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 第二章『好きな人』③

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「ただいまー」

 汗ダクダクで帰ってくると、エプロンをした志摩が自分に声をかけてきた。

「おかえり。今日はカレーだぞ」

「そりゃあ、匂いで分かるよ」

 玄関に荷物を置き、傘立てに入れている靴ベラを手に取り、使用する。

「あっ、漆先生。おかえりなさい」

 鈴を転がしたような声に驚き、視線を向ける。そこには、緑色のエプロンを付けた肇の姿がある。

 エプロンは自前なのだろう、シンプルで無駄のないデザインで、ほんわかとした彼の印象にピッタリだ。

 志摩の横に並び、自分の顔色を窺う彼の姿に胸が高鳴った。

「こっちは匂いで分からなかったな」

「ねっ」

 そう返事をする彼の頭を、志摩は機嫌良さそうに撫で、下手な鼻歌を口ずさみリビングに移動した。

 それを呆れた顔で見送った後、肇が言った一言が気になり、質問をする。

「えっと、先生って?」

「漫画家先生だから、先生」

 編集者関係以外に、そう呼ばれないので違和感がある。

「いや、そんな大したものではないよ。売れっ子という訳でもないし、後、エロ漫画家だし……」

「自分は漫画とかあまり詳しくないけど、一生懸命お仕事して偉いと思うよ」

 そう言い、彼は朗らかに笑う。

 それがとても愛おしく感じる。

「ん?なーに?」

 童顔に丸い瞳がとても愛くるしい。

 肇の頭を本能的に撫でる。

 髪質は柔らかく、子犬を撫でているかのようだ。

「えー、何?」

「肇君を見ていると、穏やかな気持ちになるなぁ」

 無意識で呟いた。

(今日、陽キャに絡まれて、凄く疲れたもんな……)

 シャワー浴びてこようと浴室に向かう。

(それにしても志摩、機嫌がよかったな……)

 彼の後ろ姿はとてもルンルンで、大型犬なら尻尾をブンブン振っている状態だろう。

(それは肇君がいるからかな……)

 志摩は無自覚なだけで、肇の事を気に入っているらしい。

(志摩にも恋人ができるのか……)

 妬ましいという訳ではないが、少しモヤモヤする。

(いいなぁ、自分がもしベータじゃなくて、アルファだったら……)

 こんな気持ちにならなかったのだろうかと思ってしまう。

「何、これ……」

 自分がそう声を漏らすと、肇と志摩が自分に話しかけた。

「あー、先生おかえりなさい」

「おかえり、温めておいたぞ」

 二人に言いたい、そうではないと。

 自分がシャワーを浴びて、リビングに入ると、何故かカセットコンロに土鍋があり、そこにカレー入っていた。

「今日、遊びにきたら、志摩が折角だから、鍋しようと言い出してね」

 肇が志摩の事を呼び捨てにしているのが気になったが、まぁそれは追々聞くとして、その鍋からカレーにメニュー変更になった話から確認する。

 ここからは肇の話による自分のイメージだ。

 志摩が鍋をしようと言いだし、鍋の調理を始めた。

 だが、材料を切ったものの、家に鍋のもとが無い事に気が付く。

 醤油や酒、みりん、出汁はあったが、それでスープを作るという発想が、普段料理をしない男達には無かった。

「買い物行くのも面倒だし、カレーにしようぜ」

 そうなったそうだ。

 三人でリビングの背の低いテーブルの周りを囲い、座布団の上であぐらを掻いている。

「あー、なるほど……」

 イメージが簡単にできる自分の妄想力を褒め称えたい。

「僕、料理あまりできなくて……」

「でも、美味しいはずだからさ。外回りで汗掻いただろうし、スタミナ付けないと」

 志摩がそう言い、皿に白米を乗せ、それにカレーをかけた。

 中には鍋の具になるはずだった大根、水菜、人参、肉団子が顔を覗かせている。

 それを受け取り、用意されたスプーンで口に運ぶ。

 不味くもなく、とびきり旨くもない、ただのカレーである。

(隠し味とか言って何か別のものを入れたな)

 ジャムとかコーヒーとか、何か通常のカレーで使わないものを入れたという事が分かるが、何を入れたかは味だけでは分からない。

「美味しい?」

 テーブルを挟んで、向かいに住んでいるオメガが自分に話しかけてきた。

「うん、美味しいよ」

「よかったぁ。志摩が色々入れるから、心配だったんだぁ」

 そう言い微笑みながら、彼は自分の皿にカレーを取る。

 それは少し控え目で、彼の体が小柄な理由が判明した。

「あっ、ちょっと黙るけど、気にしなくていいからね」

 そう彼が自分と志摩に言うと、手を合わせ、目を瞑る。

(あー、そうだった。この子の家はカルトだったっけ)

 彼のその表情は、とても清らかだ。

 目を閉じると元々長い印象だったまつ毛が更に太く強調される。

 髪と同じ色素の眉毛の形も良い。

 肌は初対面の時より、焼けたのではないだろうか、今の方が濃い気がする。

(美少年の顔をガン見しても変な顔されないのはいいなぁ)

 眼福だなと思っていると、瞑想していた彼の瞳が開いた。

「先生、僕の事見過ぎだ、よ?」

 疑問形なのは確信が無いからだろうか、その言い方がとても愛くるしい。

 ごめんねと謝ると、彼は少し頬を染め、全くと溜息を吐いた。

 そして、その後、彼はスプーンで一口、そのカレーを食べると、眉にしわを寄せ、困惑した表情を浮かべる。

 それを見て笑うと、志摩が思い出したように何かを持ってくる。

「あのさぁ、これ食べていい?」

 見てみると、それは未開封の福神漬け。

 赤い着色料の安くスーパーで売られているやつで、体に悪そうだなと思っても、なんやかんやで毎回買ってしまう。

 志摩はこれが好きだった。

「好きにしなよ」

 そう言うと、彼はウキウキで、封を開け、それを小鉢に移す。

(あー、機嫌が良かったのも、今日カレーにしたのもこれが理由か……)

 鍋の調理中に福神漬けを冷蔵庫の奥にあるのを見つけ、急遽カレーにシフトチェンジしたのだろう。

「食べる?」

「うん、食べる」

 そんな兄弟のようなやり取りを見て、微笑む。

「なーんだ。そうか」

 志摩には、恋愛はまだ早いようだ。

 自分がそう言ったので、二人は自分に視線を向け、驚いた顔をする。

「何が?」

 そう言ったのは志摩で、自分はその理由を口にする。

「いや、俺てっきり、志摩と肇君が付き合い始めたとか、両思いになったのかなと思ったよ」

 すると、志摩は真顔になり、自分にはっきりと言う。

「肇は違う。というか、肇には番がいるだろう?噛み跡があるんだし」

「あっ」

 ベータにはそんな秩序存在しない為、頭の中に無かった。

 そういえば、初対面の時、はっきり首の噛み跡を見た。

 それは肇に、運命を分かち合ったアルファがいるという事。

「肇君、ごめんね。失礼な事言っちゃって」

 自分は彼に平謝りするが、肇は無言で、少し考え込んだ顔をしていた。

「肇君?」

「あっ、何でもないよ。何でもない、ははは」

 自分の問いかけで我に返ったのか彼は上ずった声を出し、その後誤魔化し笑いをする。

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