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 第七章『君の最後』②

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 オメガの就活は、過酷である。

 体質上、体調を崩しやすかったり、妊娠、出産で産休、育休を取る可能性を考慮されるからだ。

 肇は、キャリアセンターに通い、求人情報を見ていくが、高卒で、資格不要のもので、正社員が殆ど無い。

(あー、自分って恵まれていたんだな……)

 オメガというだけで、応募資格が無いものもある。

(とりあえず、今日は出直そう……)

 肇は気分が悪くなり、とりあえず帰宅する事にした。

 ビルを出て、外を歩く。

 平日のお昼だという事もあり、サラリーマンやOL、お年寄り達が出歩いている。

 それが少し、精神に効いた。

(どうしよう。脱会だけして、仕事だけ続けられないものだろうか……)

 しょんぼりしながら、横断歩道を渡る。

(再就職できなかったら、どうしよう……)

『大丈夫、再就職できなくても、お家の事、してくれれば――食事前にテーブルを濡れ布巾で軽く拭くだけでいいんだよ』

 肇の頭に甘やかす、人をダメにする言葉が響く。

(ダメ。志摩は弁護士だから、いいけど。無職で居候はダメ)

 一度ヒモになってしまったら、もう二度と、就職できない。

 肇はそう思いながら、首をブンブン振る。

(再就職……ヒモ……)

 そう思いながら、無心で歩く。

 歩く、歩く……

 無心で歩いているうちに、ビルだらけの場所を抜け、景色が住宅ばかりになっていく。

(あっ、道。間違えた……)

 気がつくと、漆が住んでいるマンション付近の景色になっている。

(とりあえず、先生の家に行って、よしよししてもらおうかな?)

 それでやる気が戻るかもと思っていると、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が鳴り響いた。

(誰だろう……)

 肇はポケットから携帯を取り出し、相手を確認する。

 そこには『志摩』と表示があった。

(志摩が電話をかけてくるなんて、珍しいな、どうしたんだろう……)

「はい、もしもし」

「肇!よかった、無事で!」

 肇が出ると、彼はキャラに似合わないくらい焦った声を出していた。

「とりあえず!一人になるなよ!母親から電話が来ても、出るな!場所は教えるな!」

「えっ?どう――」

 肇が彼の話の状況が飲めず、訊き返そうとした時、誰かが駆けてくる音が聞こえ、その方向を見る。

 それは一瞬の出来事で、肇は何が起こったのか、全く分からなかった。

 ただ、脇腹が熱く、次第にそれが激痛に変わっていく。

 目の前にいたのは、肇の母親だった。

 それを見た通行人が悲鳴を上げ、恐怖が周囲に伝染していく。

 その光景は、蜘蛛の子を散らすようで、その場に誰も残らない。

(あー、そうか。多分、そうだ……)

 肇の父親は、自分達を捨てて、蒸発した。

 肇の母親の首には、まだ噛み傷があるのを見ると、彼はまだ存命である。

 それが彼女をずっと呪っていた。

 精神を蝕んだ。

 そんな中、宗教にのめり込み、そこに居場所を求めた。

「肇君が悪いのよ。お父さんみたいに、お母さんを捨てようとするから……」

 彼女はそう言い、肇の脇腹に刺さっている包丁を抜いた。

「教祖様も嘘つきだし……」

「うっぐ――」

 肇は痛みで思わず、その場にへたり込む。

 着ている服に血が滲んでいく、痛みも大きくなっていく。

「肇、地獄で会いましょうね」

 そう言い、母親はその包丁を自分の首に当て、そして――

 肇の顔面に彼女の血が、勢いよくかかった。

 脱いだ上着で、顔の血を拭い、それを腹に移動させ、傷口を強く押さえる。

 歩き出すが、出血のせいか、その足は重く、体温が下がっていった。

 首の後ろの傷がジンジンする。

 それが熱を発している。

 自分の死で、番の契約が解ける。

 ずっと、望んでいたはずなのに、何故か寂しい。

(そっか、もう自分は……死んでしまう前に、先生に……)

 漆のマンション前に辿り付き、エレベーターのスイッチを押す。

 エレベーターは幸いすぐに着き、扉が開いた。

 三階で降り、漆の部屋の玄関前に辿り着く。

 もし、今出てきたのが志摩だったら。

 番が解除された今、志摩を見て、好きになってしまったらどうしよう。

 漆の事を好きな気持ちが、彼に切り替わってしまったらどうしよう。

 そう思い、インターホンを押せずにいた。

(先生、僕。自身がない……)

 死んでしまうのに、一歩の勇気が出ない。

 視界が白濁してきて、視界がぼやける。

 すると、タイミングよく扉が開いた。

(あっ――)

 大好きな人が目の前にいる。

 彼は志摩が忘れていった弁当箱を持っていて、彼にそれを届ける為に、玄関の扉を開けたようだ。

「せ、先生」

「えっ?肇君」

 彼はいるはずのない人間が目の前にいて、凄く驚いている。

(よかった、好きなままだ……)

 自分は押さえていた傷口から、手を離し、彼に抱き着いた。

 血の付いた上着が足元に落ちる。

 その瞬間、痛みが消え、自分は背伸びをし、愛おしい彼に口づけをする。

 彼から唇を離し、言葉を出す。

「よかった、よかった――」

 涙が溜まり、大粒の雫がボロボロ、足元に落ちていく。

「どうしたの?何か――」

 自分がいきなり抱き着いた為、彼は動揺している。

 彼が自分の腰に戸惑いながら、少し触れた時、彼は声を思わず出した。

「――えっ?」

 彼の手に自分の血がべったり付着した。

 それを見て、彼は驚愕している。

「先生。僕の運命の人は先生だけだよ」

 それは彼が別の人を好きになっても、この先の未来でその人とくっついて子供が生まれても、変わらない。

 神様って本当は、存在するんだな。

 勿論、教祖ではない。

「肇君、今!救急車呼ぶから!」

 彼が血の付いた手で電話を掴み、番号を押そうとするが、焦っている為か、うまく押す事ができない。

 その手を掴み、触れ、自分の頬に当てる。

「肇君……」

「先生、僕ね。今ならね、神様を信じていいと思うんだ」

 それくらい今、会えてよかったと思っているんだよ。

「ねぇ、先生。僕の宗教上のお名前。本当の名前教えてあげるね」

 もう、命が終わってしまう。

 視界がぼやけ、彼の顔を見る事ができなくなっていく。

「これは自分の親と、自分しか知らない。自分が結婚した時に、パートナーに教える名前」

 自分がそれを彼に教えた時、自分の体が力なく倒れ、彼がそれを支えた。

(あー、よかった。人生の最後が好きな人と二人っきりで――)

 自分は瞳を閉じると、自分の頬に温かい雫が数滴、落ちた。

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