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 第一章『初恋』⑥

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 花と石鹸が混ざった香りがする。

 香水というよりは、柔軟剤の匂いに近いその香りは、自分の顔のすぐ傍から感じられる。

 そして、その香りはオメガ特有のフェロモンが混ざっているのか、下半身が疼く。

「よしよし」

 左後頭部の髪が指で掻かれており、自分が今誰かの膝を枕に寝転がっている事に気がついた。

 寝ぼけながら、寝返りを打とうと頭の位置をずらすと、膝の主が声を漏らす。

「んっ――」

 その声は男性のものだが、妙に色っぽく、魅力的に感じた。

 その瞬間、眠りにつく前の記憶が高速で、脳裏を駆け抜ける。

「うわぁっ!」

 今の状況に驚き、起き上がると、額に冷却シートが貼られているのが剥がれ、下に落ちた。温いそれは自分の足の甲にベチャリと音を立て、軽く引っ付いた。

 そして、自分が元いた場所に視線を向ける。

 そこには宗教勧誘のオメガがいた。

「あっ、ごめんね。お邪魔しちゃった」

 彼は驚いた顔をしながら、自分にここまでの経緯を話す。

 まぁ、家のインターホンを鳴らし、住人である自分が出てきたと思ったら、すぐぶっ倒れたというだけ。

 その後、家の中に運び、熱中症かもしれないと、冷蔵庫から冷却シートを見つけ、冷やし、膝枕をしていたとの事。

「体調悪そうだったから……で、でも救急車呼ぶのも大げさかなと思って……」

 彼はそう言い、幸の薄い笑みを浮かべる。

「じゃあ僕、お暇しようかな。体調、次悪くなったら病院に行くんだよ」

 彼はそう言い、立ち上がり、床に置いていたトートバックを持つ。

 立ち上がった彼の背丈は、日本人の平均身長170センチ無いくらいで小柄だ。

 おまけに童顔なので、学生服を着たら本当に高校生、いや中学生と間違えられそうだ。

「良い時間つぶしになったよ。丁度、外暑くて、休憩したかったんだよね」

 そう言い、彼はリビングから、廊下への扉に向かう。

「あれ?宗教勧誘しないの?」

「してもいいけど、お兄さんは今幸せでしょ?そんな人には、勧められないかな」

 自分は、そういう彼に違和感を覚える。

 大体宗教勧誘する人間というのは、しつこく、自分が話している事や組織や教えの矛盾点や、今話をしている相手の表情を酌む事ができず、ベラベラと話をする生き物だと思っていたが、彼はそうではないように感じた。

 扉を開けようと、ドアノブに手を付ける彼の肩を掴む。

「待ってよ」

 その時、気がついた。

 彼の首の後ろには、アルファが付けた噛み跡がある事に。

「あの、何です?」

「いや……その……」

 自分らしくない事をしたのと、もう番がいる事に驚き、脳が混乱する。

 オドオドしている自分を不審に思った彼は、自分の事をジロジロと見て、何かに気がつき、顔を赤面させる。

 その視線は自分の下半身で、確かに自分の物は、彼の膝枕と香りで、半分程勃っていた。

 自分はそれに気がつき、両手で隠す。

「もしや、お兄さん!僕を!」

「こ、これは違うんだ!」

 そう言うが、半分勃っているので、誤魔化しようが無い。

「い、嫌です。無理やりされるのは――お家に入った僕も、警戒不足だったかもしれませんが、あんまりです……」

 そう涙目で、俯く彼はとても官能的だ。

 こういうシチュエーションをアダルトビデオで見た気がする。

 いや、自分が描いた漫画だったか。

(まず、誤解を解かなければ……)

 警察に通報されたら、自分の人生が終わる。

『漫画家【春島 漆】氏が逮捕されました。編集部ではこの事態を重く【中略】非常に残念でなりません。○○号を持ちまして連載終了致します』

 預言者ではないが、そんな未来が見える。

 しくしく泣いている彼に性的欲求を感じながら、外に出ないように腕を掴む。

「ただいまぁ、漆ぃ。プリン買ってきたから、一緒に食おうぜ」

 今まで無いベストなタイミングで、うちの弁護士が帰って来た。

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