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 第三章『憧れとの再会』⑦

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 カーテンの隙間から差す光で、自分は目を覚ます。

 隣にはずっと好きだった、憧れの人がスヤスヤ寝息を立て、眠っている。

(幸せな朝だ……)

 彼の頭に顔を埋めると、シャンプーの匂いだろうか、甘い匂いがした。

 バニラの匂いを更に香ばしくした感じだ。

(ずっと吸っていたい……)

 すると、それがくすぐったかったのか、城永が目を覚ました。

「ん――おはよ」

「城永君、おはよ」

 彼は寝起きが悪いようで、しばらくウトウトしている。

(可愛い……)

 大きい瞳に、キュッと締まった口元、小動物のような印象を受ける。

(肇君とは特徴は似ているけど、違うタイプだなぁ……)

 黒髪の肇とは違い、こちらは髪や瞳の色素が薄い。

(天使と小悪魔って感じ……)

 そして、ある事を思い出す。

『再来週の日曜日、遊びに行ってもいい?』

 肇から来たメールの事だ。

(約束の時間、とっくに過ぎて――)

 寝室の時計を確認すると、もう午後二時。

(やってしまった……約束の時間は午前中だった……)

 自分はその場で、焦り発狂する。

「あああ!」

 隣で眠っていた城永の体が跳ねた。

「な、何っ?」

 城永も驚いて、そう言いながら起き上がる。

 だが、自分はそんな事も関係ないというか、目に入らないパニック状態で、その場であたふたしていた。

「来客の予定があったのに忘れてた!あー、どうしよう!どうしよう!」

 とりあえず、携帯を持ち、メールを打とうとするが、焦りからか、手を滑らせ床に落としてしまう。

「もう、仕方がないな……」

 すると、隣の彼はそう呟き、自分の口に自身の唇を合わせた。

「んっ――」

 息が吸えなくて、口を微かに開くとその隙間から、彼は舌を入れた。

(――凄く、エロい……)

 自分の体は歓喜するが、対照的に酸欠で少し意識が遠のいた。

 唇が離れた後、酸欠でぼうっとしていると、彼が自分の唇に自身の人差し指を当て、言う。

「寝ちゃ駄目だよ。僕、目が冷めちゃったし」

 そう言い、ウインクする彼に自分はメロメロで、メールをしようとしていた事も、携帯を床に落とした事も忘れてしまった。

「ちょっと遅いけど、朝ごはん作るよ」

 そう言い、ベッドから離れる彼の背中は、色白で、そして自分が付けたであろう引っかき傷が付いていた。

(酔った勢いとはいえ、憧れの男の子と一緒に一晩過ごしたと思うと、感動するなぁ)

 そう感極まっていると、彼が振り向き言う。

「あっ、そうだ。シャワー、この部屋を出て、右の扉だから」

 あれはそう言い残し寝室を出た。

 しばらくして、自分も彼に言われた通り、シャワールームに向かう。

(理想的な朝だ……)

 可愛い顔で猫みたいに気まぐれな性格が、昔から良かったんだよなと、小学生の頃の記憶を振り返る。

 浴室はトイレと一緒のタイプのようで、バスタブ付近に浴室用のカーテンがしてある。

 自分は何も考える事もなく、カーテンを閉め、シャワーを浴びる。

 お湯を浴びていると背中にピリピリとした痛みを感じ、近くの鏡で背中を確認した。

 そこには城永よりも酷い、引っかき傷があり、自分は驚く。

(泥酔していて、あまり覚えてないけど、激しかったのかな――)

そう考えている時、ノックの音がした。

「春島君。ごめん、着替え持ってきたんだけど――」

「ご、ごめん。適当に置いてくれれば勝手にするから――」

 慌てて、そう返事をすると、彼の機嫌のいい声が聞こえた。

「分かった、カゴに入れて扉の前に置いておくねー」

 急ぎで自分はシャワーを浴び、扉の前に置いてあるカゴに手を伸ばし、引き入れる。

(よその家の洗濯物って、何でこんなに良い匂いなんだろう?)

 タオルは石鹸の香りで、フカフカしている。

 自分は思わず、頬ずりし、匂いを満喫した。

 その後、タオルで体の水分を拭き取り、頭髪に当てる。

 用意された下着はボクサータイプのもので、買い置きだったのだろうか、機械的にしっかりと畳まれ、折れ線がくっきり付いている。

 裾の長いジーンズに、無難なデザインのポロシャツ。

 自分や城永より大きいサイズな為、恐らく彼の元旦那の服なのだろうと思う。

(旦那さんの服だったのだろうか……)

 シャワールームを出ると、香ばしい匂いが漂ってきた。

(いい匂い……)

 自分は匂いがする方向へ歩き、その根源である部屋の扉を開ける。

 そこはキッチンと一緒になっているリビングで、着替えを済ませた彼がエプロン姿で、調理をしていた。

 シンプルなデザインの皿に、黄身が潰れた目玉焼きが数個重ねてある。

 自分がリビングに来たタイミングで、彼は一言告げた。

「あっ、普段はもっと上手に焼けるんだけど」

 そう誤魔化す彼を見て、無意識に笑みが零れる。

 数分後、出来上がったものは、あまり上手に焼けてない目玉焼きとベーコン、サニーレタスのサラダだった。

 主食が無いのが少々気になるが、彼の愛らしさで、中和されている。

 テーブルに置かれたそれの下には、ランチョンマットが敷かれており、それがとても愛おしい。

「食べようか」

 テーブルを挟んで、彼の向かい側に座り、渡されたフォークで、サラダから口に運ぶ。

「美味しい?」

 そう彼は首を微かに傾げながら、自分に料理の感想を聞いてくる。

「うん、美味しいよ」

 形が崩れた目玉焼きも、半分しか焼けてないベーコンも全部、愛おしく感じる。

 本当に最高で、素晴らしい朝だった。

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