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 第七章『君の最後』①

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 年が明けた。

 世がお正月休み、新しい年をお祝いしている中、信者の田中さんが死んだ。

 主人の不倫が許せず、睡眠薬を飲ませ、自分と一緒に車で練炭自殺。

(新年早々、葬式か……)

 今日は葬式のスタッフとして、教会で仕事。

 葬式に集まった人の受付をし、香典を受け取り、備える花を渡す。

(いやだな、心中とか……)

 そう思いながら、リーダーと仕事をする。

 リーダーはいつもと同じような、スンとした表情で、淡々と業務を行っていた。

(孤児院の事、知りたいけど。勇気がない)

 そもそも今、番の彼と会って話したところで、何かが変わる訳ない。

(やっぱ、胸にしまっておこう……)

 もう自分には、恋人がいる。

 彼と幸せになる事が、何よりも優先される事だ。

 霊柩車に棺桶を乗せるのを見守り、他のチームにその後を任せる。

 片付けが終わる頃には、もう正午を過ぎており、遅い昼食になった。

「炭火焼肉弁当か、幕の内弁当か選べるけど」

 遺体を見たり、死因を知っているスタッフは、幕の内弁当を選んだ。

(練炭自殺した遺体を見た後、食えないよ)

 教会の白い部屋に移動し、スタッフは弁当を食す。

 食べるのが早いスタッフは、食事を済ませ部屋を足早に去った。

 冷たく、素っ気ないリーダーが皆、苦手なのである。

 そして、リーダーは食べるのが遅く、いつも皆に置いてかれている。

 そんな彼の向かい側で食べていた肇は、二人きりになったタイミングで言葉を出す。

「あの、リーダー」

「ん?」

 急に話しかけられた彼は、口に食べ物が入っており、軽く返事をした。

「実は自分、脱会しようと思って……」

 その場の雰囲気は重く、彼の表情は渋い。

 沈黙に耐え切れず、痺れを切らしたのは、肇ではなく、リーダーの男性だった。

「急にやめるって言われても――」

 そう彼は言葉を出す。

「難しいですか?」

「いや、いいんだけどさ。引継ぎとかで、三月までは、実際いてほしい」

 やはり難しいかと困った顔をしている肇だったが、彼は言う。

「でも、宗教は今すぐ抜けても構わないよ。従業員の皆には、そう言っておくから」

「えっ?いいんですか?」

 彼は湯呑のお茶を啜り、一息ついた。

(なんか、拍子抜けしちゃったな……もっと揉めるものだと思った……)

 肇も同じように湯呑のお茶を飲む。

「そういえば、その抜けるとかは、お母さんに話したの?」

「いや、まだですけど……」

「熱心なんだっけ?言えないのなら、俺から言おうか?」

 そうリーダーは彼なりに、心配をしてくれているようだった。

「いえ、自分で言います」

「そうか」

 彼はそう言い、遠い目をし、天井を見上げた。

 肇は帰り支度をしていると、リーダーが何故か、小包になっている饅頭を一つ、渡してきた。

「あ、ありがとうございます」

「後、消臭するか?」

 そう言われ、スプレータイプの消臭剤をスーツに吹きかけられる。

(葬式はどうしても、線香の匂いが染みついちゃうな……)

 肇はそう思いながら、腕を曲げ、自分のスーツの匂いを嗅ぐ。

(やっぱり、季節が変わると、憂鬱になってしまうのだろうか……)

 季節の変わり目に葬式が多い気がする。

 タイムカードを切り、教会を出る。

 外は冬らしく日が早く落ち、街灯が暗い街を照らしていた。

(あー、日が落ちるの早いなぁ)

 すると、電話が珍しく鳴った。

 慌てて携帯電話を確認すると、母親からで、急いでそれに出た。

「もしもし」

『肇君、お久しぶり。今、電話大丈夫かしら?』

 相変わらず、おしとやかで、愛情深いと肇は思う。

(自分がオメガじゃなければ、こういう人が好みのタイプなのかもしれないな)

