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 第一章『初恋』③

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 就活の息抜きに描いた漫画が少年誌の賞に選ばれ、自分は漫画家の道に入った。

 だが、ああいう漫画賞は、コネと編集者の好みで決まる為、自分は読者受けする漫画を描けず、長期連載できずにいた。

 そのうち『ヒロインや登場するオメガが可愛ければいいのだろう』『エロい展開なら読者が満足できるだろう』と、物語性が全くない、お色気シーンばかりのものを描いたら、それが思いのほか受けてしまい、エロ漫画の呪縛から逃げられなくなった。

 そのうち、PTAから苦情が入ったとかで、少年誌じゃ扱えない事になり、青年誌に、そこからアダルトコミックに、連載雑誌を移動して現在である。

 回転するタイプの椅子に寄り掛かり、作業室の天井を虚ろな瞳で眺める。

「エロ漫画ってそもそも何だよ……」

 自分は、もう三十路になる。

 若い頃のような、性欲と性癖に執着するエネルギーが無くなってきた。

 というか、エロ漫画を描きすぎて、エロいという事がよく分からなくなってきている。

「先生、手を動かしてください。ほら、エロ本買ってきたので、資料で使ってください」

 若い担当編集者の男性がそう言い、紙袋から数冊エロ本を取り出す。

 それはかなりノーマルな物で、ベータの彼らしいと思える。

 しかも表紙は、在り来りというか、全部同じような感じで、ベータの女性が面積の少ない水着で、谷間を強調させる為だけに胸を寄せていた。

「無難なチョイスだね」

 自分は、無難な言葉と反応を彼に向ける。

 前の担当から、自分の性癖についての引継ぎは一切無かった事が判明したところで、ネームが何とか完成した。

「やっぱり、先生の漫画が一番です!一番、エロいです!」

「ははは……」

 エロ漫画家としては、良い誉め言葉なのではないだろうか。

 エロ漫画家の立場を納得してればだが。

 それを見せた後、原稿の締め切り日の再確認をし、担当の彼を玄関まで見送る。

「じゃあ、先生。よろしくお願いします」

 彼はそう言い、靴ベラを使い革靴を履く。

 最近新調したようで、擦れなど一切なく、その靴はピカピカだ。

 要領よく原稿を集めて、上司にはいい感じにゴマを擦って、可愛がられ、残業は殆どせず、定時に退社する。

 自分の稼いだ給料で、好きなブランドの服や装飾品で身を固め、趣味でアウトドアやスポーツを始めたりしたりして、それをSNSに上げる。

(彼は分かり合えないタイプの人間だなぁ)

 自分はインドアな人間で、人に関わるのが苦手な人間なので、そんな彼が理解できない。

 だが、それが少しだけ羨ましかったりする。

 ちゃんと皆のように就活して、新卒で入社していれば、彼みたいな人生だろうか。

(就活から逃げたのは、事実だし……)

 自分はいつも、楽なほうに逃げている気がする。

 おまけに流されやすくて、そもそも自身の事だというのに『自分』というものが良く分かっていないような気もする。

 こういった感じで、自分はナーバスな気持ちになっているのだが、そんな事は開けた玄関から見える空には関係がないようで。

 空は晴天、湿度が少ない爽やかな風が自分の横を吹き抜けた。

 液晶タブレットで、原稿の線画を済ませた後、机の上に置かれたエナジードリンクの缶を開ける。

 その缶はいつ自分が置いたものなのか、覚えていない。

 ただ温く、美味しいと感じない。

 舌には炭酸のビリビリとした感触、カフェインが頭に周るまで、まだかかりそうだ。

 椅子に座りながら、背伸びをし、液タブに視線を向ける。

(自分の人生これでいいのだろうか……)

 そう考えながら、レイヤーのファイルを作る。ファイル名は『ヒロイン1 乳首』だ。

 今日も、好きでもない女体を描き、乳首部分にトーンを張る。

 漫画家になりたくても、なれない人もいる。

 そんな中、特に理由が無いまま、漫画家で食っていっている。

 漫画家は体を壊しやすいというが、自分は体を壊した事は無いし、特別スランプになり、原稿が作れないとか、そんな事は無い。

(でも本当にこれでいいのだろうか……)

 読者に媚び媚びなヒロイン達を脱がして、犯して、担当を通して評判を聞いて、読者がそれに飽きてそうなら、別の子を出して、脱がして、犯す。

 自分はこの奇妙な人生に、悩ませられているのだが――

 実際それで、十年程、漫画家で食ってきたのが自分であって――

 カフェインは、まだ頭に行き渡っていない。

 すると、珍しく家のインターホンが鳴る。

 部屋を出て、狭く短い廊下を渡った。

 部屋の鍵を開けると、そこには見覚えのある顔の長身アルファが立っていた。

「よ」

「よって、お前」

 学生時代からの少ない友人の一人で、名前は『志摩 トウキ(しま とうき)』という。

 他よりも仲が良いから、自分は親友だと思っている。

「酢豚作ろうと思って、豚肉とパイン買ってきた」

 そう言い志摩は、付近のスーパーのロゴが入ったビニール袋を見せてくる。

 ビニール袋の中には、缶詰ではなく、そのままのパイナップルと、豚肉が入ったトレイが見えた。

(何しに来たんだ……)

 志摩は、自分の事どう思っているかは謎だが。

「うち、材料無いから酢豚は作れないよ」

「じゃあ、パインは切る。豚は焼く」

 そう言う彼からビニール袋を受け取り、家の中に招き入れた。

 中学の頃から、この男はこうだ。

 アルファの中でも、ぶっ飛んで頭が良く、運動神経が良くて、顔が良い。

 女子にもモテた。

 だが、空気が人一倍読めない。

 中学入学初日を思い出す。

「お前、犬派?それとも猫派?」

「どちらかといえば、犬派だけど、猫も好きだよ」

 周りに馴染めず、一人で読書をしていた時、話しかけてきたのが志摩だ。

「俺の家、猫も犬もいねーけど、小鳥なら居るぜ。学校の後、遊びに来いよ」

 最初から『家に小鳥いるから遊びおいで』と言えばいいのになと、子供ながらに思った記憶がある。

(あー、なんか色々思い出してきたぞ……)

 不細工には、不細工と容赦なく言う。

【怒り出すその人を宥めるのは自分】

 不良の先輩に、服装がダサいと言う。

【足が遅い自分だけ掴まり、一週間パシリに使われる】

 告白してきた女子を『家が遠い』という謎の理由で振った。

【泣き出したその子を慰めていたはずなのに、自分も女子に省かれる】

 学生時代の色々を思い出している時、自分の背中に頭突きをしてきたので、振り返る。

「なぁ、パイナップル切ってくれよ。何?顔怖いんだけど、何?」

 何も言わずに彼を見つめる。

 そんな志摩の職業は弁護士。

 最近タワーマンションの最上階を買い、独身生活をエンジョイしていると、他から聞いた。

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