マップにはフラワーガーデンと表記されている。
周囲には沢山のピンク色のコスモスが咲き乱れていた。
(絶景だなぁ……)
ただ、目的はこの景色を見る為ではなく。
「ちょっと、トイレ行ってくるわ」
花壇の近くにあるトイレだった。
「早く行けよ。漏れそうなんだから?」
トイレに行きたい志摩に付き添って、自分を含めた三人はここまで来た。
「冷たい」
志摩は自分にそう言うと、急ぎ足で向かう。
冷たい事を言ってしまったが、オメガ二人、ベータ一人、この状況は気まずい。
(早く、志摩戻ってこないかなぁ……)
すると、強い風が吹き、自分は反射的に震える。
肌を撫でる風が冷たくなり、視線を空に向けると、日が傾いているのが確認できた。
「大分、遊んだし。志摩が戻ってきたら、帰ろうか?」
「そうだね――」
近くにいた肇が、そう返事をする。
その顔は少し戸惑った様子というか、何かを隠しているような表情で、落ち着きがない。
(肇君、どうしたんだろう……)
彼にどうしたのと話しかけようとした、その時、城永が自分の手を掴んだ。
「ねぇ、春島君。こっち来てよ」
「えっ?ちょっと――」
いいからと彼は言い、自分の腕を引っ張り、歩き出す。
後ろにいる肇を気にすると、やはり表情が暗い気がする。
連れてこられた場所には、沢山の黄色やオレンジ色の花が咲いていた。
「きれいだね」
「小学校の花壇に植えてあったよね?覚えてる?」
確かに、小学校の花壇に植えてあるのを見た事がある気がする。
「マリーゴールドって名前なんだって」
そう言い笑う城永の手は温い。
(どうしよう、肇君大丈夫かな?)
一人にしてしまっている事に、罪悪感がある。
それで自分は気が気でなく、心配で仕方がない。
「ふう、すっきりした」
志摩がそう言い、トイレから出てくるのが見えた。
志摩も自分達に気がつき、こっち側にやってくる。
「あれ?肇は?」
「えっと、志摩がトイレに向かう時に別れた場所に待ってもらっているというか――」
「置いてきた?」
志摩はそう言うと、飽きれたような溜息を吐き、宙で手の水滴をパッパと飛ばし、手を乾かす。
「ほったらかし、よくない。戻るぞ」
そう言い、志摩は歩き出す。
自分達はそれを見ていると、志摩はムッとした顔で言う。
「早く」
志摩はトイレに向かった時よりも速足で、追いかけると早めについた。
「肇、ごめん待った」
「あっ、志摩。トイレ間に合ったの?」
「危なかったけど、何とか」
肇はそう冗談笑いをする志摩に癒されたのか、笑みを浮かべる。
自分もその場に辿り着き、肇に駆け寄った。
「漆も城永もトイレだったんだ」
志摩はそう嘘を言い、自分もそういう事にして謝る。
「肇君、ごめんね」
「――――」
城永は少しいじけたように、そっぽを向く。
「うん、平気。全然――けほっ」
肇は幸の薄い笑みを浮かべ、そう言うが少し咳き込んだ。
「じゃあ帰ろうか」
「うん、そうだね――けほっ」
それは軽いものだったが、会話よりも、返事よりも咳が増えた。
そのうち、呼吸の音が風の音に近くなり、肇はその場にへたり込んでしまう。
「肇君?」
「ち、ちが――ひゅっ――」
過呼吸になっているようだが、彼は自身のこの状況に困惑し、更にパニックを起こしているように見える。
「落ち着いて、大丈夫だからね」
自分が彼の背中に触れ、摩っていると、志摩がズボンのポケットからビニールを取り出し、彼の口元に当てる。
その際、チェロスの甘い香りと一緒に、砂糖の粒がその場に転がり落ちた。
「俺の呼吸と合わせられる?」
志摩がそう言うと、肇は頷き、呼吸を合わせている。
肇は次第に落ち着きを取り戻し、やっと呼吸ができるようになったが、気まずい雰囲気がその場に存在した。
「だ、大丈夫そう――ご、ごめんね――なんか、さっきから体調が悪かったんだ――」
肇がそう言い笑うが、それは誤魔化し笑いで痛々しく感じる。
(自分のせいなのかな……)
数分の出来事だったが、自分の中でそれはとても長く感じた。
肇君は今まで元気だった。
(過呼吸って精神的になるやつでしょ?自分が彼を置いて、その場を離れたから――)
自分を責めていると、志摩が言う。
「とりあえずさ。漆と城永は一足先に帰ってくれ。自分は肇と二人でもう少しここにいる」
志摩は自分を見て、ニコリと笑む。
「いや、肇が過呼吸になったとかではなく、もう少し遊びたいと思っただけ。そうだ、二人で買い物でもしてきたら?」
城永も緊張した雰囲気で、空気はやはり悪いように感じる。
(買い物と言われても……)
志摩が少しだけ、空気を読んでくれているのは分かるが、少しズレている。
この地獄のような状況から、買い物に出かけられる雰囲気ではないのは分かるだろう。
「城永。漆がマフラー欲しいって言ってたよ」
「えっ?」
自分はそんな事言った事も、思った事もない、これは志摩の虚言である。
でも、その志摩の嘘がとても良かったようで、城永はとても食いついた。
「春島君、そうなの?最近、寒くなってきたし、新調しないとね」
そう言い、自分の腕を掴み、歩き出す城永に自分は動揺する。
「えっ、ちょ、ちょっと――」
声を上げるが、志摩はバイバイと手を振っており、引き剥がす様子はない。
脱力した自分は城永と共に、遊園地のゲートを通り抜けるのだった。
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