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 第七章『君の最後』⑤

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 冬は、日が落ちるのが早い。

 寂しい、嫌い。

 大好きな人がいないのも悲しい。

 好きな人が悲しんでいるのは、もっと――

 スーツを着た一人のアルファが、総合病院内を走る。

「漆!」

 薄暗くなった病院の廊下にある長椅子で、一人の男性が項垂れていた。

 放心状態だったのか、志摩に気がつくのが少し遅く、数秒後やっと漆は顔を上げた。

「――あっ、志摩。ごめん、連絡遅れちゃって……」

 志摩はあの後、ずっと肇を探して、彼が行きそうな場所、今まで行った事がある場所、知り合いに訊いて回っていたという。

「すぐ、連絡できればよかったんだけど」

 漆は先程、肇の血液が付いた手のひらを眺める。

 血は今付いていないはずだというのに、まだ赤く染まっている気がする。

「肇は――」

 志摩が言葉を出す。

 漆は大粒の涙を流し、一つの部屋を指差す。

 そこは、霊安室だった。

「そっか――」

 志摩はそう呟く。

 志摩は漆にその後、言及しなかった。

「とりあえず、もう帰ろう……このまま、ここにいても皆に迷惑になる」

「うん」

 志摩はそう言い、来た方向に歩き出す。

 漆は歩き出すが、時々立ち止まり、後ろを確認した。

「帰るぞ――」

 志摩は、静かに声を出す。

 その声が薄暗くなった病院の廊下に、響き渡った。

「うん、帰ろう――」

 もう涙は枯れ、目がバキバキに開き、反動からか口角が、気持ちが悪いくらい、上がっている。

(あー、自分。おかしくなってる……)

 漆は、ただ思う。

(おかしくなってるのなら、彼の声を嘘でも、本当じゃなくてもいいから、聞かせてよ)

 彼の声は聞こえない。

 彼が自分達を追って、駆けてくる事も、呼び止める事も、一生無い。

『この度は、大変申し訳ありませんでした』

 教祖の子供だというベータの男性と女性が数人、複数のカメラに深々と頭を下げる。

「やっぱり、解散は無しか……」

 自分とテレビを見ていた志摩がそう言葉を出し、煙草を吸う。

 もう季節は三月中旬になろうとしていた。

 あの後、教祖が逮捕されたのと、肇の母親の刺殺事件があった為、マスコミが大きく報道した。

 今回の記者会見で解散宣言があると思われたが、名前を変え、教祖が変更になるという対応がされただけ。

 宗教団体は、継続する事が決まる。

(この人達は何を思っている。何が幸せだ、被害者がいるんだぞ……)

 自分も志摩もそれを見て、やるせない気持ちになる。

 あの後、母親は自殺した為、容疑者死亡による書類送検として処理された。

 そして、彼の遺体は事件性がある為、警察が検視を行い、その後遺族に戻される事になった。

 彼には親族がいなかったが、葬式は知り合いがお金を出し合い、教会で行う事になる。

 その後、火葬場で焼かれたが、その遺骨は自分達のほうに来る事はなく、宗教団体の誰かが引き取った。

「裁判するか?」

「いや、いい――多分、勝てない――」

 彼との関係を証明するものは、今の自分に一つもない。

(何で、自分には恋人だって証明するものが、無いんだろう……)

 彼と過ごした思い出は、数えきれないほど沢山あるはずなのに。

 すると、インターホンが鳴り、自分は玄関に行き、扉を開ける。

「春島君、大丈夫そう?」

「あっ、大家さん」

 そこには、ピンクのエプロンを着たヨボヨボの老婆がいた。

「なんか、すみません。ご迷惑をおかけして」

「いいのよ。にしても、嫌な事件だったわね。でもあの子は、大好きな春島君と会えて幸せだったはずよ」

 大家さんのその言葉に、自分は涙ぐむ。

「あの、これ。もしかしたらと思って、持ってきたのだけど……」

 大家さんが自分に何かを差し出した。

 それは、携帯電話だった。

 落としたのか、それはボロボロで、側面部分に傷が何個もあるが、間違えない。

「肇君のだ……」

 それを震える手で受け取る。

(何故、ここに……)

 警察が結構マンションを調べていた為、遺留品は回収されていると思った。

 どう潜り抜けて、今ここに存在するのか。

「なんか、マンションの子供が携帯を拾って、そのまま持っていたらしくて……」

 マンションの幼児が拾って、おままごとに使っていたのを、慌てて親が大家さんに届けにきたという。

「拾ったお子さん、雑に扱っていたみたいだから、傷だらけになっちゃって」

 そう言い、その子供の親からだと、菓子折りを渡してきた。

「充電とか切れていたから、データとかは無事だと思うって話だけど」

 そう言う大家さんは、とても申し訳なさそうだ。

「ありがとうございます。何も、彼の物が自分のところに来なくて、寂しかったんです」

 お礼を言い、大家さんと別れた。

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