「志摩、ここって高い店なんじゃ……」
「ん?」
お洒落な店というのは、外観から高級感があるものだ。
西洋をイメージしたのか、赤茶色のレンガ、看板は外には出さず、入り口前には薄桃色の薔薇が植えてある。
そう、自分は原稿代行してもらったお礼を午後から行く事になっており、志摩が買ってきたプリンの店なら味に文句ないだろうと、やってきた。
『店名とか知らない。何か、入り口に花が植えてある』
だが、志摩は店名を一切覚えておらず、説明もよく分からなかった。
本当に仕方がないので、志摩の休憩時間に待ち合わせをし、お菓子を買いにきたのだ。
店内に入ると、ドアベルが鳴る。
洋菓子特有の生クリームと洋酒の心地よい香りが鼻を通り抜けた。
「「「いらっしゃいませ」」」
店員の声もとても爽やかで、心地いい。
女の子と混じり、一人オメガの男の子を発見し、心躍る。
「借りている作業場は、冷蔵庫ある気がするけど、焼き菓子の方がいいよね」
「いいんじゃね?この詰め合わせセットで」
「適当言わないでよ……」
そう会話しながら、その店員の男子を見る。
茶髪に染められた髪が、少し巻き毛で、大きな瞳が愛らしい。
「お前、チョコブラウニー好きだったよな」
その子はそんな志摩に、熱い視線を送っている。
「よし、これに決めた」
自分の手土産を何故か志摩が決め、何故か二つカウンターに持っていく。
そして、例の子がレジをし、財布からカードを取り出し、会計をする。
「あの、今日はプリンじゃないんですね……」
「今日はアイツのお土産を買いに。何でそんな事、訊くんだ?」
志摩は自分に指を差す。
「えっと、その……き、気になって……」
志摩は無表情のまま、紙袋に入れられたお菓子を二つ、彼から受け取ると、素っ気なく歩き出す。
「ま、また来てくださいね!」
そんな彼に挨拶なく、自分のもとにやってきた。
「おまたせ」
「ちょ、ちょっと――お、お前――」
レジにいる彼を慌てて確認すると、やはり悲しかったようで、寂しい犬のように、しゅんとしている。
「手だけでも振ってやれよ……」
「ん?こう?」
状況が相変わらず読めないようで、志摩の体を無理やり彼のほうに向け、手を掴み、それっぽく上げる。
すると、菓子屋の彼はそれが面白かったようで、ふわふわした笑みを浮かべる。
「よかったね」
彼の隣の女子の声が微かに聞こえた。
店の外に出て志摩に話しかける。
「お、お前――」
「何で怒ってるんだよ?」
言わないと分からないと、志摩は本当に分かってないんだなと思わせる表情をした。
「…………」
「…………」
しばらくお互い話さず、歩道を歩く。
そして、大きな車道が見えた時、志摩が口を開いた。
「もしかして……俺がこのお菓子達を、家賃代わりにしようとした事だろうか……」
「それはそれで怒りそう……」
とは言うが、紙袋を一つ受け取る。
志摩が渡してこないもう一つの包みは、自宅用のものらしい。
「その……凄く言いにくいのだが……多分、あの子。お前に好意があると思うぞ」
「じゃあ、もうこの店に来るのをやめる」
彼はそう言った。
「お前の言う事が、仮にそうだとしても、俺はあの子の事、そんな風に見てないから」
確かに志摩の気持ちを考えてなかった。
「いや、くっ付けと言ってるんじゃなくて。冷たくするなって事だよ」
自分は少し反省していると、志摩は言う。
「後、運命の人と会えば、自分もその子も一瞬で分かる」
後、志摩がアルファだったって事を忘れていたのを反省する。
「お前がその運命の人に出会って、その空気が読めない所とか変わる事を願っているよ」
そう言うと、彼は『そんなやつ、自分にはいらない』と言った。
「そろそろ、休憩時間終わるから。また家で」
「了解。お菓子ありがとう。後、家賃はちゃんと払え」
彼は聞いていないのか、無言、無表情のまま、自分の職場へ向かって歩きだすのだった。
(全く……)
彼が見えなくなった所で、担当編集に携帯から電話をかけ、待ち合わせ場所を確認する。
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