担当編集の高井がデジタル原稿のコピーを確認する。
「今回も絶好調ですね、先生」
「いやぁ――」
自分は苦笑いする。
本当にこの原稿が絶好調なのだろうか、女の子が脱がされ、吐息を上げているのが、そんなに素晴らしい事なのだろうか。
自分が少し憂鬱さを感じていると、彼が話を仕事からプライベートに変える。
「そんなことより、先生。最近雰囲気変わりました?」
「ん?そうかな?」
自分は思い当たる点がない。
「そうですよ。何か最近、楽しそうですもの。彼女さんでもできたんですか?」
彼は悪意のない表情でそんな事を口にした。
「まぁ、まだ付き合い始めて、日は経ってないけれど……」
ベータの彼には、オメガの男性に恋する自分の事は理解できないだろう。
「いやぁ、先生もアラサーですもんね。結婚とか意識するもんですか?ていうか、彼女さんの写真とかないんですか?」
「ははは……」
要求がエスカレートしそうなので、誤魔化し笑顔で話を流す。
「それじゃあ、よろしければなんですけどね」
担当はそう言うと、自身の鞄から封筒を取り出し、自分に渡してきた。
「何?」
封筒を開け、中を覗くと何かのチケットが二枚、入っているのが見える。
「遊園地のチケットなんですけど、自分は仕事や習い事で忙しくて行けなさそうなんで」
あぁ、また陽キャ特有の忙しい自慢かと、自分は白けた顔をする。
そして、中に指を入れ、それを引っ張り出すと、テーマパークのチケットであった。
「うちのおばあちゃんがボケちゃってて、新聞とか、飲料やら何でも契約しちゃうんですよ。それで貰ったものなんですけど」
担当編集はそう言い、苦笑いする。
その表情を見るに、本当の事らしい。
(でも。正直、こういうの困るんだよな……)
というのも、このチケットで、誰と遊園地に行こうか問題である。
自分には恋人がいるのだから彼と行くのが無難なのだが、志摩も来たがるはずだ。
とはいえ、志摩が来れば機嫌が悪くなるのは確実だろう。
(志摩に肇くんと一緒に行ってと言う?)
『先生も一緒に行こうよ。ね?』
愛らしくそう言う肇の姿が頭に浮かぶ。
(可愛い……)
妄想の肇がとても愛おしく、愛らしい。
『もう!僕が春島君の恋人なのに!この浮気もの!』
でも、それと同時にいじけ、頬を膨らます城永の姿が思い浮かぶ。
(んー、悩む――)
頭を抱えていたり、唸っていると、それを見ていた担当の彼が話しかけてくる。
「先生」
「えっ?あっ、ごめんね?」
彼は先程とは違う理由の苦笑いをし、また自身の鞄に手を突っ込み始めた。
「そんなに悩まなくても、もう一組ありますので――」
よかったらどうぞと、彼は同じ封筒を自分に渡し、それを震える手で受け取った。
「お言葉に甘えます。いただきます――」
彼には勿論、彼のお婆ちゃんにも、感謝しなければならないだろう。
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