クリスマス前日、肇は教会にある託児所の飾り付けを手伝っていた。
「肇君、もう少し左」
「はーい」
設置した脚立の場所をずらし、そこに上がる。
クリスマスツリーは設置しないが、星のオーナメントを複数飾り付ける。
「いやぁ、肇君が手伝ってくれて助かるわ」
「いえ、こういうのは男の仕事ですから」
その場にいるマダム達にチヤホヤされ、少し照れ笑いをしている肇だったが、少しだけ満たされない感が残る。
(これが先生からだったら、とても嬉しいんだろうな……)
ここにいるマダムが全部、漆の想像をする。
『肇君、凄い』
『肇君、頑張り屋さんだね』
『お仕事、頑張ってるね』
肇の口元が緩み、フワフワとした空気がその場に広がった。
すると、その部屋の扉が開き、肇の名前を呼ぶ。
「元井いるか?」
「あっ、リーダー。どうしましたか?」
「ちょっと、仕事の事で聞きたい事が――」
その人物は、頭髪を赤茶色く染めたベータの男性で、少し神経質というか、仕事に疲れた感があるのが特徴だった。
切れ長の瞳の形がとても美しい。
「今度の祭事の参加者リスト、どこにしまってるっけ?」
「あぁ、あれなら……」
そう言い、脚立から降り、部屋を出る。
二人で長い廊下を歩いていると、白いワンピースを着たオメガの少女と、教会を案内する職員とすれ違う。
(中学生くらいかな?)
オメガはベータやアルファと比べると小柄な個体が多いが、彼女は特に幼く見えた。
「ここがカウンセリングルームで、ここが視聴覚室――」
肇は少し少女が気になり、視線を向けるが、二人は気がついてないようでそのまま歩き、離れていった。
「あの子は?」
「あぁ、教祖からのお呼ばれだろうな。俺は何回か見たことがある。儀式だよ、儀式」
リーダーはそう言い、きつい顔をした。
「自分はお呼ばれされた事はないけど、何の儀式をするんだろう?」
「お前はいいな。いつも呑気で――」
肇が言った事に対し、リーダーは苦笑いをする。
*
書庫に入り、持っているスペアキーで、書類が入っている金庫を開ける。
それをリーダーに受け渡すと、彼が言った。
「これで明日の祭事も大丈夫だ」
「そうだ、リーダー。自分は明日用事があるので、緊急じゃなければ電話しないで下さい」
そう肇は言うと、リーダーは言う。
「別にいいけど。というかお前、何気に出世早いんだから、どんどん祭事とか出て、キャリア積めばいいのに」
「まぁ、自分がここにいる理由は、母がここにいるというだけですから」
「それは俺もだからなぁ」
リーダーはそれに対して、緩い、生温かい返事をするだけだった。
「そうだ。これは仕事とは違う、単純に相談なんだけど」
そう言う彼は、先程の仕事モードから一転、穏やかな表情になり、少し笑む。
「兄弟が函館の孤児院で働いていて、そこの子供にクリスマスプレゼント用意するんだけど、何がいいと思う?」
「うーん。自分は、クリスマスお祝いした事ないからな――」
こういう仕事、環境にいると、こういう宗教絡みのイベントに関わる事はなく、肇からしたら、都市伝説のようなものである。
それは彼も同じようで、かなり悩んでいるようだ。
「あっ、マフラーなんてどう?」
肇はアオイ少年が志摩から貰ったマフラーを宝物のように扱っていたのを思い出す。
「マフラーか……冬しか使えないし、十人以上に用意するのは、骨が折れそうだな……」
悩んでいるリーダーに、肇は更に提案する。
「じゃあ、靴下。それなら安価だし、好きなタイミングで、使ってくれそうじゃない?」
「あっ、それいい。そうする」
リーダーはそう言い、使用する名簿を片手にルンルンと書庫を出て行った。
(几帳面の癖にマイペースなんだから……)
肇は開けた金庫を閉め、書庫の戸締りをする。
一人で廊下を歩いていると、そこの窓から外の様子が目に入った。
「わぁ、雪」
クリスマス前日らしく、粉雪が空から降り注いでくる。
肇は嬉しくなり、窓枠に手を置き、しばらくそれを眺めた。
(先生との初デートで雪なんて、とてもロマンチックだ)
すると、窓の隙間から冬らしい冷たさが混じった風が入りこみ、それにより体が冷え、反射的に体が震える。
「寒ぅ……」
肇はそう呟き、窓枠から離した手を口に当て、息で温める。
(早く、明日にならないかな……)
明日が待ち遠しく、漆の事で頭がいっぱいになる肇だった。

コメント