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 第六章『愛』⑦

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 クリスマス前日、肇は教会にある託児所の飾り付けを手伝っていた。

「肇君、もう少し左」

「はーい」

 設置した脚立の場所をずらし、そこに上がる。

 クリスマスツリーは設置しないが、星のオーナメントを複数飾り付ける。

「いやぁ、肇君が手伝ってくれて助かるわ」

「いえ、こういうのは男の仕事ですから」

 その場にいるマダム達にチヤホヤされ、少し照れ笑いをしている肇だったが、少しだけ満たされない感が残る。

(これが先生からだったら、とても嬉しいんだろうな……)

 ここにいるマダムが全部、漆の想像をする。

『肇君、凄い』

『肇君、頑張り屋さんだね』

『お仕事、頑張ってるね』

 肇の口元が緩み、フワフワとした空気がその場に広がった。

 すると、その部屋の扉が開き、肇の名前を呼ぶ。

「元井いるか?」

「あっ、リーダー。どうしましたか?」

「ちょっと、仕事の事で聞きたい事が――」

 その人物は、頭髪を赤茶色く染めたベータの男性で、少し神経質というか、仕事に疲れた感があるのが特徴だった。

 切れ長の瞳の形がとても美しい。

「今度の祭事の参加者リスト、どこにしまってるっけ?」

「あぁ、あれなら……」

 そう言い、脚立から降り、部屋を出る。

 二人で長い廊下を歩いていると、白いワンピースを着たオメガの少女と、教会を案内する職員とすれ違う。

(中学生くらいかな?)

 オメガはベータやアルファと比べると小柄な個体が多いが、彼女は特に幼く見えた。

「ここがカウンセリングルームで、ここが視聴覚室――」

 肇は少し少女が気になり、視線を向けるが、二人は気がついてないようでそのまま歩き、離れていった。

「あの子は?」

「あぁ、教祖からのお呼ばれだろうな。俺は何回か見たことがある。儀式だよ、儀式」

 リーダーはそう言い、きつい顔をした。

「自分はお呼ばれされた事はないけど、何の儀式をするんだろう?」

「お前はいいな。いつも呑気で――」

 肇が言った事に対し、リーダーは苦笑いをする。

 書庫に入り、持っているスペアキーで、書類が入っている金庫を開ける。

 それをリーダーに受け渡すと、彼が言った。

「これで明日の祭事も大丈夫だ」

「そうだ、リーダー。自分は明日用事があるので、緊急じゃなければ電話しないで下さい」

 そう肇は言うと、リーダーは言う。

「別にいいけど。というかお前、何気に出世早いんだから、どんどん祭事とか出て、キャリア積めばいいのに」

「まぁ、自分がここにいる理由は、母がここにいるというだけですから」

「それは俺もだからなぁ」

 リーダーはそれに対して、緩い、生温かい返事をするだけだった。

「そうだ。これは仕事とは違う、単純に相談なんだけど」

 そう言う彼は、先程の仕事モードから一転、穏やかな表情になり、少し笑む。

「兄弟が函館の孤児院で働いていて、そこの子供にクリスマスプレゼント用意するんだけど、何がいいと思う?」

「うーん。自分は、クリスマスお祝いした事ないからな――」

 こういう仕事、環境にいると、こういう宗教絡みのイベントに関わる事はなく、肇からしたら、都市伝説のようなものである。

 それは彼も同じようで、かなり悩んでいるようだ。

「あっ、マフラーなんてどう?」

 肇はアオイ少年が志摩から貰ったマフラーを宝物のように扱っていたのを思い出す。

「マフラーか……冬しか使えないし、十人以上に用意するのは、骨が折れそうだな……」

 悩んでいるリーダーに、肇は更に提案する。

「じゃあ、靴下。それなら安価だし、好きなタイミングで、使ってくれそうじゃない?」

「あっ、それいい。そうする」

 リーダーはそう言い、使用する名簿を片手にルンルンと書庫を出て行った。

(几帳面の癖にマイペースなんだから……)

 肇は開けた金庫を閉め、書庫の戸締りをする。

 一人で廊下を歩いていると、そこの窓から外の様子が目に入った。

「わぁ、雪」

 クリスマス前日らしく、粉雪が空から降り注いでくる。

 肇は嬉しくなり、窓枠に手を置き、しばらくそれを眺めた。

(先生との初デートで雪なんて、とてもロマンチックだ)

 すると、窓の隙間から冬らしい冷たさが混じった風が入りこみ、それにより体が冷え、反射的に体が震える。

「寒ぅ……」

 肇はそう呟き、窓枠から離した手を口に当て、息で温める。

(早く、明日にならないかな……)

 明日が待ち遠しく、漆の事で頭がいっぱいになる肇だった。

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