年が明けた。
世がお正月休み、新しい年をお祝いしている中、信者の田中さんが死んだ。
主人の不倫が許せず、睡眠薬を飲ませ、自分と一緒に車で練炭自殺。
(新年早々、葬式か……)
今日は葬式のスタッフとして、教会で仕事。
葬式に集まった人の受付をし、香典を受け取り、備える花を渡す。
(いやだな、心中とか……)
そう思いながら、リーダーと仕事をする。
リーダーはいつもと同じような、スンとした表情で、淡々と業務を行っていた。
(孤児院の事、知りたいけど。勇気がない)
そもそも今、番の彼と会って話したところで、何かが変わる訳ない。
(やっぱ、胸にしまっておこう……)
もう自分には、恋人がいる。
彼と幸せになる事が、何よりも優先される事だ。
霊柩車に棺桶を乗せるのを見守り、他のチームにその後を任せる。
片付けが終わる頃には、もう正午を過ぎており、遅い昼食になった。
「炭火焼肉弁当か、幕の内弁当か選べるけど」
遺体を見たり、死因を知っているスタッフは、幕の内弁当を選んだ。
(練炭自殺した遺体を見た後、食えないよ)
教会の白い部屋に移動し、スタッフは弁当を食す。
食べるのが早いスタッフは、食事を済ませ部屋を足早に去った。
冷たく、素っ気ないリーダーが皆、苦手なのである。
そして、リーダーは食べるのが遅く、いつも皆に置いてかれている。
そんな彼の向かい側で食べていた肇は、二人きりになったタイミングで言葉を出す。
「あの、リーダー」
「ん?」
急に話しかけられた彼は、口に食べ物が入っており、軽く返事をした。
「実は自分、脱会しようと思って……」
その場の雰囲気は重く、彼の表情は渋い。
沈黙に耐え切れず、痺れを切らしたのは、肇ではなく、リーダーの男性だった。
「急にやめるって言われても――」
そう彼は言葉を出す。
「難しいですか?」
「いや、いいんだけどさ。引継ぎとかで、三月までは、実際いてほしい」
やはり難しいかと困った顔をしている肇だったが、彼は言う。
「でも、宗教は今すぐ抜けても構わないよ。従業員の皆には、そう言っておくから」
「えっ?いいんですか?」
彼は湯呑のお茶を啜り、一息ついた。
(なんか、拍子抜けしちゃったな……もっと揉めるものだと思った……)
肇も同じように湯呑のお茶を飲む。
「そういえば、その抜けるとかは、お母さんに話したの?」
「いや、まだですけど……」
「熱心なんだっけ?言えないのなら、俺から言おうか?」
そうリーダーは彼なりに、心配をしてくれているようだった。
「いえ、自分で言います」
「そうか」
彼はそう言い、遠い目をし、天井を見上げた。
*
肇は帰り支度をしていると、リーダーが何故か、小包になっている饅頭を一つ、渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
「後、消臭するか?」
そう言われ、スプレータイプの消臭剤をスーツに吹きかけられる。
(葬式はどうしても、線香の匂いが染みついちゃうな……)
肇はそう思いながら、腕を曲げ、自分のスーツの匂いを嗅ぐ。
(やっぱり、季節が変わると、憂鬱になってしまうのだろうか……)
季節の変わり目に葬式が多い気がする。
タイムカードを切り、教会を出る。
外は冬らしく日が早く落ち、街灯が暗い街を照らしていた。
(あー、日が落ちるの早いなぁ)
すると、電話が珍しく鳴った。
慌てて携帯電話を確認すると、母親からで、急いでそれに出た。
「もしもし」
『肇君、お久しぶり。今、電話大丈夫かしら?』
相変わらず、おしとやかで、愛情深いと肇は思う。
(自分がオメガじゃなければ、こういう人が好みのタイプなのかもしれないな)
そう肇は穏やかな気持ちになっていると、母親が電話口で言う。
『なんか、今月の仕送りが多い気がして』
そう心配そうに声を出す母親に、肇は言う。
「えっと、お母さん。その事なんだけど……」
肇は母親に宗教をやめる事を伝える。
それによって、教会での仕事もやめる事を話した。
好きな人ができた事、友達ができた事も、全部話す。
「だから、自分は抜ける。大好きな人達と一緒にいる為に――」
『お母さんよりも大事なの?』
ただ、肇の母親はそれを受け入れる事ができなかった。
『私は肇君の事が大事で、ずっと一緒で、大切な私の子供で――』
肇はそれに言葉が出ない。
(そうか――)
熱心な信者の母親からしたら、肇が宗教を抜けるという事は、別れを意味するのだ。
「お、お母さん、落ち着いて――」
違うよ、そうじゃないよと、肇が訂正しようとした時、母親が謝ってきた。
『ごめんね、取り乱して――』
母親の声は震えており、泣いているのが肇に伝わった。
『仕送りありがとうね――』
そう母親は言い、彼女のほうから電話を切った。
(お母さん……)
肇は暗い表情だったが、両頬を両手で叩き、正気を取り戻す。
(ダメダメ、ナイーブになっちゃ!)
