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 第六章『愛』③

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 城永の元旦那は、怒ると手を付けられない人だったらしい。

「アオイが生まれるまでは、良い人だったんだけど……」

 リビングで城永の手当をする。

 彼の青痣はかなり目立つもので、混乱していたとはいえ、これに気がつかなかったのは、申し訳なさを感じる。

「大丈夫?痛くない?」

 湿布をその青痣に張ると、城永は言った。

「もう恋人じゃないのに、優しくしてくれるんだ――」

 自分はそれに対して、言葉を詰まらせる。

「こっちは未練タラタラだから、少し困っちゃうな……」

 そう言い、城永は自分の腕をそっと掴み、顔をくっ付けた。

(あー、許しちゃいそうだ……)

 でも、結局今許せても、昔の自分は許せない。

 昔の自分が以前の時みたいに出たら、彼は傷ついてしまう。

「だ、旦那さんから逃げてきたのは分かったけど、別居してるんだよね?どうして、殴られたの?」

「前回、アオイがここに来た時があったでしょ?その時、面会の日じゃないのに、自分が連れ出したと勘違いして……」

 大変だったねと言おうとした瞬間、彼が思いもしない言葉を口にするのだった。

「もう監禁状態と言ってもいいくらい、家に閉じ込められて――隙を見つけて逃げてきたんだ――」

「た、大変だった――ね――」

 警察に通報するべきだろうかと、自分は思っていると志摩がその事を口にする。

「警察に通報するか――」

「だ、ダメ!」

 城永が急に声を上げ、その場が静まる。

「い、いや。世間体というか、アオイの事もあるし……しかも、実家が地主で権力があるし……」

 アオイ少年が志摩に駆け寄り、彼の長い足に抱き着いた。

 その表情は、不安そうで、落ち着きがなく、足踏みを小刻みにしている。

「結局、それでアオイの親権も……」

 親権は城永の旦那が取り、アオイ少年とは殆ど会えなくなってしまったという。

(そんな貴重な時間を、自分にくれたんだな)

 でも、それを自分が感情的に――

 改札前での出来事を思い出すと、今でも動悸がする。

「これ以上は迷惑かけられないよ。志摩にも、春島君にも――」

 彼の声に志摩が言う。

「でも監禁するような奴なんだから、ここの居場所もすぐ突き止めるだろ?」

 不安そうな表情のアオイ少年を志摩は抱き上げ、安心させようと背中を軽く叩く。

 だが、それは結構雑で、気を使っているのか、そうではないのかが分からない。

「えっ?」

 自分がそれに驚き、声を漏らすと志摩が続いて言った。

「アオイが持ってるのは、子供用の携帯だし、GPSくらい付いているはずだ」

 城永とアオイがお互いの顔を見合わせ、しばらく無言の後、発狂した。

「やだ、やだ、やだやだ!次捕まったら殺される!」

「本当に殺されちゃうかもしれない――」

 子供のように大騒ぎする城永を横に、アオイ少年は静かに涙を流す。

「よしよし、泣くな。チュウしてもいいから」

「えっ、いいの?する!」

 アオイ少年はそう言われ、両袖で両目を拭う。

 そこから、リップ音をその場に立て、志摩の頬にキスをしていた。

 されている志摩は無表情だったが、それはアオイ少年には内緒だ。

(墓に持っていこう……)

 そんな会話をしている間にインターホンが鳴る。

「「「ぎゃっ!」」」

 自分、城永、アオイ少年は同じタイミングで声を上げる。

 志摩は無表情のまま、抱いていたアオイ少年を下ろし、玄関に向かう。

「志摩――」

「大丈夫だ」

 志摩はそう言い、リビングを出て廊下を歩く。その姿は、戦いに出る騎士のようで、とても凛々しい。

 そして、一言口にする。

「俺、握力強い方だから」

「凄く心配になったわ――」

 彼は、アイアンクロウでも決めるつもりなのだろうか。

 志摩は玄関扉の覗き穴を確認し、簡単に扉を開ける。

 そこには、この状況を全く知らない肇の姿があった。

「先生、志摩お久しぶりです。いやぁ、仕事が忙しくて――あっ、お菓子どうぞ」

 彼は状況を全く知らない為、当たり前の反応だった。

 速やかに彼を中にいれ、玄関の扉の鍵を閉める。

「どうしたの?何でこんなに皆、切羽詰まった顔をしてるの?」

 家のリビングがこんなに重い雰囲気な事が今まであっただろうか。

 それを感じ取ってか、肇は困惑した表情をしていた。

「実は……」

 自分がこの状況に至った経緯を肇に話す。

「えっ、警察に言ったほうがいいんじゃ……」

「それはそうなんだけどね……」

 そう呟き、アオイ少年の方を見る。

 彼は肇が鳴らしたインターホンの音で、緊張してしまったようで、テーブル前に腰をかけた志摩の膝で、ぶるぶる震えている。

「震えるな、くすぐったい」

 志摩はそう言い、抱き寄せるが、彼の震えは止まらない。

 先程、殺されるかもと口にしたが、そう思わせてしまうくらいヤバい人物なのだろう。

 自分達はどうするべきか、悩んでいると肇は何かを思いついたように口にした。

「そうだ。だったら、一芝居打ちましょうよ」

 肇はそう言い、ある提案をする。

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