映画が始まり、自分と肇はその内容に引き込まれた。
内容は記憶が無くなってしまう病にかかった少女と、不良少年との物語だった。
出会い、お互いの傷を癒し、感情が友情から愛に変わっていく。
だが、不良少年は交通事故で、命を落としてしまう。
その後、少女は病の影響か、彼の事を忘れてしまうのだが、彼と似た、少し雰囲気のある青年に恋をし、その人と結ばれるという。
ハッピーエンドではないが、バッドエンドでもない、切ない物語だった。
(こんなの寂しいな……)
切ないものが好きな人間には、刺さるかもだけど、自分は寂しい気持ちになった。
映画の少女が女性に成長し、少年以外の人間と結ばれ、子供が生まれ、歳を取り、老衰して亡くなる。
その後、あの世だろうか。
草原の中に、老いた彼女はいた。
茂った葉の中に、青い小さな花が点々と咲いている。
そこに立っていると、一人の青年の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「○○」
彼女の名前、交通事故で死んでしまった彼の声だった。
老婆が振り返ると、彼が優しく微笑んでいる。
「××君!」
老婆が忘れてしまったはずの彼の名前を呼び、走り出し、彼に抱き着く。
青年に抱き着いた彼女の容姿は、あの日、彼の事を忘れてしまう前の少女の姿に変わっており、青年と彼女は口づけを交わすのだった。
(内容はありがちだけど、悪くなかったかな)
それが自分の正直な感想。
(どうも、何かを作っていると、こういう創作物には、辛口な感想になってしまうな)
こういうのが好きな人もいる為、発言には気を付けないと。
そう思いながらエンドロールを眺めている視線を肇に向ける。
エンドロールを見ている彼の左目から、一筋、涙が垂れる。
(肇君、泣いてる……)
自分は見てはいけないものを見た気がして、顔を再びエンドロールに向ける。
それにより、自分は映画の感想どころではなくなってしまうが、エンドロールが終わり、照明が点く頃には、いつもの明るい肇だった。
「いやぁ、ありがちだけど、よかったね」
「あっ、うん」
彼の頬には涙の跡すらない、あれは自分の見間違いだったのだろうか。
見終わった後、知ったのだが、この映画は携帯小説を実写化したものらしい。
(最近、携帯小説って流行ってるよな……)
肇と再び手を繋ぎ、映画館を出た。
「先生、体調大丈夫?ご飯食べられそう?」
「うん、全然。良くなったよ、ありがとう」
映画館のビルの地下に丁度、洒落たレストランがあり、そこに入る。
自分はオムライス、彼はチーズドリアを注文し、二人で映画の話をする。
どこが良かった、ここはあまり好きではなかった、正直な感想をお互い話した。
「でも、あの子達が天国で再会できてよかったよ」
「肇君はあの世とか、信じているの?」
自分にとっては、普通の会話のつもりだった。だが、彼は少し違った。
「僕はあると思うというか――うーん」
肇と話をしていると、時々忘れてしまう。
肇と自分は違う宗教で、生まれた環境がそもそも違う事を。
「僕のところは――それ以外の人間は、救済されず地獄に落ちるから――」
彼は少し気まずそうに、砂糖を入れたコーヒーをスプーンで掻き回した。
「地獄かぁ……」
「そんなの嘘だって分かってる。先生が地獄に落ちる訳ないじゃん。優しいし」
困った反応をすると、彼は真っ直ぐ自分を見て言った。
(顔が可愛い――)
彼の大きな瞳に、自分の照れた顔が映りこむ。
注文していたものが運ばれてきて、自分は早々食べ始めるが、彼は食事前にお祈りをし始めた。
*
食事後、ショッピングモールに移動し、志摩への買い物をする。
「志摩、どれがいいかな……」
二人でその中のネクタイショップに行き、ネクタイを凝視する。
「肇君があげたものだったら、何でも喜びそうだけど」
「うーん。付けた印象とか分からないな……そうだ!先生、こっち向いて」
そう言われた為、肇の方を向く。
「うん、何かな?」
「これで、分かる」
肇は自分の胸元にネクタイを当て、印象を確認し始めた。
「んん!」
それはまるで新婚さんのようで、自分はとても興奮する。
「これにしよう。緑色で、小さい熊の刺繍もお洒落だし」
そう彼は言い、微笑んだ。
(心臓に悪い……)
緩む口元を手で押さえ、視線を逸らす。
「どうしたの?」
「いや、別に――」
多分今、自分の顔は真っ赤だ。
「そっか、買ってきちゃうね」
肇はそう言い、選んだものをお会計しに行く。
(あー、可愛いなぁ!もう!)
自分が照れながら、その場をウロウロしていると、肇はお会計を終え、戻ってきた。
「終わったよ。そして、はい!」
そして、自分に紙袋を渡してくる。
中を覗くと、そこにはラッピング済みのネクタイがあった。
「あっ、志摩の?渡しておけばいいの?」
それを受け取ると、肇は首を横に振る。
「志摩のは、こっち!」
彼の手には、もう一つ紙袋があった。
「それは先生への」
「えっ?」
自分は受け取る立場ではないと思っていた為、凄く驚き、声を出す。
「先生、スーツとか着ないし、ネクタイとか使わないかなって思ったんだけど。さっき、合わせた時、似合っていたから」
彼は自分が思った事よりも、上の事をしてくる。
(自分は今日、破産するかもしれない――)
彼が強請ったものを全部、買ってあげよう。
「ありがとう、大事にするね」
というか、家宝にする。
「じゃあ自分も、肇君の欲しいものあげるから、言ってね」
その瞬間、そう心に決めたのだが、彼はキラキラした表情をし、自分の手を引く。
「いいの?じゃあ、じゃあ!」
(いいんだ、喜んでくれるのなら)
ブランドもののバック、財布でも、それが何十万するものでも。
ショッピングモールを出て、人混みを避け、裏路地に入る。
大通りの新しい街並みとは違い、古いビルが並び、雰囲気がガラリと変わっていく。
(肇君、自分に気を使ってくれてる)
先程、人で酔ってしまったから、それの配慮だろうか。
優しいなと肇を見ながら思っていると、彼の足が止まり、とある建物を指差した。
「ここ、先生と入りたい」
自分はその建物を見て、とても驚く。
ネオンサインのレトロな看板の古い建物。
そこは、ラブホテルだった。

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