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 第三章『憧れとの再会』⑥

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 肇が機嫌よく鼻歌を口ずさみながら、春島の部屋に向かう。

 すると、部屋の扉の前で体育座りをして、煙草を吸っている男性の姿が見えた。

「あれ、志摩じゃん。どうしたの?」

「あー、肇じゃん。何か用?」

 彼の周りには大量の煙草の吸殻が落ちており、一晩この場で過ごしていた事が分かる。

「今日、遊ぶ予定だったから来ただけ。志摩は家に入らないで、何してるの?」

「昨日、高校の同窓会で別で帰ったら、漆が帰ってきてなかった。だから、漆の帰りを待ってる」

 そう言い、煙草を吸う志摩。

「高校の同窓会だったんだ……で、合鍵は持ってないの?」

「あるけど、ここで待ってる」

「忠犬ハチ公にでもなったの?」

 吸殻まみれの180センチはある背丈のハチ公は嫌だろうな。

(後、頑固でいう事聞かないし……)

 昨晩からいたそうだが、この階に住んでいる人から見たら、とても恐ろしい化け物ではなかっただろうか。

「漆、まだかな」

 すると、志摩の腹が鳴った。

「お腹空いてるの?ご飯行く?」

「うん」

 そう言う志摩の両腕を掴み、立ち上がらせる。

「その前に、掃除しようか、吸殻だらけだと、先生にお家追い出されちゃうよ」

「うん」

 そう彼は返事をし、合鍵で扉を開けた。

 そして、彼は下駄箱の傍にあった塵取りとホウキを持ってくる。

 それはお片付けをする子供のようで、とても微笑ましい。

 笑みを浮かべながら、掃除をし始める志摩を見守る。

 数分後、二人で向かったのは、早朝から営業しているハンバーガー屋だった。

「ねぇ、さっきのカップル、お似合いだったよね?特に、アルファの男の子、モデルみたいだったわねー。私、若返ったかも」

「ねー。朝からデートって仲良くて微笑ましいわぁ」

 朝パートの中年女性がそんな風に話しているが、当の本人達には聞こえておらず、仲良く会話している。

「朝にハンバーガーなんて新鮮だね」

「そうだな」

 肇は魚のフライのハンバーガーと太いフライドポテト。

 一方、志摩は食欲がないのか、照れ焼きバーガーのみで、一口が小さく、中の肉まで届いていない。

「二日酔い?」

「いや、漆の事が気になって」

 肇はフライドポテトを摘まみ、志摩に差し出すと、それは勢いよく食いついた。

「ふふっ」

「ん?何だ?」

 肇が笑った事に対し、志摩が首を傾げ、不思議そうにしていた。

「何だろう、特に理由はないんだけど。先生と志摩が、仲良いのがとても嬉しくって」

 そう言い、肇は食事前のお祈りをする。

 お祈りが終わり、魚バーガーを大きく頬張った時、志摩が自分のフライドポテトを一本奪っていく。

「むぐっ、だめだよ。あまり取らないで」

 志摩はフライドポテトを口に入れ、何事もなく飲み込んだ。

 それは最初から自分が買ったものだというくらい堂々としていて、肇は少し切ない表情になる。

 だが、それもお構いなしなのが志摩だ。

「漆はごはん食べられているのだろうか」

 そして、先程よりも少し大きい口で、照れ焼きバーガーに噛みつく。

「志摩って、先生の事好きだよねぇ」

 肇はそう何気なく口にするが、その瞬間、志摩は驚いた顔をした。

「そうなのかなって、何となく思っただけ」

「まぁ、そうなのかもしれない」

 ベータがオメガと結ばれないと同じく、ベータとアルファも結ばれない。

 誰もが知っている世の法則だ。

「自分はただ、漆が幸せになるのを一番いい席で見守りたいだけ」

 そう言い、志摩はへにゃりと笑う。

 普段、無表情の為、温度差が凄い。

 そして、志摩の口には微量だがハンバーガーのソースが付いていた。

「志摩、ソース付いてるよ」

 そう言い、肇は付いてきた紙ナプキンで、彼の口を拭う。

「むぐ……」

「じっとしててね――よし、取れた」

 そう言い、肇は微笑み、汚れたナプキンを丁寧に畳んだ。

 それは折り紙のように、角や隅までぴったりだった。

「肇は春島の事どう思ってるんだ?」

 何気に解き放った志摩の言葉に、肇は硬直する。

 しばらく、その場は無言だったが、数秒後彼は何か察したようで、食べかけのハンバーガーを差し出してくる。

「一口食うか?」

 困った顔をしている志摩のハンバーガーを一口貰う。

 肇の口に照り焼きソースの甘味が広がる。

もぐもぐと貰ったバーガーを頬張っていると、志摩は言う。

「肇の首のやつ。パートナーのやつじゃないんだろう?」

(こういうところは察しがいいんだから……)

 肇はそう思いながら、困った顔をした。

「あー、気づいてた?」

「まぁ、何となくだけど。だってお前、そういう話しないし、男の家に泊まっても心配しないし」

 志摩はそう言い、近くに置いてあった灰皿を自分のほうに寄せ、自分のズボンから煙草の箱を取り出した。

(志摩には言いたくなかったのにな……)

 志摩は不器用だけど優しい。

「俺、別にお前の事、否定しないからさ。話してほしい。首の事も、春島の事も」

 そう言う彼は煙草に火を付け、煙を吸った。

 肇は思う。

 おそらく、自分に噛み跡が無ければ、番になっていなければ、彼が運命の人な気がする。

 ただ、それは遺伝子的な相性であり、魂的なものではない気がするのも事実だった。

(運命とか魂とか、カルトに所属している自分が思うの、とても笑える……)

 無理やり噛まれたと肇が口にすれば、彼はその本人を見つけ出し、解除しようとするだろうか。

(そうしたら、自分が先生の事好きな気持ちも無くなるのかな……)

 もしかしたら、志摩の事が好きになるのかもしれないと、肇は思ってしまう。

「何で、知りたいの?志摩には関係ないでしょ?自分の事なんて……聞いてて、辛いかもしれないし」

「だって、友達じゃんか」

 そう言い、彼はそう言う。

(そうか……)

 肇は思う。

 彼は少し空気が読めなくて、自分の意思が人より強い。

 場合によっては、それを不快に思う人もいるのかもしれない。

 でも、クズではないし、思いやりも彼なりだがある。

(警戒する必要は、最初からなかったんだな)

 肇はそう安堵し、一息ついた。

 そして、話を始める。

「志摩、あのね。実は――」

 ハンバーガーショップの中の為、大きい声では言えなかったが、肇は春島に話した内容をそのまま話した。

 内容も内容の為、志摩は時々、渋い顔をしたが、話が終わると肇の髪をそっと撫でた。

「大変だったな……でももう大丈夫だから」

 それは雑ではなく、非常に繊細で、大切な物に触れるようだった。

 それがとても心地よく、肇は目を細めた。

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