カーテンの隙間から差す光で、自分は目を覚ます。
隣にはずっと好きだった、憧れの人がスヤスヤ寝息を立て、眠っている。
(幸せな朝だ……)
彼の頭に顔を埋めると、シャンプーの匂いだろうか、甘い匂いがした。
バニラの匂いを更に香ばしくした感じだ。
(ずっと吸っていたい……)
すると、それがくすぐったかったのか、城永が目を覚ました。
「ん――おはよ」
「城永君、おはよ」
彼は寝起きが悪いようで、しばらくウトウトしている。
(可愛い……)
大きい瞳に、キュッと締まった口元、小動物のような印象を受ける。
(肇君とは特徴は似ているけど、違うタイプだなぁ……)
黒髪の肇とは違い、こちらは髪や瞳の色素が薄い。
(天使と小悪魔って感じ……)
そして、ある事を思い出す。
『再来週の日曜日、遊びに行ってもいい?』
肇から来たメールの事だ。
(約束の時間、とっくに過ぎて――)
寝室の時計を確認すると、もう午後二時。
(やってしまった……約束の時間は午前中だった……)
自分はその場で、焦り発狂する。
「あああ!」
隣で眠っていた城永の体が跳ねた。
「な、何っ?」
城永も驚いて、そう言いながら起き上がる。
だが、自分はそんな事も関係ないというか、目に入らないパニック状態で、その場であたふたしていた。
「来客の予定があったのに忘れてた!あー、どうしよう!どうしよう!」
とりあえず、携帯を持ち、メールを打とうとするが、焦りからか、手を滑らせ床に落としてしまう。
「もう、仕方がないな……」
すると、隣の彼はそう呟き、自分の口に自身の唇を合わせた。
「んっ――」
息が吸えなくて、口を微かに開くとその隙間から、彼は舌を入れた。
(――凄く、エロい……)
自分の体は歓喜するが、対照的に酸欠で少し意識が遠のいた。
唇が離れた後、酸欠でぼうっとしていると、彼が自分の唇に自身の人差し指を当て、言う。
「寝ちゃ駄目だよ。僕、目が冷めちゃったし」
そう言い、ウインクする彼に自分はメロメロで、メールをしようとしていた事も、携帯を床に落とした事も忘れてしまった。
「ちょっと遅いけど、朝ごはん作るよ」
そう言い、ベッドから離れる彼の背中は、色白で、そして自分が付けたであろう引っかき傷が付いていた。
(酔った勢いとはいえ、憧れの男の子と一緒に一晩過ごしたと思うと、感動するなぁ)
そう感極まっていると、彼が振り向き言う。
「あっ、そうだ。シャワー、この部屋を出て、右の扉だから」
あれはそう言い残し寝室を出た。
しばらくして、自分も彼に言われた通り、シャワールームに向かう。
(理想的な朝だ……)
可愛い顔で猫みたいに気まぐれな性格が、昔から良かったんだよなと、小学生の頃の記憶を振り返る。
浴室はトイレと一緒のタイプのようで、バスタブ付近に浴室用のカーテンがしてある。
自分は何も考える事もなく、カーテンを閉め、シャワーを浴びる。
お湯を浴びていると背中にピリピリとした痛みを感じ、近くの鏡で背中を確認した。
そこには城永よりも酷い、引っかき傷があり、自分は驚く。
(泥酔していて、あまり覚えてないけど、激しかったのかな――)
そう考えている時、ノックの音がした。
「春島君。ごめん、着替え持ってきたんだけど――」
「ご、ごめん。適当に置いてくれれば勝手にするから――」
慌てて、そう返事をすると、彼の機嫌のいい声が聞こえた。
「分かった、カゴに入れて扉の前に置いておくねー」
急ぎで自分はシャワーを浴び、扉の前に置いてあるカゴに手を伸ばし、引き入れる。
(よその家の洗濯物って、何でこんなに良い匂いなんだろう?)
タオルは石鹸の香りで、フカフカしている。
自分は思わず、頬ずりし、匂いを満喫した。
その後、タオルで体の水分を拭き取り、頭髪に当てる。
用意された下着はボクサータイプのもので、買い置きだったのだろうか、機械的にしっかりと畳まれ、折れ線がくっきり付いている。
裾の長いジーンズに、無難なデザインのポロシャツ。
自分や城永より大きいサイズな為、恐らく彼の元旦那の服なのだろうと思う。
(旦那さんの服だったのだろうか……)
シャワールームを出ると、香ばしい匂いが漂ってきた。
(いい匂い……)
自分は匂いがする方向へ歩き、その根源である部屋の扉を開ける。
そこはキッチンと一緒になっているリビングで、着替えを済ませた彼がエプロン姿で、調理をしていた。
シンプルなデザインの皿に、黄身が潰れた目玉焼きが数個重ねてある。
自分がリビングに来たタイミングで、彼は一言告げた。
「あっ、普段はもっと上手に焼けるんだけど」
そう誤魔化す彼を見て、無意識に笑みが零れる。
数分後、出来上がったものは、あまり上手に焼けてない目玉焼きとベーコン、サニーレタスのサラダだった。
主食が無いのが少々気になるが、彼の愛らしさで、中和されている。
テーブルに置かれたそれの下には、ランチョンマットが敷かれており、それがとても愛おしい。
「食べようか」
テーブルを挟んで、彼の向かい側に座り、渡されたフォークで、サラダから口に運ぶ。
「美味しい?」
そう彼は首を微かに傾げながら、自分に料理の感想を聞いてくる。
「うん、美味しいよ」
形が崩れた目玉焼きも、半分しか焼けてないベーコンも全部、愛おしく感じる。
本当に最高で、素晴らしい朝だった。
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