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 第六章『愛』①

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 洗い物を終え、リビングのカーペットを掃除用の粘着ローラーで綺麗にしていると、玄関から志摩の声が聞こえた。

 自分が玄関まで迎えに行くと、志摩の耳は寒さからか赤く、巻いていたマフラーをしていない。

 おそらく、アオイ少年に与えたのだろう。

「いやぁ、参った。すげー、話長いんだもの」

「おかえり、色々ごめん」

 彼はそう言い、靴を脱ぐ。

「いい。アオイ、漆よりも自分に懐いていたし――」

「うっ――」

 そうではあるが、ハッキリ言われると辛いものがある。

「アオイさ。城永に渡すとき、自分にベッタリだった」

「アオイ君を物みたいに言うのやめなよ――」

 おそらく、志摩はアオイ少年を近所の犬とか、猫だと思っているのかもしれない。

「後、これ。漆にだって」

 城永から貰ったというビニール袋を、志摩が渡してきた。

「働いている弁当屋のやつだって」

「えっ?城永君、料理できないでしょ?」

 志摩は少し嬉しそうな顔をし、同じこと思ったと口にする。

「後、城永からの伝言。まだ好きだって」

 それを聞いて、自分は胸が締め付けられる。

(自分も彼が好きなまま、なのかな――)

 そう思った時、少し安堵した。

 そして、目の前の志摩に話をする。

「もう一度、やり直せばいいのかな――」

 志摩は人を好きになった事が多分無いと思う。

 だから、自分と一緒に住むのも平気。

 恋人がいなくても焦らない。

 婚期が遅れても気にならない。

(何で志摩に今、相談しているのだろう――)

 自分が望んだ答えが出る訳が無いのに。

「もう無理なんだろう?」

「えっ――」

 志摩はそのまま言葉を紡ぐ。

「城永の事は、愛おしいままかもしれない。でも彼が今までしてきた行いを許す事ができないんだろう?」

 そうだ、その通りだ。

 志摩はこの時、自分が望んでいた言葉をくれた。

 愛おしいのも、憧れなのも本当。

 でも、彼が自分の純粋な好きを馬鹿にして、罵ってきた事は、子供の頃から許せなかった。

 いや、ただ悲しかった。

(僕、変な子なの?)

 変な子だから、城永が、教室の皆が、学校の皆が、馬鹿にしてくる。

 震えて、両耳を塞ぐ、目を閉じる。

 虐められている訳ではないのに、言葉が自分を苦しめる。

(誰か、変じゃないって言ってよ)

 子供の頃の自分が震えていると、まだ声変りして間もない少年の声が聞こえる。

「俺って、空気読めないし。変じゃん?」

 その記憶には、学ラン姿のまだ幼さが残る志摩の姿があった。

「思った事、何でも口にしちゃうし」

 彼は言う。

「直そうとは思っているんだけど、意識よりも先に出ちゃうというか……」

 彼は少し悩んだ顔をし、少し唸る。

「自分をセーブする方法とか知らない?」

 自分はそう悩む志摩に言葉をかける。

「全然、変じゃないよ。君は君でいいよ」

「そう?」

 彼は驚いた表情で、聞き返してきた。

「うん、だから、これからも一緒にいてよ。ずっと隣にいて、友達でいて」

「じゃあ、俺達親友って事で――ずっと、大人になっても」

 彼はそう言い、照れたように鼻の頭を掻く。

 この時、自分は大人になっても、友達のままかは分からないと思った。

 だが、嬉しそうなそんな仕草をする彼を見て、自分も嬉しくなり、頷いた。

 大粒の涙が零れ、廊下の床に数滴落ちた。

「そうだ。そうだよね。無理して、恋人しなくてもいいんだよね」

「うん」

 志摩はそう言い、アオイ少年にしたように、自分の頭を撫でる。

「うん、別れる。ありがとう、ハッキリ言ってくれて」

 涙が止まらないが、自然と笑みが零れる。

「俺達、親友だろ。約束したじゃないか、遠慮するなよ」

 志摩は子供の頃と変わらない顔で言う。

 照れながら、鼻の頭を掻く。

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