そう思いながら、歩き出した。
*
昼休みの時間を知らせるチャイムが事務所に鳴り響く。
スーツ姿の志摩は、何かに気がつき、慌てた様子で、階段を下り降りる。
一階の開けたフロアに人がいない事を確認し、携帯で漆に電話をかけた。
「もしもし、漆」
『何?今、仕事中なんだけど』
漆は締め切り前で少しピリピリした雰囲気で、電話口の声は少し素っ気なく感じる。
「弁当忘れてる」
『で、俺が届けろと?』
「うん」
漆がふざけんなと呟き、電話を切った。
(漆、怒ってたな……)
志摩はそう思いながら、ビルを出る。
(仕方ない、買うか……)
今日は弁当箱を忘れた為、近くのコンビニで総菜パンを買ってきた。
ソーセージとマヨネーズが乗っているもので、志摩は大きな口で齧りつく。
「先輩、今日は弁当じゃないんですね」
「忘れた」
隣の机の後輩が、何気なく志摩に声をかけた。
「持ってくるの、忘れたんですか?それとも、一緒に住んでいる人の作り忘れですか?」
そう言い、彼は買ってきたお茶を飲む。
「どっちだろう?」
「じゃあ、先輩が持ってくるの忘れたんですね。作ってあったのかも、覚えてないんですから」
そう言い、彼は携帯を取り出し、志摩にも見えるような角度でスタンドに置く。
そして、天気予報を付ける。
「このお天気お姉さん、可愛くないですか?」
そこにはベータの女性の姿がある。
田舎から出てきた感というか、よく言えば都会に染まってない感が、堪らないらしい。
「そうか、お前が可愛いって言うんだから、可愛いんじゃないか?」
そう彼に返事をすると、急に映像が切り替わる。
「あっ、僕のお天気お姉さんが……」
後輩は、残念そうに呟く。
その光景を横に彼の携帯に映されたニュース番組を眺める。
それはニュース番組で、何か大きな事件があった場合のみ、切り替わる仕組みのはずだ。
『速報です』
速報の内容で、志摩は驚き、息を飲む。
(肇――)
肇が話していた言葉が頭を過る。
『教祖様はアルファなんだよ』
『お母さんは、結構熱心な信者で、時々それで喧嘩になっちゃうんだ』
『お母さんは、僕と同じオメガで――』
もの凄く嫌な予感がする。
「肇!」
そう言い、その場を後にする。
「せ、先輩。どうしたんですか?ていうか、午後からの仕事は?」
「体調不良で帰るって、所長に伝えて!」
先程と同じように、事務所を出て、階段を下り降りる。
志摩の頭に、先程のニュースの内容がずっと残っていて、繰り返されていた。
『速報です。宗教団体【幸福の中の幸福】の教祖○○容疑者(ベータ)が未成年のオメガ数人と、みだらな行為をしたとして――』

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