付けられる。
(自分も彼が好きなまま、なのかな――)
そう思った時、少し安堵した。
そして、目の前の志摩に話をする。
「もう一度、やり直せばいいのかな――」
志摩は人を好きになった事が多分無いと思う。
だから、自分と一緒に住むのも平気。
恋人がいなくても焦らない。
婚期が遅れても気にならない。
(何で志摩に今、相談しているのだろう――)
自分が望んだ答えが出る訳が無いのに。
「もう無理なんだろう?」
「えっ――」
志摩はそのまま言葉を紡ぐ。
「城永の事は、愛おしいままかもしれない。でも彼が今までしてきた行いを許す事ができないんだろう?」
そうだ、その通りだ。
志摩はこの時、自分が望んでいた言葉をくれた。
愛おしいのも、憧れなのも本当。
でも、彼が自分の純粋な好きを馬鹿にして、罵ってきた事は、子供の頃から許せなかった。
いや、ただ悲しかった。
(僕、変な子なの?)
変な子だから、城永が、教室の皆が、学校の皆が、馬鹿にしてくる。
震えて、両耳を塞ぐ、目を閉じる。
虐められている訳ではないのに、言葉が自分を苦しめる。
(誰か、変じゃないって言ってよ)
子供の頃の自分が震えていると、まだ声変りして間もない少年の声が聞こえる。
「俺って、空気読めないし。変じゃん?」
その記憶には、学ラン姿のまだ幼さが残る志摩の姿があった。
「思った事、何でも口にしちゃうし」
彼は言う。
「直そうとは思っているんだけど、意識よりも先に出ちゃうというか……」
彼は少し悩んだ顔をし、少し唸る。
「自分をセーブする方法とか知らない?」
自分はそう悩む志摩に言葉をかける。
「全然、変じゃないよ。君は君でいいよ」
「そう?」
彼は驚いた表情で、聞き返してきた。
「うん、だから、これからも一緒にいてよ。ずっと隣にいて、友達でいて」
「じゃあ、俺達親友って事で――ずっと、大人になっても」
彼はそう言い、照れたように鼻の頭を掻く。
この時、自分は大人になっても、友達のままかは分からないと思った。
だが、嬉しそうなそんな仕草をする彼を見て、自分も嬉しくなり、頷いた。
大粒の涙が零れ、廊下の床に数滴落ちた。
「そうだ。そうだよね。無理して、恋人しなくてもいいんだよね」
「うん」
志摩はそう言い、アオイ少年にしたように、自分の頭を撫でる。
「うん、別れる。ありがとう、ハッキリ言ってくれて」
涙が止まらないが、自然と笑みが零れる。
「俺達、親友だろ。約束したじゃないか、遠慮するなよ」
志摩は子供の頃と変わらない顔で言う。
照れながら、鼻の頭を掻く。

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