 そう肇は穏やかな気持ちになっていると、母親が電話口で言う。

『なんか、今月の仕送りが多い気がして』

 そう心配そうに声を出す母親に、肇は言う。

「えっと、お母さん。その事なんだけど……」

 肇は母親に宗教をやめる事を伝える。

 それによって、教会での仕事もやめる事を話した。

 好きな人ができた事、友達ができた事も、全部話す。

「だから、自分は抜ける。大好きな人達と一緒にいる為に――」

『お母さんよりも大事なの?』

 ただ、肇の母親はそれを受け入れる事ができなかった。

『私は肇君の事が大事で、ずっと一緒で、大切な私の子供で――』

 肇はそれに言葉が出ない。

(そうか――)

 熱心な信者の母親からしたら、肇が宗教を抜けるという事は、別れを意味するのだ。

「お、お母さん、落ち着いて――」

 違うよ、そうじゃないよと、肇が訂正しようとした時、母親が謝ってきた。

『ごめんね、取り乱して――』

 母親の声は震えており、泣いているのが肇に伝わった。

『仕送りありがとうね――』

 そう母親は言い、彼女のほうから電話を切った。

(お母さん……)

 肇は暗い表情だったが、両頬を両手で叩き、正気を取り戻す。

(ダメダメ、ナイーブになっちゃ!)

 そう思いながら、歩き出した。

 昼休みの時間を知らせるチャイムが事務所に鳴り響く。

 スーツ姿の志摩は、何かに気がつき、慌てた様子で、階段を下り降りる。

 一階の開けたフロアに人がいない事を確認し、携帯で漆に電話をかけた。

「もしもし、漆」

『何?今、仕事中なんだけど』

 漆は締め切り前で少しピリピリした雰囲気で、電話口の声は少し素っ気なく感じる。

「弁当忘れてる」

『で、俺が届けろと?』

「うん」

 漆がふざけんなと呟き、電話を切った。

(漆、怒ってたな……)

 志摩はそう思いながら、ビルを出る。

(仕方ない、買うか……)

 今日は弁当箱を忘れた為、近くのコンビニで総菜パンを買ってきた。

 ソーセージとマヨネーズが乗っているもので、志摩は大きな口で齧りつく。

「先輩、今日は弁当じゃないんですね」

「忘れた」

 隣の机の後輩が、何気なく志摩に声をかけた。

「持ってくるの、忘れたんですか?それとも、一緒に住んでいる人の作り忘れですか?」

 そう言い、彼は買ってきたお茶を飲む。

「どっちだろう?」

「じゃあ、先輩が持ってくるの忘れたんですね。作ってあったのかも、覚えてないんですから」

 そう言い、彼は携帯を取り出し、志摩にも見えるような角度でスタンドに置く。

 そして、天気予報を付ける。

「このお天気お姉さん、可愛くないですか?」

 そこにはベータの女性の姿がある。

 田舎から出てきた感というか、よく言えば都会に染まってない感が、堪らないらしい。

「そうか、お前が可愛いって言うんだから、可愛いんじゃないか?」

 そう彼に返事をすると、急に映像が切り替わる。

「あっ、僕のお天気お姉さんが……」

 後輩は、残念そうに呟く。

 その光景を横に彼の携帯に映されたニュース番組を眺める。

 それはニュース番組で、何か大きな事件があった場合のみ、切り替わる仕組みのはずだ。

『速報です』

 速報の内容で、志摩は驚き、息を飲む。

(肇――)

 肇が話していた言葉が頭を過る。

『教祖様はアルファなんだよ』

『お母さんは、結構熱心な信者で、時々それで喧嘩になっちゃうんだ』

『お母さんは、僕と同じオメガで――』

 もの凄く嫌な予感がする。

「肇!」

 そう言い、その場を後にする。

「せ、先輩。どうしたんですか?ていうか、午後からの仕事は?」

「体調不良で帰るって、所長に伝えて!」

 先程と同じように、事務所を出て、階段を下り降りる。

 志摩の頭に、先程のニュースの内容がずっと残っていて、繰り返されていた。

『速報です。宗教団体【幸福の中の幸福】の教祖○○容疑者(ベータ)が未成年のオメガ数人と、みだらな行為をしたとして――』

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