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 第六章『愛』⑨

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 映画が始まり、自分と肇はその内容に引き込まれた。

 内容は記憶が無くなってしまう病にかかった少女と、不良少年との物語だった。

 出会い、お互いの傷を癒し、感情が友情から愛に変わっていく。

 だが、不良少年は交通事故で、命を落としてしまう。

 その後、少女は病の影響か、彼の事を忘れてしまうのだが、彼と似た、少し雰囲気のある青年に恋をし、その人と結ばれるという。

 ハッピーエンドではないが、バッドエンドでもない、切ない物語だった。

(こんなの寂しいな……)

 切ないものが好きな人間には、刺さるかもだけど、自分は寂しい気持ちになった。

 映画の少女が女性に成長し、少年以外の人間と結ばれ、子供が生まれ、歳を取り、老衰して亡くなる。

 その後、あの世だろうか。

 草原の中に、老いた彼女はいた。

茂った葉の中に、青い小さな花が点々と咲いている。

そこに立っていると、一人の青年の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「○○」

 彼女の名前、交通事故で死んでしまった彼の声だった。

老婆が振り返ると、彼が優しく微笑んでいる。

「××君!」

 老婆が忘れてしまったはずの彼の名前を呼び、走り出し、彼に抱き着く。

 青年に抱き着いた彼女の容姿は、あの日、彼の事を忘れてしまう前の少女の姿に変わっており、青年と彼女は口づけを交わすのだった。

(内容はありがちだけど、悪くなかったかな)

 それが自分の正直な感想。

(どうも、何かを作っていると、こういう創作物には、辛口な感想になってしまうな)

 こういうのが好きな人もいる為、発言には気を付けないと。

 そう思いながらエンドロールを眺めている視線を肇に向ける。

 エンドロールを見ている彼の左目から、一筋、涙が垂れる。

(肇君、泣いてる……)

 自分は見てはいけないものを見た気がして、顔を再びエンドロールに向ける。

 それにより、自分は映画の感想どころではなくなってしまうが、エンドロールが終わり、照明が点く頃には、いつもの明るい肇だった。

「いやぁ、ありがちだけど、よかったね」

「あっ、うん」

 彼の頬には涙の跡すらない、あれは自分の見間違いだったのだろうか。

 見終わった後、知ったのだが、この映画は携帯小説を実写化したものらしい。

(最近、携帯小説って流行ってるよな……)

 肇と再び手を繋ぎ、映画館を出た。

「先生、体調大丈夫?ご飯食べられそう?」

「うん、全然。良くなったよ、ありがとう」

 映画館のビルの地下に丁度、洒落たレストランがあり、そこに入る。

 自分はオムライス、彼はチーズドリアを注文し、二人で映画の話をする。

 どこが良かった、ここはあまり好きではなかった、正直な感想をお互い話した。

「でも、あの子達が天国で再会できてよかったよ」

「肇君はあの世とか、信じているの?」

 自分にとっては、普通の会話のつもりだった。だが、彼は少し違った。

「僕はあると思うというか――うーん」

 肇と話をしていると、時々忘れてしまう。

 肇と自分は違う宗教で、生まれた環境がそもそも違う事を。

「僕のところは――それ以外の人間は、救済されず地獄に落ちるから――」

 彼は少し気まずそうに、砂糖を入れたコーヒーをスプーンで掻き回した。

「地獄かぁ……」

「そんなの嘘だって分かってる。先生が地獄に落ちる訳ないじゃん。優しいし」

 困った反応をすると、彼は真っ直ぐ自分を見て言った。

(顔が可愛い――)

 彼の大きな瞳に、自分の照れた顔が映りこむ。

 注文していたものが運ばれてきて、自分は早々食べ始めるが、彼は食事前にお祈りをし始めた。

 食事後、ショッピングモールに移動し、志摩への買い物をする。

「志摩、どれがいいかな……」

 二人でその中のネクタイショップに行き、ネクタイを凝視する。

「肇君があげたものだったら、何でも喜びそうだけど」

「うーん。付けた印象とか分からないな……そうだ!先生、こっち向いて」

 そう言われた為、肇の方を向く。

「うん、何かな?」

「これで、分かる」

 肇は自分の胸元にネクタイを当て、印象を確認し始めた。

「んん!」

 それはまるで新婚さんのようで、自分はとても興奮する。

「これにしよう。緑色で、小さい熊の刺繍もお洒落だし」

 そう彼は言い、微笑んだ。

(心臓に悪い……)

 緩む口元を手で押さえ、視線を逸らす。

「どうしたの?」

「いや、別に――」

 多分今、自分の顔は真っ赤だ。

「そっか、買ってきちゃうね」

 肇はそう言い、選んだものをお会計しに行く。

(あー、可愛いなぁ!もう!)

 自分が照れながら、その場をウロウロしていると、肇はお会計を終え、戻ってきた。

「終わったよ。そして、はい!」

 そして、自分に紙袋を渡してくる。

 中を覗くと、そこにはラッピング済みのネクタイがあった。

「あっ、志摩の?渡しておけばいいの?」

 それを受け取ると、肇は首を横に振る。

「志摩のは、こっち!」

 彼の手には、もう一つ紙袋があった。

「それは先生への」

「えっ?」

 自分は受け取る立場ではないと思っていた為、凄く驚き、声を出す。

「先生、スーツとか着ないし、ネクタイとか使わないかなって思ったんだけど。さっき、合わせた時、似合っていたから」

 彼は自分が思った事よりも、上の事をしてくる。

(自分は今日、破産するかもしれない――)

 彼が強請ったものを全部、買ってあげよう。

「ありがとう、大事にするね」

 というか、家宝にする。

「じゃあ自分も、肇君の欲しいものあげるから、言ってね」

 その瞬間、そう心に決めたのだが、彼はキラキラした表情をし、自分の手を引く。

「いいの?じゃあ、じゃあ!」

(いいんだ、喜んでくれるのなら)

 ブランドもののバック、財布でも、それが何十万するものでも。

 ショッピングモールを出て、人混みを避け、裏路地に入る。

大通りの新しい街並みとは違い、古いビルが並び、雰囲気がガラリと変わっていく。

(肇君、自分に気を使ってくれてる)

 先程、人で酔ってしまったから、それの配慮だろうか。

 優しいなと肇を見ながら思っていると、彼の足が止まり、とある建物を指差した。

「ここ、先生と入りたい」

 自分はその建物を見て、とても驚く。

 ネオンサインのレトロな看板の古い建物。

 そこは、ラブホテルだった。

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