「志摩、この服変じゃないかな?」
「この前も同じこと聞いた気がする」
志摩はそう言い、スーツのネクタイをしめるが寝ぼけているのか、うまく出来ずにいる。
「もう……貸して……」
自分の服選びよりも、志摩のネクタイが気になり、志摩のネクタイに手を伸ばす。
ネクタイは紺色、柄は小さな白の水玉で、志摩にしては無難なデザインである。
「サンタさん、俺に新しいネクタイ買ってよ」
志摩は寝ぼけた顔で、自分にプレゼントを強請ってきた。
「サンタさんは、ここにいません」
そう言い、ネクタイをキュッと結び、志摩を睨む。
(早く、家を出て行ってほしい……)
志摩が家に転がり込んできて、半年が経とうとしている。
後、今月の家賃払ってもらってない。
(それは帰ってきたら言おう……)
志摩に弁当を持たせ、見送り、自室で服に着替える。
ヒートテックを着て、シャツを着て、厚手のパーカーを羽織った時、家のインターホンが鳴った。
鞄に財布や携帯などの貴重品を入れ、玄関に移動する。
「はーい」
玄関の扉を開けると、そこには白いフワフワのニットに、レザージャケットを着た青年の姿があった。
(フワフワしてるー)
「おまたせ、ちょっと早いかなって思ったけど、待ちきれなくて来ちゃった」
可愛いモフモフがそう言い、自分の胸がキュンと鼓動を打った。
ジャンバーをパーカーの上から更に羽織り、家を出る。
「今日、寒いね。昨日みたいに雪降るかもね」
鍵を閉め終えると、彼が自分に話しかけてきて、空いている手を握ってきた。
(可愛い、大好き!)
その手の触感は柔らかく、しなやかで、オメガらしく、少し小さめなのが、とても愛らしい。
「何処に行こうか?」
「そうだなぁ、何処がいい?」
とりあえず、幅広く店がある都心に行く事にした。
電車を乗り継ぎ、新宿まで移動する。
「志摩さ、居候の分際で、新しいネクタイを強請ってきてさ」
「へぇ、志摩が?珍しい。本当は今日、一緒に遊びたかったんだよ」
ネクタイも用意しなきゃねと、彼は笑う。
クリスマスだからか、新宿はいつもよりも人で溢れていた。
陰キャの自分は、人で酔い、気分が悪くなる。
「うっ――」
色々な種類の香水と様々な人の体臭が混ざった臭い。
(鼻が良いのが災いしてる……)
口を押え、俯いてると手を繋いでいる肇が心配して声をかけてきた。
「ごめんね、人に酔ったみたいで……」
すると、彼は周囲を見渡した後、何かを見つけたようで、手を引いた。
「先生、あの建物に入ろうよ」
「えっ?あっ、うん」
そう言われ、彼が向かう方に歩き、近くにあるビルに入ると、そこは大きめの映画館だった。
上映されている映画のポスターが数枚、壁に貼ってあり、目の前にエスカレーターが見える。
「少しゆっくりしたら、体調も良くなるよ」
そう言い、肇は手を引きながら、エスカレーターに乗った。
「先生は何が見たい?気になっているのとか、ない?」
肇はそう言い、首を少し傾げる。
(本当に可愛いな――純粋無垢って感じだ)
「自分は、肇君となら何でも。肇君は、普段どういうの見るの?」
「ホラーとか、アクションとか、かな?」
オメガの男性って、感性が女性よりで、中性的感覚が鋭いって聞いた事がある為、男の子が見るような映画をチョイスするのは、意外だった。
「あー、でも。先生、今酔って具合悪いから、ホラーとか、アクションとかやめておいた方がいいかも」
肇の言葉を聞いて、本当に申し訳なく思う。
すると、反対方向のエスカレーターで、ベータの男女カップルとすれ違った。
「恋愛ものかって、乗り気じゃなかったけど。見てみると、凄く良かったな」
「うん、ハラハラしたけど、とてもよかった」
映画館への配慮なのか、ネタバレしない程度に映画の感想を語り合っている。
「先生、今やってる恋愛ものが良さそうだよ」
彼がそう言い、自分に微笑む。
「自分の事気にしなくていいんだよ。肇君が好きなのを見ようよ」
「僕、先生と恋愛もの見たい。折角の――先生との二人きりでお出かけだし」
彼はそう言い、頬を赤らめる。
その反応から、先程言いかけたものは『デート』というワードだったと察するのだった。
(あっ、肇君もデートのつもりだったんだ)
自分の頬が、顔が熱を持っていくのが、確認しなくても分かる。
映画館の受付で、チケットを購入する。
お互い、飲み物だけを購入し、シアタールーム移動した。
「入場者特典でしおり、渡していてどうぞ」
シアタールームの前で、花の模様が付いた水色のしおりを貰う。
(何の花だろう……)
映画の内容を確認しなかったから、何の花なのか分からない。
メジャーな花ではないのは確かだという事しか情報がない。
まだ、開演までの時間がある為、自分達以外の人間はおらず、気楽に席を探す。
「席、あったよ。多分、ここ」
席番号を二人で再確認し、席に座る。
「どっちに飲み物を置くのが、正しいんだろうね?」
肇はそう言い、右側に飲み物を置いた。
「そうだよね。自分も毎回迷う。とりあえず自分は、雰囲気で毎回置いているけど」
そう言いながら自分も、利き手である右側に、飲み物を置く。
すると、肇は一息ついた後、貰ったしおりを見て話をした。
「可愛いしおり。職場で使おうかな?」
「そういえば、仕事って何してるの?」
シアタールームの席を探しながら、そんな話をする。
「えっと、教会で祭事とか、結婚式、お葬式のスケジュールを組んだり、会場を押さえたり、用品の発注をしたりしてる」
「そっか。自分と違って、しっかりした仕事だね」
自分が彼にそう言うと、他の客がシアタールームに集まりだし、お互いこの話をしなくなった。

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