スポンサーリンク

 第四章『覚悟』①

スポンサーリンク

 担当編集の高井がデジタル原稿のコピーを確認する。

「今回も絶好調ですね、先生」

「いやぁ――」

 自分は苦笑いする。

 本当にこの原稿が絶好調なのだろうか、女の子が脱がされ、吐息を上げているのが、そんなに素晴らしい事なのだろうか。

 自分が少し憂鬱さを感じていると、彼が話を仕事からプライベートに変える。

「そんなことより、先生。最近雰囲気変わりました?」

「ん?そうかな?」

 自分は思い当たる点がない。

「そうですよ。何か最近、楽しそうですもの。彼女さんでもできたんですか?」

 彼は悪意のない表情でそんな事を口にした。

「まぁ、まだ付き合い始めて、日は経ってないけれど……」

 ベータの彼には、オメガの男性に恋する自分の事は理解できないだろう。

「いやぁ、先生もアラサーですもんね。結婚とか意識するもんですか?ていうか、彼女さんの写真とかないんですか?」

「ははは……」

 要求がエスカレートしそうなので、誤魔化し笑顔で話を流す。

「それじゃあ、よろしければなんですけどね」

 担当はそう言うと、自身の鞄から封筒を取り出し、自分に渡してきた。

「何?」

 封筒を開け、中を覗くと何かのチケットが二枚、入っているのが見える。

「遊園地のチケットなんですけど、自分は仕事や習い事で忙しくて行けなさそうなんで」

 あぁ、また陽キャ特有の忙しい自慢かと、自分は白けた顔をする。

 そして、中に指を入れ、それを引っ張り出すと、テーマパークのチケットであった。

「うちのおばあちゃんがボケちゃってて、新聞とか、飲料やら何でも契約しちゃうんですよ。それで貰ったものなんですけど」

 担当編集はそう言い、苦笑いする。

 その表情を見るに、本当の事らしい。

(でも。正直、こういうの困るんだよな……)

 というのも、このチケットで、誰と遊園地に行こうか問題である。

 自分には恋人がいるのだから彼と行くのが無難なのだが、志摩も来たがるはずだ。

 とはいえ、志摩が来れば機嫌が悪くなるのは確実だろう。

(志摩に肇くんと一緒に行ってと言う?)

『先生も一緒に行こうよ。ね?』

 愛らしくそう言う肇の姿が頭に浮かぶ。

(可愛い……)

 妄想の肇がとても愛おしく、愛らしい。

『もう!僕が春島君の恋人なのに!この浮気もの!』

 でも、それと同時にいじけ、頬を膨らます城永の姿が思い浮かぶ。

(んー、悩む――)

 頭を抱えていたり、唸っていると、それを見ていた担当の彼が話しかけてくる。

「先生」

「えっ?あっ、ごめんね?」

 彼は先程とは違う理由の苦笑いをし、また自身の鞄に手を突っ込み始めた。

「そんなに悩まなくても、もう一組ありますので――」

 よかったらどうぞと、彼は同じ封筒を自分に渡し、それを震える手で受け取った。

「お言葉に甘えます。いただきます――」

 彼には勿論、彼のお婆ちゃんにも、感謝しなければならないだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました